第11話
隊商がブリンクノアの町に着いてから、三日目の夕刻のことだ――
リヴィッドがいつも通り閉店後の片付けをしていると、そこに遠くから怒号が聞こえてきた。
ただしそれは聞き慣れた、隊員たちの理不尽な罵声ではない。初めて聞く若い男が、隊そのものに向かって声を上げているのだ。
不審に思い、屋台化させている馬車の荷台から顔を出すと、隊員たちも似たように怪訝な顔で声の方向を見やっていた。さらには、周囲の町民たちまで騒然としている。
それを切り裂くように、声は繰り返し、同じことを叫び続けていた――
「ここにガキがいるだろ! さっさとそいつを出せよ!」
「匿っても無駄だぞ、クソ隊商が!」
「聞けよ! こいつらは人の女に手ぇ出すような連中だぞ!」
馬車を降りてみてわかったことだが、どうやら最初に聞こえた声以外にも、別の誰かがそれに続いて、騒ぎ立てているようだった。それもどこか嘲笑と愉悦を含んだ声音で、ただひたすらに謂れもない誹謗中傷を、だ。
「おい、てめえの客みたいだぞ」
混乱していると、不意に背後から、こちらは慣れた声が聞こえてきた。
振り返るとそこにいたのは、左腕にバンダナを巻いた商人の男、ミック――今日は彼が『お守り役』だった。
「知らねえよ、あんな奴ら」
「こういう場合、知ってるかどうかはあいつらが判断するんだよ。さっさと行け、ここで騒がれるのは面倒なことにしかならねえ」
怒鳴るではなく嘆息混じりに告げてきて、リヴィッドは従う他になくなった。
実際、このまま放っておいては余計に酷い事態になりかねない。荒事に関しては、無闇に腕っ節の立ちそうな商人たちのこと、数人の若い男など物ともしないだろうが。
隊商の店は三軒を広い大通りの片側に、街灯があるため多少の間隔を空けて並べていた。
リヴィッドが作業をしていたのはその最も東側の馬車だったのだが、声の主たちは西にある屋台の側で騒いでいたらしい。
近付いていくと、夕暮れの中でぼんやりと光る街灯の下に、五人の男が見えた。
そのうち四人は細身で、それぞれに見た目は異なるが、シンプルを目指して単に質素なだけになったような格好は共通している。誰しも二十を超えているだろうか。意気地が悪そうなニヤニヤした顔立ちをさらに悪化させ、隊にではなく通行人の方へ声を上げていた。
そして残るひとりが、隊に向かって怒鳴り散らしている。リヴィッドは、ガキ大将がそのまま歳を取ればこうなるだろう、という顔立ちだという印象を受けた――今よりもさらに幼少期、似たような顔のガキ大将を見たことがある。もっとも見る限り他の連中よりも年下で、まだ辛うじて十台だろうという雰囲気だったが。
体躯は歳を考えれば平均的だろうが、リヴィッドよりは大きい。黒一色で飾り気も何もない服装ながら、それでも何かを誇示するように、手首には鎖が巻かれている。
いずれにしても近寄りがたい面々だが……リヴィッドは渋々と彼らの前に進み出た。
「……おい。ひょっとして、俺のことを呼んでたのか?」
声をかけると、五人はそれぞれ振り向いてきた。そしてすぐさま、中央にいた黒服男が片方の眉と頬を吊り上げて、凄絶な怒りの表情を作り出した。
「やっぱりいるじゃねえか、クソガキが」
「あン?」
激発間際の静けさといった様子で凄む男に、リヴィッドは怯むでもなかったが――首を傾げると、男たちはリヴィッドを取り囲むように陣形を取り始めた。
そしてニヤニヤした顔の面々に視線を走らせていると、また激昂する男が言ってくる。
「ちょっと顔貸せよ……誰かが止めに入ってきたら面倒だ」
リヴィッドはどうすることもできず、今はただ従うしかなかった。
「こっちだ」と大通りを歩かされる。その間、逃げないようにとでもいうのか相変わらず取り囲んだままの男たちに、リヴィッドは注意深く視線を送り……
やがて、通りの途中で脇道へと入らされた。そして住宅街の間を抜ける道から、さらに別の細い路地へと入り込んでいく。
その辺りには、もはや街灯もなかった。いわば裏路地という辺りか。多くの建物が黒ずんだ背を向けた、道というよりは隙間に近い。三人ほどが並ぶのが限界という狭苦しさに加え、悪臭が酷く、地面には無差別なゴミや嘔吐の跡まで見つけられる。
建物には路地の側に窓はなく、そもそも機能しているもの自体がないためか、夕刻の現時点でも灯りが存在せず、既にかなり薄暗い。辛うじて届く夕陽のおかげでまだ周囲を見回せるが、あとどれほどかすれば暗闇に閉ざされることだろう。
そうした中で、建物の壁や根元にところどころ、不可解な隆起の影が見えたのは……刃の根かもしれない。だとすれば建物の内部がどうなっているのか、この路地よりもさらに先はどうなっているのか、確認しようとも思えなかったが。
そうした不快感と不安感を抱くうち、リヴィッドは行き止まりというか、袋小路に辿り着いた。
そこには意外なことに、先客がいるようだった。薄暗い路地の中、壁に背をつけるような奥ゆかしさで、じっと立っている人影――以前に見た泥酔していた女、チーニャだ。
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