五章

第29話

■5

 隊商は予定通りスレインも含めた隊列となって、次の町、ドラインセルという北西の町へ向かって出発した。

 スレインの幌馬車は三頭立てであり、ひとりが操るには大きいようにも感じたが、あれだけ多くの荷物を預かるのだから仕方ないのかもしれない。彼は隊列の中央に据えられた。

 一方でリヴィッドは、六台編成である隊商の馬車のうち、普段ならば五番車か、あるいは二番車辺りに配置されるのだが、今は商材と共に最後尾の六番車に押し出されることになった。

 しかしその方が、リヴィッドにとってはありがたかった。最後尾ならば、よく見える。

「…………」

 小さくなっていく町――赤い森の姿。カーテンの隙間から、それを眺めた。じっと、ぼんやりと眺め続けずにはいられなかった。後ろ髪を引かれる思いだったのは、やはりもう一度、サヤに会いたいと思っていたからか。会って何をするのか、謝るのか、何かを話せばいいのか、全くわからなかったが。

 少なくともリヴィッドは出発した直後から、夜までの間、ずっとそうしていた。

 それどころか夜になり、野営の準備を始めた隊員たちから「ぼーっとするな」と怒鳴りつけられるまで、そうし続けていた。

 チャネルベースから西へ伸びる街道は細く曲がりくねりながら、やがて緩やかな上り坂となっていく。当然、左右は赤い森の影響を受けた樹林である――が、実のところ見える範囲に、それほど森の印象を抱く場所は多くなかった。

 町を出てからしばらく進む間こそ、そこは林道に違いなかったのだが、上り坂が明確になり始めると、道がその木々を超えるようになったのだ。

 というのも、街道の北側には低い山というべきか、小高い丘というべきか、丘陵の一角を成す類のものがそびえていたのである。ただ、赤い森が鎮静化した頃、そこが雪崩を起こしたのだ。原因は、刃の根によって地面が切り裂かれたためだと言われている。

 それによって街道は林道というより荒野めいた景色となり、緩やかな上り坂として、埋まった木々の先端を踏み越えるように進んでいくものとなったのだ。

 そうした場所で野営をするには、いつも以上に手間がかかる。坂道であるため車輪にストッパーを噛ませなければならないし、荷台を含む輓具の点検はいつも以上に重要視されるため、整備班は緊張した様子だった。輓獣の管理は救護班の仕事だが、これも坂道で休ませるため、機嫌を取るのが難しいらしい。

 リヴィッドは商人の役目を担い、毎夜行う決まりである商材の点検を行っていた。これもこれで、滑り落ちないよう慎重になる必要があったし、そもそも普段以上に強固に固定されているため、点検自体が面倒である。

 ただ、それでもリヴィッドの負担がそう多くなかったのは、その分まで請け負わされている者がいたためだ――鉄の無断大量購入の処罰を受けた、バンダナ男のミックである。彼はいくつかの罰を、鉄を全て売り捌くまで続けさせられることになっていた。

 おかげでリヴィッドは中身の点検というより、固定の度合いを確かめることに徹するだけで、普段よりも早く作業を終えることができた。

 あとはその報告のため、作業をしていた最後尾の六番車から降り、隊長のいる一番車へと報告へ向かう。それが終われば就寝するだけだった。

 しかしその日は、報告から戻る途中でふと足を止めた。どうやら二番車の中で酒盛りが行われているらしく、幌越しに明かりが漏れ、中から騒ぎの声が聞こえていた。その話によると、スレインが彼らに酒を差し入れしたらしい。

 いずれにせよ普段のリヴィッドならば、無視してさっさと休むのだが――

「おう、なんだ? こんなところで何してやがんだ?」

 馬車の傍らで立っていると、酔った商人のひとり――すっかりできあがっているが、逆毛を見るにラルゥだろう――が降りてきた。リヴィッドはその酒臭さに顔をしかめながら、目を逸らした。

「別に……戻る途中で、騒がしいなと思っただけだ」

「なんでえ、そんなら丁度いいじゃねえか。おら、俺の代わりだ!」

「は?」

 と声を上げる暇もなかった。屈強な商人はリヴィッドの身体を軽々と持ち上げると、そのまま馬車の中に放り入れたのである。

 突然の来訪者に、中にいた十人近い隊員たちがきょとんとするが、ラルゥはすぐにカーテンから顔だけを出して「用を足しに行ってくるから、それまでこいつが代役だ!」と笑って去っていった。すると隊員たちも、なぜか納得したらしい。ラルゥの分だと酒を渡してきた。

 リヴィッドは存外上手く座るように着地した体勢を多少崩しながら、なんなんだよと毒づいた。ただ――奇妙にもそれほど強く反抗する気も起きず、その場から逃げ出すこともなかった。

 もっとも酒を飲めるわけでもなく、積極的に参加することもなかったのだが、それでも隊員たちが詰め込まれた狭苦しい馬車の隅で、ぼーっとその様子を眺めようと決めたのである。

 それは不思議と、自分の中で意義のあることだと思えたのだ。

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