第十話 ディオ討伐 -後編-



 ギカッという放電音とともに、前方を包む白く輝く熱い光。

 それはすぐに消え、パチパチという残留放電がおさまると、世界は再び静かな暗緑色を取り戻す。


 目を開けたサシェの足元に、ディオという名のノートリアス・モンスターが横たわっていた。


(……〈迅雷サンダーIII〉だ)


 サシェにはすぐにわかった。雷系の黒魔法〈迅雷サンダーIII〉――かつて、サシェがレベル66で習得した魔法である。

 その一撃で、ディオは仕留められていた。


「ええい、うっとおしいですわっ」


 ドカッという打撃音とともに、手にした両手棍でカーディアンを殴り倒した人物がいた。

 サシェのほうを向いて前髪を払い、美しい笑顔を見せる長身のヒューマン族女性。


「お久しぶりですわね、サシェさん。……失礼、本名はサシェカシェでしたかしら?」


「ア、アンティーナ……さん?」


 そこに立っているのは、かつてサシェを暗殺しようとし、その後サシェが魔法院に預けた元ベッケルの部下――アンティーナだった。


 やがて、すべてのカーディアンを片付けたカリリエが来る頃には、アンティーナの白魔法〈復活ライズ〉によるミサヨの蘇生が終わっていた。


 マジドアルジド院長の指示で、北の魔法塔を調べに来たのだとアンティーナは語った。


「外ホトルル遺跡にいるカーディアンの様子がおかしいという情報が、天の塔に入ったのです。その後の情報整理で、北の魔法塔のことだとわかり……院長の命令で、私が最初の任務としてここの調査を受けましたの。まさか、あなたたちが来ているとは、知りませんでしたわ」


「助かったよ。ありがとう」


 サシェは素直な気持ちを口にした。

 そして、この数週間でアンティーナが精神的に立ち直っている様子に安心した。


 蘇生直後の衰弱状態で座りこんでいるミサヨと、それに付き添っているカリリエ。

 ふたりがアンティーナに好感を持っていないことをサシェは知っているので、ここで話しこむのはやめることにした。


 床に転がっていたクルエルサイズを拾い、本物であることを確かめるように振り回してみる。

 それをホノイコモイに届ければ、今回の依頼は完了だった。




「ところで、院長から手紙を預かっていますの。偶然でも早く出会えてよかったですわ」


 突然のアンティーナの言葉に、サシェ、ミサヨ、カリリエが顔を上げた。


「私に?」


 不意を尽かれたサシェが間抜けな声を出した。


「そうですわ。だいたいの内容は聞かされていますが、まずは読んでみていただけませんか?」


 差し出された羊皮紙製の封筒を受け取るサシェ。

 開いた手紙に書かれた達筆は、マジドアルジド院長の直筆に間違いなかった。


 手紙を読んだサシェは、左手で頭をかかえ、それからアンティーナを見た。

 長身の美女は、にこやかな笑顔だ。


「またか……また俺は、見落としていたのか……」

「また――って?」


 うめくようなサシェの声に、ミサヨとカリリエが反応した。

 それには答えず、サシェはアンティーナに左手の甲を見せるように促した。


 すっと左手を上げるアンティーナ。


「いったい、いくつあるんだ……」


 あきれるように言うサシェ。


「……驚いた。私も気づいてなかったな」

「私もだ……」


 ミサヨとカリリエが目を丸くしている。


 アンティーナの左手人差し指にはまっているのは、まぎれもなく呪いの指輪――霊獣カーバンクルの模様が刻まれている。


「サシェさんの暗殺を命じられたときに、ベッケルにつけられたのですわ。成功したら外してくれるという条件で」


「……マジドアルジドさんからの手紙には、なんて?」


 質問したミサヨに、サシェは元気なく手紙を渡した。

 カリリエも覗きこむ。




 ===



 サシェカシェへ


 挨拶は抜きだ。

 おまえが魔法院に預けたヒューマン族女のことだが、副院長がおまえから聞いたという話とかなり違うぞ。


 レベル90相当と言っていたらしいが、実際にはレベル69じゃないか。

 本人に聞いたら、指輪のせいだと言う。


 魔法院は慈善事業じゃないからな。

 おまえが責任を持って彼女の指輪を外し、それからもう一度連れて来い。


 それから、今度は俺がいるときに魔法院に来いよ。


 マジドアルジド



 ===




 口をあけたまま呆然とするミサヨとカリリエをよそに、アンティーナはテキパキとしゃべった。


「できましたら、ここの調査も手伝っていただけませんか? 私ひとりでは、荷が重くて。ついでに言えば、このまま天の塔への報告まで付き合っていただいて、そのまま一緒に行動するのが合理的だと思いませんか?」


「うん……わかった。この遺跡の構造には詳しいから、手を貸すよ。それに……マジドアルジド院長には逆らえない……」


 同意したサシェに、ミサヨとカリリエは特に何も言わなかった。


 たった今サシェの命を救い、ミサヨを蘇生させたという事実のせいもあるかもしれない。

 よろしく――と、手を出すアンティーナに強引に握手されていた。


 サシェは少々気が重い。


(まいったな。一人旅のほうが気楽なのに……まさか、こんな大所帯になるなんて……)





  ***





 サシェ、ミサヨ、カリリエ、アンティーナの四人は、ミサヨの衰弱状態の回復を待って、ディオの部屋の前から調査を開始した。


 まずは、ディオの部屋の向かいにある部屋。

 ディオの部屋と同様に、上にスライドするドアがある。


 この遺跡には同じような造りの部屋が全部で十四あるのだが、サシェの記憶では、このドアの向こうには空っぽの部屋があるだけのはずである。

 だが、この部屋には警戒せざるを得なかった。


 ミサヨとふたりでたどり着いたとき、いきなり現れた二体のカーディアン。

 信じられないことだが、プリズムフラワーを使用していた痕跡があった。


 カーディアンが冒険用の薬品を使うなど、聞いたことがない。

 さらにそのうちの一体が、まるで決められた行動のようにディオの部屋のドアを開けたのだ。


 いったい何のために?

 ディオを利用するため、侵入者を撃退するため――だとしたら。


 この遺跡の中で、目の前の部屋こそ最も警戒すべき場所だと思えた。




 カリリエが慎重にドアのスイッチを押す。

 ドアが勢いよく上にスライドし、その向こうに見えたのは――。




 動くものはなかった。

 天井にある照明装置のおかげで、通路よりは明るいがやはり緑色の世界。


 もっとも、一時間以上遺跡の中にいるせいで目が慣れてしまい、緑色に感じなくなっているのだが……。


 何もないはずの部屋に、木製のテーブルがあった。

 木製の椅子も、三つの簡易ベッドらしきものまであった。


 床にはゴミが散らばり、テーブルの上には数冊の本や羊皮紙――。


「サシェさんの部屋なみに、散らかっていますわね」

「あれはトラップをごまかすためで、私はどちらかといえば綺麗好きです」


 部屋の中に誰もいないことを確認してから真面目に言うアンティーナに、サシェが真面目に答えた。

 ミサヨとカリリエも、遺跡に不似合いな部屋の様子に驚いている。


「誰か住んでいたんだ……こんなトコロに」

「ベッドの数からすると、三人かな……ホコリの感じからすると、一週間以上は無人だったみたいだねぇ」


 カリリエがテーブルの上を指でなぞっていた。


 人がいなければホコリなど落ちていない部屋に、ホコリがあった。

 それなりの期間、ここで人が暮らしていた証拠だ。


「ふーん……」


 アンティーナがテーブルの上にあった一冊の本を開いて読みふけっていた。

 サシェも椅子に上がって、テーブルの上の別の本を開いた。


「これは……」


 そう言って、ページをめくるサシェ。

 心臓が高鳴っている。


「――あった」


「何があったの?」


 カリリエが近づいてかがみこみ、横から本を覗きこむ。

 それには気づかず、サシェはそのページを読み、前後のページをめくった。


 あったのだ、こんなところに。

 カーバンクル・カースについて書かれた禁書が。




「ちょ……」


 ……っと見てくれ――そう言って顔を上げたサシェの右頬が、一緒に覗きこんでいたカリリエの左頬に触れた。


 それはほんの一瞬で、慌ててサシェが離れる。


「あ、ごめん」

「ご、ごめんなさい」


 カリリエは左頬に手のひらを当てて、視線をそらした。

 サシェからは見えなかったが、ミサヨとアンティーナからはカリリエの赤くなった表情が見えた。


「ふーん……」


 アンティーナがニヤリとしたが、それ以上は何も言わなかった。




「――あったんだ、例の禁書が」


「えっ?」


 サシェの言葉にミサヨが驚きの声を上げて本を受け取り、ページをめくった。

 横からサシェが補足する。


「カーバンクル・カースについて書かれている部分は、少ししかないみたいだけど――あとで、よく読んでみよう」


「そっか……この本、病気についての本じゃなくて、霊獣カーバンクルの力について書かれた本だったんだ――ということは……」


 本全体をぱらぱらとめくった後、手を止めたミサヨが考え込んだ。

 その言葉が気になったサシェ。


「どうした?」

「……うん、実はさっき、こんな物を見つけてしまったのです」


 ミサヨが細い二本の指に挟んで見せた物。

 それは一枚の小さな銀のプレートだった。


 光を反射して、黄色っぽく見えたり黒っぽく見えたり……何かの模様が描かれている。

 それはサンドレア王国の紋章だった。


「……あ……えぇっ?」


 この遺跡内部の光源が緑色であることを思い出すのに、少し時間がかかった。

 黒っぽく見えるのは、本来、赤色で――。


「それは、まさか……」


 サシェの記憶が蘇った。

 アイル少年に引っ張られて、初めてマリィの家に行ったときのことだ。

 黒鎧に身を包んだ口ひげのレウヴァーン族の男が、マリィの母親リタに見せつけていたプレート。


 特殊な彫金合成術で作られた王室親衛隊の身分証だ。


「ここに、いたのは……」


 サシェの言葉をミサヨが引き継いだ。


「十中八九、ベッケルよね。今の彼には不要なプレートだから、捨てていったのかな?」


「そうだ……少なくとも現在の王室親衛隊が、ウィンダム連邦に無断でホトルル遺跡に手をつけたりするはずがない」


 サシェは、禁書を持ち出した犯人がベッケルであることが気になった。

 そして行く先々で、ベッケルが関係する事件に巻き込まれていることも。


(ベッケルの目的は、いったい……)




「カーディアンを操っている秘密は、これのようですわね」


 アンティーナが読みふけっていた本を見せた。


「これも禁書ですわ。ホトルル遺跡の魔導設備の応用例のひとつとして、カーディアンの心臓部といえる魔導球との交信――古代言語プログラムによるカーディアンの遠隔操作まで――しっかり書かれていますわ。……禁書になったのは当然ですわね」


 カーディアンが強さに関係なくカリリエを襲い、部屋の前で特異な行動をした理由がそこにあった。


「すごいですね、アンティーナさん。この短時間で、そこまで読み込んだのですか」


 サシェはむしろアンティーナの知識に感心した。


「……子どもの頃からの、エリート教育の賜物たまものですわね」


 アンティーナの表情に影が落ちる。

 サンドレア王国の高級官僚だったブレソール卿――その私兵、特殊な暗躍部隊としての教育を受けてきたアンティーナは、他国の情報収集にかかわる知識も豊富だった。


「サシェ、これ、どこの地図かわかる?」


 カリリエが羊皮紙の束を持っていて、その一番上の紙に手描きで地図らしきものが描かれていた。


「………?」


 受け取った羊皮紙の上下をひっくり返してみる。

 サシェの頭の中にある何枚もの地図のうちの一枚と合致する模様になった。


 かばんからその場所に該当する地図を取り出して羊皮紙に書かれた図形と比べてみる。


「ホスティン氷河に間違いないな。いくつかマーキングされているのがソジエ遺跡。ここホトルル遺跡とそっくりの塔が立っている場所だ。地下のダンジョンはここよりもずっと複雑だけどね」


「……ちょっと待って。情報量が多すぎて、混乱してきた」


 カリリエがギブアップの声を上げた。

 ミサヨも頷く。


「めぼしいものは持ち帰って検討しようよ。一応、他の部屋も調べるんでしょう?」


「そうだな。他に何もなければすぐに終わるだろうし、日が沈む前にウィンダム連邦に帰ろう」


 サシェが同意し、アンティーナも従った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る