第五話 外せない枷 -前編-
ホスティン氷河の中心に位置するソジエ遺跡・中央塔。
その入口で合流したミニブレイクの面々を前に、機嫌のいい声を上げたのはサンドレア王国・王立騎士団の分団長ベイルローシュである。
「久しぶりです、サシェ殿。ようやくシェンの一件でできた借りを、返すときが来ましたな」
彼はサシェ、ザヤグの順に固い握手を交わしてから、ひとりの女性従騎士を紹介した。
「このアルミティは私の部下にして、元冒険者でしてな。この者から話を聞いたときには、騎士の血が騒ぎましたぞ」
話が見えないまま紹介された従騎士と握手を交わすサシェ。
アルミティと呼ばれたレウヴァーン族の若い女性は、赤い前髪を揺らせてにっこりと微笑んだ。
「初めまして、サシェさん。お会いできて光栄です。今朝ミサヨからテルをもらって、分団長に事情を――」
「サシェ殿たちがマルガレーテのために冒険していたとは露知らず。そうと知っていれば、すぐに駆けつけましたものを……水くさいですぞ、サシェ殿」
アルミティの話が終わらないうちに割りこんできてそう言うと、ベイルローシュは急に真面目な顔になり、サシェだけに聞こえるように声のトーンを落とした。
「……マリィがただの病気でないことは、薄々気づいていました。しかしまさか、ここまで大きな話であったとは……リタの役に立てなかった自分が歯がゆいのです。せめて、サシェ殿たちの役に立ちたい」
サシェを見つめるベイルローシュの眼差しは真剣だ。
「ありがとうございます、ベイルローシュさん。いつも助けてもらっているのは私のほう……シェンのときだって、そうです」
「ふふ。ここに集めた者たちは私の部下の中でも特に志の熱い従騎士どもです。ああご心配なく、上のほうには指名手配中であるベッケルの情報収集活動と言って来ましたからな。嘘ではないでしょう?」
ニヤリと笑うベイルローシュに、サシェもニヤリと返す。
ザヤグと話していたミサヨが、アルミティと少し話してからサシェのほうに近づいてきた。
「リーダーに相談もせずに呼んでごめんなさい。まさか、いつも髪を切ってくれるアルミティが三日前からベイルローシュさんの部下になっていたとは知らなくて……最初は、マリィの様子を見てきてもらおうと連絡しただけだったんだよ」
「いや、助かったよ。正直、自信を失くしかけていたんだ……ザヤグさんに救われたけどね」
ミサヨが微笑んだ。
「私も、ザヤグにいつも励まされてる」
雲間に輝く月が空の高い位置に移動してサシェの心をせかしている。
王立騎士団のメンバーと名前だけの自己紹介を交わすと、サシェはすぐにでも塔の地下へ突入するつもりだった。
「サシェ殿」
それを引き止める声の主はベイルローシュ。
そばには、アルミティが立っている。
「もしよければ、八人ほどここに残して行こうと思うのですが」
「……はい。どうしたんですか?」
不思議そうな顔のサシェに微笑んでから、ベイルローシュがアルミティを含めた八人の部下の名前を呼んだ。
「おまえたちはここでキャンプを張れ。そして……装備をすべてミニブレイクの皆さんにお貸しするんだ」
「………っ」
サシェは驚き……そして気づいた。
サンドレア王国の従騎士たちが装備している鎖帷子、長衣、冑、手袋、下衣、靴、カラー、盾にいたるまで、すべてが王国従士制式装備――レベル30から40の装備品なのである。
まるでレベル40制限の中央塔に入るために揃えたように、都合がいい代物だ。
従騎士隊を見たミサヨが、その装備レベルに気づいてアルミティに話したんだろうと直感した。
「……感謝します」
頭を下げるサシェの肩にベイルローシュが手を置いた。
「我々全員がフル装備で突入するより、はるかにお役に立てるでしょう? ……もっとも、私は残りの部下とともに一緒に行きますけどね」
大声で笑うベイルローシュ。
この人にはかなわないな――と、サシェは率直にそう思った。
こころなしか、部下たちも苦笑いしているように見える。
アルミティが、外した装備一式をカリリエに渡した。
ぴったりの大きさとはいかないが、ジークヴァルトとベイルローシュも剣を含めた装備一式を他の従騎士から受け取った。
サシェ、カロココ、ラカ、ザヤグは騎士や戦士のための鎖帷子は装備できないので、王国従士制式長衣だけを借りる。
こちらは布製なので、寸法が違ってもなんとかなった――ザヤグだけはどうしてもサイズが合わず諦めたようだが……。
ひとりの従騎士からミサヨも長衣を受け取っていた。
今までずっとレベル1のみすぼらしい装備だったミサヨが、レベル40用の長衣を身につけようとしている……。
サシェの視線に気づいて、照れるように笑うミサヨ。
自然にサシェの口から言葉が出た。
「おめでとう、ミサヨ」
「ありがとう……ようやく、本領発揮といきますよ」
ミサヨの指に呪いの指輪は、もうない。
カリリエの指にも。
ミサヨたちが正確に魔導器を稼動させた証拠だった。
全員の準備が整う。
「よし、行こう」
地下への階段に踏み込む。
最初の敵であるヘクトオイユ族のゲイザーが、無数の目を開閉しているのが見えた。
***
最初のフロア。
一緒に突入したベイルローシュと従騎士十一人の活躍は目覚ましかった。
彼らに戦闘を任せて、ミニブレイクのメンバーが
ここまで東の塔での疲労を回復する暇がなかった彼らにとって、大いにありがたい。
スノーボールというボム族の魔物にトドメをさし、肩で息をしている青年従騎士。
その肩に背後から手を置いたのはジークヴァルトだ。
びくりと反応した青年がジークヴァルトの顔を見てホッとした表情を見せた。
その様子から、青年がいっぱいいっぱいで闘っていたことを感じるジークヴァルト。
「ありがとヨ……慣れねェ相手で疲れたろ。あとは俺たちに任せな」
サンドレア王国の王立騎士団が普段から主に相手をしているのは、比較的人間に近い攻撃を仕掛けてくるオーク族の獣人たちである。
ヘクトオイユ族やボム族という見た目からして特異な魔物が相手では、疲れも倍増するというものだ。
突然の特殊攻撃に臨機応変に対応できるほど、彼らは冒険慣れしていない。
「おかげで、しっかり休めたよ。今度はあんたたちが休んでて」
青年が床に座りこむのを見届けてから、カロココがいつものように両腕をぶんぶんと振り回した。
「さぁ、第二ステージと行きましょうか。何か気をつけることある? リーダー」
「うん、特別な罠がないかだけ気をつけて。……この先は、人を襲う魔物はほとんどいなかったはずだ」
サシェの言葉に、目と口を丸くしてぽかんとするジークヴァルトとカロココ。
ラカがクククと笑った。
「ウチの出番やなぁ。脳筋コンビは、後ろに控えとりぃ」
「ガーン……」
声を揃えるジークヴァルトとカロココは、活躍の場を失ったショックに固まったままだ。
場の雰囲気が和む中、サシェだけが厳しい表情を保っていた。
「油断しないで。ベッケルは用意周到で、手間を惜しまない男だ。彼らがここの魔物と戦って進んだとは思えない。つまり、そういう仕掛けがあるとしたら……侵入者を撃退する仕掛けがあってもおかしくない……」
ミサヨとカリリエの脳裏に、ホトルル遺跡におけるカーディアンたちの異常行動が蘇った。
ベッケルは盗み出した禁書を頼りに遺跡の魔導器を使いこなし、野生化していたはずのカーディアンたちを操っていたのだ。
保身にかけては、ぬかりない男と言えるだろう。
慎重に進む彼らだったが、特に何の仕掛けも見当たらなかった。
ただ、サシェの道案内で進むうちに、共通の違和感を覚え始めている……。
「ねぇ……さっきから、同じトコロを回ってる気がしない?」
カリリエがそう言うと、すかさずジークヴァルトが同意した。
「そうそう、俺もそう思っていたトコロなンだ」
「……いや、大丈夫だ」
サシェの説明は明快だった。
「今回は事前に説明するヒマがなかったけど、この中央塔はそういう構造なんだ。ほら、ここを見て」
サシェが石壁の自分の目の高さあたりを指さした。
そこにはナイフで傷をつけたような“×”印が五個並んでいる。
「以前ここに来たときに、メンバーのシーフがつけた印だよ。階段は降りていないし、同じように見える構造だけど……ここはもう地下五階なんだ」
へーっと、感心するカリリエとジークヴァルト。
「気づかなかったかもしれないけど、もうすでに四回……空間を跳び越えるゲートをくぐってる」
「赤と紫のゲートやろ、何か意味あるんやろ思ぉとった……けど、そないな仕掛けやったんやなぁ」
ラカだけが、うんうんと頷いている。
さすがラカさん――と感心しながら、サシェは言葉を続けた。
「むしろ、ここまで何もなかったことのほうが問題だ」
「……? ……どういうことです?」
ベイルローシュの疑問は皆の疑問でもあった。
サシェは少し間を置いてから、ゆっくりと話した。
「この先は――今度はゲートじゃなくて、リフトがあります。そこを降りたら、その先はもう……」
「霊獣ディアボロスの棲家……というわけか」
ザヤグがボソリとつぶやいた。
黙ったまま頷くサシェ。
場がシンと静まり返った。
青年従騎士の足が震えている……。
(……無理もない)
霊獣ディアボロス――その姿を見たことがあるのは、このメンバーの中でサシェだけだろう。
一介の冒険者が――ましてや冒険者レベルでいえば40程度の騎士団が、挑むような存在ではない。
相手は生ける神々……五霊獣の一角なのだ。
「できれば……ここまで来る前に、ベッケルたちに遭遇しておきたかった」
皆が重い足取りで通路の角を曲がったそのとき、目に飛び込んできた光景があった。
十五メートルほど先の通路中央――。
……そこに、下着姿の女性が立っていた。
大柄な身体……ライトブラウンの髪……。
「来てはだめ……来ないで……」
その震える声は、間違いなく――。
「アン……ティーナ……」
駆け出そうとするカリリエの腕を、ミサヨがつかんだ。
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