第六話 外せない枷 -後編-



 天井も、床も、壁も……ホトルル遺跡と同様に石でできた通路。

 その真ん中に、アンティーナが立っていた。


 来ないで――と、何度もつぶやきながら。


 そこから十五メートル手前で、落ち着きを取り戻したカリリエがミサヨにそっと伝えた。


「離して……もう大丈夫だから」


 ミサヨがつかんでいた手を離すと、カリリエがアンティーナに問いかけた。


「どういうことなの? どうして行ったらダメなの? 私たち、アンティーナを助けに来たんだよ?」


 しかしアンティーナは“来ないで”とつぶやくばかりで、見るからに混乱している様子だ。


 ぼそりとラカが指摘した。


「……あれ、見てみぃ……アンティーナの足元や」


 ラカが指さす先を見て、皆が息を呑んだ。


 それは高さ三、四十センチほどで、一個の四角い金属製のかたまり

 材質は――おそらく鉄と思われた。


 よく見ると、その重厚な塊にアンティーナの両足が埋まっていた。

 少し脚を開いた状態で、スネの中ほどから下が完全に見えない。


 どうやったのかはわからないが、少なくとも溶けた鉄を型にはめて作ったというわけではないだろう。

 そんなことをすれば高熱で脚が炭化してボロボロになり、人間を固定できるはずがないからだ。


 逆に言えば、熱で溶かして外すこともできないということだ。

 たとえその鍛冶技術を世界に誇るバスクート共和国の大工房に連れて行ったとしても、不可能である。


「アンティーナをあそこに固定して、何の意味があるのかな? まさか返してくれるつもりじゃないだろうから、何かの罠だと思うけど……」


 ミサヨが口にした疑問は的確だった。

 しかし答えられる者はいない……このままでは、ラチがあかなかった。


「やっぱり、近づいてみるしか……」


 数歩踏み出したカリリエを見て、アンティーナが悲鳴を上げた。


「来ないでっ。みんな爆発で死んでしまいますわ」


 びくっと反応して、止まるカリリエ。

 アンティーナは両手で頭を抱え、震えている……。


「……俺が直接、アンティーナとテルで話してみる」


 サシェだった。


 その場の全員が、無言のまま了承した。





  ***





 ……もう自由に歩くこともできない。


 ……本当に、人形のように立っているだけの存在。


 ……ただ、サシェたちの侵入を防ぐためだけの……生きた爆弾……それが、私なのですわ。



 ――誓います……必ず生きて帰り、マリィを救います。



 ……ミニブレイクの誓いの言葉――それに、まだ意味があるのでしょうか?


 ……生きて帰って……彫像として生きろとでも?




 暗く閉ざされたアンティーナの心。

 そこに突然、言葉が届けられた。




 サシェ: ……アンティーナ

 アンティーナ: …………




 アンティーナは、返事をすることができなかった。

 心は闇に閉ざされ、状況を理解できない。


 返事をする前に、サシェの言葉が続いた。




 サシェ: 今、了承するよ。……君と主従契約を結ぶ




 アンティーナの心の暗闇に、光がほとばしった。

 身体の震えが止まる。




 アンティーナ: サ……シェ……?

 サシェ: 最初の命令だ。君が、ベッケルに逆らえない訳を話して




 急速に平常心を取り戻すアンティーナ。

 その瞳に光が戻る……。




 アンティーナ: ……はい、私の御主人様




 無言のまま念話テルを続けるサシェを囲んで、皆がれる心と闘っていた。

 サシェの表情がつらく厳しいものに変わったとき、それがアンティーナの身に降りかかっていることの重大さなのだと直感する。


 ようやくサシェが口を開いた。


「なんてことを……ベッケルのやつ……」


 握られたこぶしに力が入っているのがわかる。

 サシェが皆を見渡した。


「待たせてごめん。簡単に言うと……アンティーナの身体に爆弾が埋められている……ベッケルが好きなときにスイッチを押せる爆弾が」


 全員の顔色が変わった。

 言葉を失うカロココとラカ、ベイルローシュと従騎士たち。

 怒りをあらわにして声を上げるジークヴァルト。

 険しい顔をさらに厳しくするザヤグ……。


「そんな……どうすればいいの? ここまで来て、アンティーナを救えないの?」


 そうつぶやくカリリエに、先ほどの威勢はない。

 黙ってサシェを見つめていたミサヨが、ようやく口にした言葉も重かった。


「あそこに固定しているのは……そういうことなの? 侵入者を防ぐ仕掛けが、アンティーナ自身だなんて……」


 サシェの念話テルはまだ続いていた。




 サシェ: 穿甲蟲を取り出す方法はないのか?


 アンティーナ: どこにいるかもわかりませんわ


 アンティーナ: 背中の肉をすべて剥がしでもしない限りは……


 サシェ: …………




 無言になったサシェに、アンティーナが穏やかに言った。




 アンティーナ: ありがとうございます、御主人様……最後に主従契約を認めてくださって


 サシェ: ……最後?


 アンティーナ: 私、幸せですわ。もう思い残すことはありません。ベッケルに殺される前に、自分で命を断ちま――




「バカヤロウ……っ」


 いきなりのサシェの大声に、皆が驚いた。


「強がるなよ……そんな顔で……」


 サシェの震える声を聞いて、十五メートル先のアンティーナの顔に視線が集まる。

 こちらを見つめるその両目からは、涙があふれていた。




 アンティーナ: 強がりではありませんわ。装備と一緒にチョーカーも取られてしまいましたが、これだけは手に握ったまま。皆さんとの……思い出が詰まったこれとともに、私は……




 サシェの思考に、閃光が走った。





  ***





 約一時間前。

 ソジエ遺跡・東の塔の最下層、カーバンクルの間。

 サシェとザヤグが〈脱出エスケープ〉の魔法で姿を消した後。


 ミサヨが魔導設備のスイッチの前に立っていた。


 手招きでカリリエを近くに呼ぶ。

 先ほどアンティーナが立ち、カーバンクルの聖剣を作った場所だ。


「マリィの病気を治すアイテムって、どンな物なンだろうな? ……て言うか、この設備にまだそんなエネルギーが残ってると思うか?」


 ジークヴァルトの疑問に、カロココがお手上げのジェスチャーで応じる。

 ラカがジロリと睨んだ。


「静かにしぃ……わかっとるんは、ミサヨだけや」


 ミサヨは、カリリエをせかしていた。


「早くして、カリリエ。すぐにサシェたちを追うんだから」

「そんなこと言ったって、ここから地上に出るだけでもずいぶん時間がかかるよ?」


 ミサヨが微笑んだ。


「それは大丈夫。まぁ、まかせてよ」

「ちゃんと説明しながらやってよ。そう約束したよね?」


 イライラするカリリエに対し、ミサヨの答えはそっけない。


「これが済んでからね」

「あー、もう。さっきのベッケルの片手剣みたいな、素体にするアイテムはいらないの?」


 ぶつぶつ言いながらカリリエが横に立つと、ミサヨはかまわず魔導設備の大きなスイッチを入れた。


 アンティーナのときと同様にヴンという起動音がうなり、いくつかの場所が青く光りだす。

 ただしアンティーナのときよりも、光る場所がめっきり少なくなっている。


 今回は掲げるようなアイテムがないので、何かが青い光に包まれるようなことはなかった。




 コォン、コォ…ン……――




 金属と石がぶつかる軽い音が二つ。


「あ」


 カリリエが声を上げた。


「十五年も一緒だったコイツが……そういえば、アンティーナのときも外れていたっけ」


 そう言って、床にすべり落ちた呪いの指輪を拾うカリリエ。

 ミサヨも、自分の指から外れた呪いの指輪を手に取る。


 そしてアンティーナのときと同様に、すぐに魔導設備の動きが終息した。

 ふたりの手元にあるのは、それぞれの呪いの指輪のみである。


 カリリエが慌てた。


「ちょっと……失敗じゃない? やっぱり何か素体アイテムが――」

「……いいのよ、これで。大成功」


 満面の笑みでその満足を示すミサヨに対し、カリリエは納得がいかない。


「だから。説明してってば」

「リチャージしたのよ、呪いの指輪を。だから外れたわけ。エネルギーが足りて良かった」


 カリリエはさっぱり理解できないという顔をしている。

 そこにジークヴァルトが近づいてきて尋ねた。


「よくわかンねーけど……マリィを救うアイテムは手に入ったのか?」

「ほら、これがそう」


 ミサヨが呪いの指輪を目の前に差し出した。


「詳しい話は、サシェたちを追いながらするから……さあ集まって、〈脱出エスケープ〉するよ」


 そう言うと、いきなり詠唱を開始するミサヨ。


「ちょ……待って、待って」


 カロココとラカが、慌てて駆け寄る。

 そして見た。


 呪いの指輪をはめる前の……自信に満ちた、冒険者レベル75の自分たちのリーダーの姿を。



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