最終話 旅立ちの朝 -後編-
やがて、皆で座りこんで昔話に花を咲かせるうちに、ジュナ大公国が近づいてきた。
口数が少なくなってきたメンバーを前に、ミサヨが立ち上がった。
その足元には
ミサヨに合わせて、全員が起立した。
「では、これをもって、
ミサヨの足元に置かれたリンクスシェルに視線を落とすメンバーたち。
寂しさが顔に浮かぶのは仕方がないだろう。
「でも。私たちの
ミサヨの言葉にうんうんと頷きながら、右腕で涙を
「割ります」
ミサヨが縦に持ち上げた両手棍を、リンクスシェルに向けて落とした。
ピシッ――という乾いた音がして、リンクスシェルは産み落としたパールもろとも、その機能を永遠に失った。
「俺サ……リンクスパールとして機能しなくても……このパールはずっと指につけとく……」
最後まで泣いているジークヴァルトの言葉だった。
***
「ミサヨは、どうするンだ?」
飛空艇がジュナ大公国に到着し、発着場に降りたところで、ジークヴァルトがミサヨに問いかけた。
「うん、まだ考えてないんだけど……」
ミサヨはジークヴァルトとの会話は上の空で、目で誰かを探している。
来るときは早朝で
ところが発着場は、これから飛空艇に乗り込む客でごった返している。
(おかしいな。甲板にも上がってきてたと思ったのに……もういないなんて)
そのミサヨに、アンティーナが声をかけた。
「ミサヨ。サシェなら、妙に急いで降りて行きましたわ。何か用事があるんじゃないでしょうか」
「そう……ありがとう、アンティーナ」
見るからにがっかりするミサヨ。
それを見たジークヴァルトが、そばにいたカロココに声をかけた。
「ナァ、カロココはサシェがなンでジュナ大公国に来たか知らないか?」
「な、なんで私が知ってるのよ? 冒険者がジュナ大公国に来るのに、理由なんかいらないでしょ」
ストーカーよろしく、今朝は宿からサシェを尾行していたとは言えないカロココ。
だが、カロココの言うことはもっともで、世界の中心にあるジュナ大公国は、世界中を旅する冒険者が必ず立ち寄る場所である。
「イヤ、深い意味はないけどサ。急いでたみたいだって話だから」
客たちのほとんどが飛空艇に乗り込み終わり、あたりがガランとしてきた。
そしてミサヨ、ジークヴァルト、カロココが立ち止まっているのを見て、他のメンバーも不思議そうに戻ってきた。
「どないしたん? ウィンダム連邦行きの飛空艇、すぐ出るんちゃう?」
「ごめん……全然たいしたことじゃあ……」
謝るミサヨの横で、突然カロココが声を上げた。
「あ……そういえば……」
***
カリリエがもう一度ベッドに横になったとき、枕の下に入った右手に何かが当たった。
チャラリと音がしたそれを、手にとって眺めてみる。
指からぶら下がる細いシルバーの鎖の先には、銀の小さなプレート。
その表面に固定されたさらに小さなツヤ消しブラックのプレートに、淡い紫色がかった白いパールが埋め込まれている。
ミニブレイクのリンクスパールだ。
「そういえば、ちゃんと解散宣言してなかったよね」
まだ誰かが付けているのだろうか――と、カリリエはほんの軽い気持ちで、パールに意識を集中してみた。
誰かがつけていれば、すぐにわかるはずだ。
「…………」
目と口を開けて、しばらくぽかんとした表情になるカリリエ。
「ぷ……」
そして、いきなり噴き出し、大笑いを始めた。
「あは……あははははは。……まいったな、これ」
ベッドから起き出しても、まだ笑っている。
(もう……やってくれるなぁ。気持ちを切り替えるしか、ないじゃない?)
窓のそばに立って、カーテンを開けた。
眩しい朝陽が、小さな部屋を光で満たした。
***
「……そう言えばなんなンだヨ、カロココ?」
港区の飛空艇発着場で、ジークヴァルトがカロココをつついた。
ミサヨ、ラカ、アンティーナも、興味津々だ。
「あ、うん……サシェがジュナ大公国に来たこととは、関係ないんだけど……」
その発言にがっかりするジークヴァルト。
カロココは自分のかばんの中を手で探りながら、話を続けた。
「ごめん、ちょっと思い出してさ。……さっき、
皆が黙って聞いている。
カロココのかばんの中から、ミニブレイクのチョーカーが出てきた。
「飛空艇の出港前に、サシェが言ってたのよ。ミニブレイクの解散宣言をしていなかったから、ちゃんとチョーカーに残しておくって」
「へー……」
興味がなさそうなジークヴァルトの足を、思い切り踏むカロココ。
「ぃ痛――ッ」
「飛空艇の客室にひとりでいたサシェが、メッセージを入れたんじゃないかと思ってさ」
それを聞いて、他のメンバーもミニブレイクのチョーカーを取り出しはじめた。
そういうことなら、サシェがチョーカーを身に付けているかもしれない――と。
わざわざ
それにもちろん、メッセージがあるなら読んでみたい……。
自分のチョーカーをなくしているアンティーナが、ザヤグのかばんを漁っていた。
あきれたザヤグが彼女を小突いて、腰の袋に入っていたチョーカーを渡す。
ありがとう。忘れ物ってこれでしたのね――そう言って受け取ったアンティーナが、チョーカーに意識を集中した。
「サシェは、いませんわね…………あら?」
いきなり口に手を当てて、頬を染めるアンティーナ。
「ウハ、どこが解散宣言だヨ?」
ジークヴァルトとカロココが驚いた。
ニヤニヤしながら、ミサヨのほうを見るラカ。
ミサヨはいつの間にか、皆に背を向けて立っていた。
その首には、ミニブレイクのチョーカーがつけられている。
人が少ない発着場に、いきなりプロペラの風切音がヒュンヒュンと唸りはじめた。
そしてザブザブという波を掻き分ける大きな音が響く。
多くの客を呑み込んで接岸していた飛空艇が、出港時刻を迎えたのだ。
ミサヨが何か言ったようだったが、プロペラと波の音に掻き消された。
そのまま力が抜けたようにペタリと地面に座りこむミサヨ。
その後ろ姿は、泣いているように見える。
ゆっくりと後進で港から出た飛空艇が海上で旋回し、そのまま離水して大空へと消えていった。
静まり返った発着場で、ミサヨの小さな涙声が聞こえた。
「こんなの……ずるいんだから………」
子どものように座ったままのミサヨの、その震える背中を仲間たちが見守っている。
しばらくして、ミサヨは落ち着いたようだった。
そっと声をかけるラカ。
「……行くん?」
背を向けたまま、こくりと頷くミサヨ。
ぐしぐしと顔をこすって、立ち上がった。
「あはは、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど」
おどけた口調で振り返ったミサヨの顔は真っ赤で、まだ涙の跡が残っている。
かまわず、ラカが突っ込んだ。
「けど……?」
「……嬉しい」
隠すように赤い顔を伏せるミサヨ。
ジークヴァルトが居心地悪そうに大きな声を上げた。
「そーゆうことは、互いの顔を見て言えヨ。ミサヨもサシェも、どーして……痛ェーッてッ」
再びカロココの小さな足が、ジークヴァルトの足をぐりぐりと踏んでいた。
余計なことを言うなと、その目が言っている。
じゃあ、行ってくる――そう言ってミサヨが去った後の発着場で、ラカとカロココが嬉しそうに言った。
「ウィンダム連邦行くんは、後回しやなぁ」
「そうだね、からかいに行かないと」
アンティーナが小さな声でザヤグにつぶやいた。
「私、カリリエを慰めに行ったほうがいいのでしょうか?」
「……やめとけ、あいつは大丈夫だ」
おまえは幸せオーラを出しすぎだ――とは言えないザヤグ。
アンティーナから手渡されたチョーカーに意識を集中した。
“LS:Minibreak”の文字が見える。
その後に、サシェの短いメッセージが書かれていた。
それは、ヒューマン族であるミサヨに向けた、未来への約束――。
サシェ: 上層の教会で待つ――ミサヨと一生の契約をしたい
朝陽をキラキラと照り返す青い海の上に建造されたジュナ大公国。
その国には今日も優しい潮風が流れ、世界を旅する冒険者たちがそれぞれのドラマを
~ カーバンクル・カース完 ~
カーバンクル・カース 笹谷周平 @sasaya
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