第五話 各々の想い -前編-



 爽やかに晴れたラテーネ高原を、三羽のショコルが西に向かって走っている。

 ラホの岩のそばにいる出張ショコル屋から借りたショコルだ。


 乗っているのは、サシェとカリリエとアンティーナ。

 他のメンバー――黒き雷光団ブラックライトニングのメンバーは、サシェとアンティーナによる〈帰還ワープII〉の魔法でサンドレア王国に戻っていた。


 次の目的地であるソジエ遺跡はレベル50制限――遺跡に入れば全員のレベルが50まで下がり、レベル51以上の武器や防具は役に立たなくなる。

 そこで遺跡に行く前に、サンドレア王国に寄って冒険の準備をやり直すことにしたのだ。


 黒き雷光団ブラックライトニングのメンバーは全員がホームポイントをサンドレア王国に設定していたので、〈帰還ワープII〉により一瞬で移動できた。


 だが、カリリエのホームポイントはジュナ大公国だったし、サシェとアンティーナはウィンダム連邦だったので、三人は〈帰還ワープ〉で移動するわけにはいかなかったのである。


 三人のレベル50用装備もミサヨたちが調達することにして、ホスティン氷河の手前に位置するラングモンド峠の入口で落ちあうことになっていた。




 サシェ: ウィンダム連邦に帰ったときに、ついクセでホームポイントを設定し直しちゃったからなぁ……。 そうでなければ、俺も一瞬でサンドレア王国に跳べたのに




 サシェがリンクスシェル会話で何気なくそう言ったとき、アンティーナが急にサシェの前に出てショコルを止めた。

 慌てて自分のショコルを止めるサシェ。


「どうした、アンティーナ?」


 カリリエも慌てて止まった。

 驚くサシェには無言のまま、アンティーナはいきなりリンクスシェル会話で提案した。




 アンティーナ: せっかくの機会ですので、三人で話したいのですが、よろしいですか?




 突然のアンティーナの申し出に、ミニブレイク全員がしばし沈黙した。

 最初に言葉を発したのはミサヨだった。




 ミサヨ: サシェがよければ、どうぞ。正午までにはラングモンド峠入口に来れる?


 アンティーナ: ショコルで移動しながら別のリンクスパールで話します。こちらのリンクスシェル会話はしばらくできなくなりますが、遅れることはありませんわ




 特に断る理由はないと思い、サシェは認めることにした。




 サシェ: わかった。話が終わったらすぐにミニブレイクに戻すよ

 ミサヨ: またね




 サシェとカリリエの前で、アンティーナが白いリンクスパールを取り出してみせた。

 そのパールに浮かぶスペードに似た模様を一目見て、サシェの表情が固まった。


 ベッケルから呪いの指輪を渡されたときに、そこについていたのと同じパールだった。


 ミサヨとサシェが、それぞれ指輪からもぎ取って捨てた白いパールである。

 ベッケルが部下の目印だと言っていたものだ。


 すっかり忘れていたが、サシェはアンティーナがベッケルの部下だったことを思い出した。


「こんなパールしか持ち合わせがありませんが……ベッケルが姿を消してからは使用されていないようですわ」


 互いにショコルに乗ったまま、アンティーナから白いパールを受け取るサシェとカリリエ。

 ミニブレイクのチョーカーを外すと、再びショコルを走らせ、ポケットに入れた白いパールに意識を集中する。


(……ん?)


 サシェは、リンクスシェル名が現れないことに気づいた。

 飛空艇で呪いの指輪に付いていたパールを使おうとしたときにも、リンクスシェル名が見えなかったことを思い出す。


(あのときは、そもそもリンクスパールとして機能するかどうかを疑っていたから気にしていなかったけど……そんなことが、あるのか?)


 だがこのパールが、リンクスパールとして機能することは、すぐにわかった。


 このパールをつけているのが、サシェ以外にアンティーナとカリリエだけであることを感じたからだ。

 つけている者の名前とおおよその居場所まで把握できるのが、リンクスパールの特色である。




 アンティーナ: 突然、すみません


 カリリエ: どうしたの? この三人だけで話すことって……思いつかないんだけど




 アンティーナがいなければ、サシェとふたりきりなのに――と、漠然と思っていたカリリエだが、彼女に敵意はない。


 一度はサシェを殺そうとしたアンティーナだが、ホトルル遺跡でサシェを救ったのも事実だ。

 そして今は、同じミニブレイクのメンバーとして認めている。




 アンティーナの発言は唐突なことが多いが、このときもそうだった。




 アンティーナ: サシェは、カリリエのことをどう思っていますか?




 心臓が止まりそうになるカリリエ。

 だがアンティーナの言葉はさらに続いた。




 アンティーナ: カリリエは、サシェのことが好きです。いつまでも故人のことを想うより、今の――


 カリリエ: ちょ……、ちょっと待ってよ……っ




 全く予想していなかったアンティーナの発言に、カリリエは慌てふためいた。




 カリリエ: ど、どういうつもりなの、アンティーナ?


 アンティーナ: あなたなら、サシェにふさわしいと思います




 アンティーナは、ミサヨの気持ちもサシェの気持ちも知らない。

 ただホトルル遺跡の一件で、カリリエの気持ちには気づいていた。


 リンクスシェル会話に訪れた静寂。


 無言でショコルを疾走させる三人の横で、大きな池が水面を光らせている。




 カリリエ: サシェ……




 前を走るサシェには見えなかったが、カリリエの顔は真っ赤だった。




 カリリエ: 今は、何も言わないで……ただ……




 カリリエは自分の気持ちに嘘をつきたくなかった……だから否定はしない。

 でもミサヨの気持ちを知っている。


(それに今は、マリィという少女の生命を救うことが優先されるべきだ。気持ちの決着は、その後のほうがいい……)


 だが自分の気持ちを知られた以上、カリリエには伝えておきたいことがあった。




 カリリエ: 歌うこともウイカも置いて、私がここまで一緒に来たのは……指輪のためじゃない……指輪のせいで困っていることなんて、私にはひとつもなかった……

 

 サシェ: カリリエ……




 サシェは驚いていた。

 ミサヨとカリリエが、自分に好意的なことは知っていた。


 特にミサヨは、男として見ているかどうかは別として、特別に好意的だと感じていた。

 だがカリリエの気持ちには、全く気づいていなかったのだ。


 子どものような外見のタルルタ族は、他種族から好感を持たれやすい――それだけのことだと思っていた。


 カリリエという歌姫は、最高の美貌と最高のプロポーション、そして最高の声を持つ最高の女――世の男たちの理想を形にしたような女性だ。


(……でも……今の自分に、心からの安らぎをくれるのは……)


 今は何も言わないで――と、カリリエは言った。


(カリリエは……俺の気持ちに気づいているのかもしれない……)




 カリリエ: ところで、アンティーナに聞きたいことがあるんだけど




 カリリエがいきなり話題を変えた。




 アンティーナ: な、何ですの?




 いきなり爆弾発言をした後は、黙ったままだったアンティーナ。

 今度は彼女が驚く番だった。




 カリリエ: あなた、焚き火のとき、布で身体を隠していたけど……


 アンティーナ: ええ……




 アンティーナは、ギクリとした。

 身体を隠していた理由が彼女にはある。


 だが、その理由をカリリエが知るはずがないと思った。




 カリリエ: 背中に大きな……アザがない?




 なぜカリリエが突然そんなことを言い出したのか、サシェにはわからなかった。

 かつてアンティーナは、サシェの家で半裸になったことがある。


 だが、背中を見た記憶は……ない……。




 アンティーナ: …………




 アンティーナはすぐには答えなかった。




 カリリエ: ……あるのね?

 アンティーナ: ……ありますわ。どうして、それを?




 アンティーナの疑問はもっともだった。

 どうしてそんなことを、カリリエが知っているというのか。




 カリリエ: ふーん……あるのか……




 続くカリリエのセリフは、意外なものだった。




 カリリエ: ザヤグがね……あるんじゃないかって言ってたの


 アンティーナ: ザヤグさん……あのガドカ族の方ですか


 カリリエ: そうよ……私の一番大切な人




 アンティーナは驚いた。

 小さい頃から、ガドカ族の知り合いはいない。


 ブレソール卿の屋敷に次々と現れた教師たちの中にも、ガドカ族はいないはずだった。


(それに、このアザは生まれつきではありませんわ。このアザができたのは――)


 アンティーナの脳裏に、忌まわしい記憶が蘇った。




 ショコルはラテーネ高原を抜けて、ロンフォートの森に入っていた。




 サシェ: そろそろリンクスパールを、ミニブレイクに戻そう




 そう言ったサシェは、自分の横を走っているアンティーナを見て驚いた。

 ショコルを走らせながら、彼女は涙をぽろぽろとこぼして泣いていたのだ。


(私は……一生、ベッケルから逃れられないのですわ……)


 その孤独な涙のワケを聞くことは、サシェにはできなかった。

 そしてアンティーナから誰かに話すこともなかった……。




 白いパールから意識を外す瞬間――その一瞬に、サシェは何かに気づき、もう一度白いパールに意識を集中した。


 アンティーナもカリリエも、パールから意識を外した後だ。

 そこには誰の気配もなかった。


 パールを外す瞬間に、誰かが――アンティーナでもカリリエでもない誰かが、同じパールをつけている感覚があった。


(気のせい……か?)


 ショコルが切り株につまずきそうになり、慌てて体勢を立て直すサシェ。

 それから急いでチョーカーをつけた。




 サシェ: ロンフォートの森に入った。そっちは、どう?




 リンクスシェル会話に、ラカの声が明るく響いた。




 ラカ・マイノーム: もう着いてるわ。早ょ、きぃや。


 ミサヨ: おかえり、カリリエ、アンティーナ、サシェ


 カリリエ: ただいま~




 合流地点はもうすぐだ。

 その後は徒歩でラングモンド峠の地下道を抜け、ホスティン氷河に向かうことになる。


 その雪原に、目的地のソジエ遺跡があるのだ。


 今は、マリィを救うことに集中しよう――そう決意するサシェであった。



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