第二話 裏切り人形 -後編-



 ミニブレイクは強かった。


 ソジエ遺跡・東の塔の最下層までたどり着いた彼らは、全員が各々のジョブにおけるエキスパートであり、特に黒き雷光団ブラックライトニングのメンバーはパーティ戦闘に慣れていて、互いにフォローし合うタイミングが完璧だ。


 とはいえ、リフト周辺の魔物を倒しきるのに体力も魔力も底をついていた。

 余力を残しているのは、控えめに行動していたアンティーナくらいだろう。




「フゥ……」


 ジークヴァルトが最後の敵――床に沈んだ巨大なダニ型の魔物、ダイアルマイト族のダイアルマイトストーカーからフレイムブレードを引き抜いて皆を振り返ると、全員がぼんやりしていた。


「? ……どうしたンだ?」


 近くにいたカロココの肩を小突くと、彼女はゆっくりと右腕を上げ、ジークヴァルトの背後を指さした。


 そこには、倒したばかりのダイアルマイト族の死骸。

 その向こうに、大きな石の扉があった。


 皆がその扉を見つめていたのだとわかる。


「でっけェ扉だなァ……ンン?」


 彼は、ようやく気づいた。

 その扉に刻まれた大きくて美しい浮き彫りレリーフに。

 皆はそれに心惹かれ、見つめていたのだ。


 そこに描かれているのは――。


「……霊獣カーバンクルッ」


 ジークヴァルトが叫び、サシェが応えた。


「そう……ここがこの塔の心臓部。霊獣カーバンクルが力を失う前に、その一部を蓄えた部屋だ」


 普段は固く閉ざされている開かずの扉。

 だが、ラテーネ高原で出会ったカーバンクルは、たしかに言った。



 ――あの場所に行くんだ……扉は……開けておくから……。



 開いているはずだ――そう信じて、サシェが扉に近づき手を伸ばす。


 左手薬指にはまった呪いの指輪が青い光をともしていた。

 カーバンクルの力に反応しているのだろう。


 石の扉は訪れた者の気配に反応し、指輪と同じ青い光をうっすらと放った。

 そして、ゆっくりと左右にスライドし始める。


 ……天井の高い内部が徐々に見えてきた。


「……すごい」


 思わず言葉を漏らすミサヨ。

 サシェ以外のメンバーは、ここに来るのが初めてだ。


 全員が室内に歩みを進め、周囲を見渡す。


 その中心には、ホトルル遺跡で見たのとそっくりの魔導設備。

 周辺にも様々な設備が並び、広く高い空間を占拠していた。


 ところどころで青い光点が明滅しており、今なおこの遺跡が生きていることを主張している。

 古代文明の粋を集めた複雑な設備を目の当たりにして、全員がしばし言葉を失っていた。




「素晴らしい……」


 背後――部屋の入口から響くその声を聞いたとき、サシェの背中にゾクリと悪寒が走った。

 反射的に振り向く。


「……ベッケル」

「久しぶりだな、サシェ、ミサヨ……」


 そこに、レウヴァーン族の男が三人立っていた。

 中央に立つ男は以前と変わらぬ口ひげ……いやらしい目つき……間違いなくベッケルだ。


 残りのふたりは彼の部下だろう。

 三人とも、黒鎧を着ている。


 レベル50制限のこの場所で以前と変わらない装備――元々、彼らは冒険者レベルでいえば50以下の連中にすぎないということだ。


 だが――。


「動くなよ、若造」


 ベッケルが制したのは、ジークヴァルト。

 一振りしたフレイムブレードから噴き出した炎が、空中で消えた。


 抜いた剣を使っていいものかどうか迷っているのだ。


 ベッケルには余裕があるように見えた。

 その理由が気になるサシェ。


「プリズムフラワーとサイレンスオイルで、コソコソとつけて来たのか?」


 そう……彼ら三人で侵入できるような遺跡ではない。

 それなのに、ミニブレイク八人の前で堂々と姿を現した。


(何か切り札を隠しているはずだ……ハッタリで迂闊うかつに姿を見せるほどバカではないはず)


 ――その切り札の正体は、すぐにわかった。


「全員、動くな。すでに消耗しきった貴様らなど、簡単に殺れる私の可愛い人形がそこにいる。ほら……受け取れ」


 ベッケルが腰にぶら下げた片手剣を鞘ごと放り投げた。

 二か月前にマリィの胸を貫こうとした剣だ。


 腕を伸ばしてそれを受け取ったのは…………アンティーナ……。


「アンティーナっ?」


 カリリエが叫んだ。アンティーナは黙ったままだ。


「それをかざして、魔導設備を稼動させろ……それでいいはずだ。ウィンダム連邦の禁書によればな」

「…………」


 サシェの脳裏に、アンティーナの今までの行動が思い出される。

 そして、フッと笑った――自嘲の笑いだった。


(ばかだな、俺は……)


「早くしろ。稼動方法はホトルル遺跡の魔導設備と同じ……簡単なものだ」


 ベッケルにせかされ、アンティーナが大きなスイッチを動かした。

 ヴンという起動音がうなり、いくつかの場所が青く光りだす。


 淡々と行動するアンティーナの、心の内が見えない……。


「オイ、やめろよッ」

「アンティーナ、何とか言って……」


 叫ぶジークヴァルトとカリリエを今度はサシェが制した。


「動かないで。ベッケルの言う通りにするんだ」

「あんたは、誰かが死ぬのが恐いだけでしょ」


 カロココだった。

 とっさに出た言葉だが、場がシンとなる……。


 動き出した魔導設備。

 告げられた仲間の裏切り。


 アンティーナが鞘から抜いて掲げた片手剣が、徐々に青い光に包まれ始めている。


 何が起ころうとしているのか、わからない不安……。

 先ほどまでの連帯感が嘘のように、ミニブレイクのメンバーに動揺が生まれていた。


 今にも誰かが焦って勝手に行動しそうな、そのとき――。


「……ミニブレイクを抜けるなら、好きにしろ」

「動くなら、黒き雷光団ブラックライトニングを抜けてからにして」


 サシェとミサヨの言葉は、ほとんど同時だった。

 む、とだけ言って、黙るカロココ。



 ――指示が気に入らなければ、全員で脱退するだけのこと。



 それが、黒き雷光団ブラックライトニングがミニブレイクに所属する前提だった。

 動くなというサシェの指示が正しいと言えるのかどうか、それを判断しかねているメンバーに、ミサヨが答えを与えたのだ。


 サシェとミサヨがきつい言い方になったのは、その根拠を説明し、議論を交わしている時間がないからである。

 そう――ふたりには同じものが見えていた。


「仲間割れか……所詮、志なき者どもよ」


 ベッケルが悦に入っている。ミサヨがカロココに微笑んだ。


「ごめんね……でも焦らないで。私たちの目的を忘れないで」

「それは、わかってるけどさ……」


 口ごもるカロココの背中を、ラカがぽんぽんと優しく叩いた。

 カロココのクールな言葉の裏には、信頼と思いやりがある……そのことは、昨夜焚き火を前にふたりで話したサシェにもわかっている。




 それほど時間をかけずに、魔導設備の動きが終息した。

 代わりにアンティーナの持つ片手剣が一瞬青く強く輝き、それから光が消えた。


「それでいい。貴様らが何をしにここへ来たのかは知らんが……カーバンクルの力は私がもらったぞ……ふはははっ」


 ここでようやくアンティーナが口を開いた。


「ベッケル様、呪いの指輪が外れましたが……」


 アンティーナが左手からすべり落ちた指輪を拾っていた。


「ああ、そんなものに興味はない……行くぞ」


 マントをひるがえして背を向けたベッケルは隙だらけに見える。

 だが、アンティーナはおとなしくベッケルに付き従い、彼に剣を渡した。


 最後にもう一度、ベッケルが振り向いた。


「できあがったばかりの“カーバンクルの聖剣”を試してみたいところだが……ここではレベル制限のせいで使えんからな。運が良かったな、サシェ」


 それだけ言うと、勝ち誇って笑うベッケル。

 お供の黒鎧ふたりも笑っている。


 レウヴァーン族が支配する永続平和の世界――それがベッケルにとっての崇高な思想のはずだった。

 その潔癖な思いに、歪みが生じ始めているようにサシェには思えた。




 ベッケルのそばで、アンティーナが黒魔法〈脱出エスケープ〉の詠唱を始めた。

 一瞬で遺跡の外に出られる移動魔法だ。


「さらばだ……貴様たちのような虫けらを相手にする必要は、もうなくなる……俺様の時代が来るのだ……」


「アンティーナっ」


 ベッケルの言葉を無視するように、サシェが叫んだ。

 だが反応はない。


 背を向けたまま詠唱を完成させるアンティーナ。

 彼女と三人の黒鎧が、異空間の闇に包まれ始める……。




「待ってろ。必ず助けるから」




 サシェの言葉に、〈脱出エスケープ〉で消える間際のアンティーナがパッと振り向いた。


 その顔は……すがるような泣き顔だった。



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