第八話 富豪の依頼 -後編-



 閑静な森の奥に、ホノイコモイの大邸宅があった。


「こんにちは、ホノイコモイさん。ご無沙汰しております」


 家に入り、挨拶をするサシェ。

 カリリエとミサヨも黙って頭を下げた。


 部屋の中には、高価そうな品々が飾られている。

 金塊がそのまま積まれてインテリアになっているのを見て、ミサヨとカリリエが驚いた。


 その金塊の前で、黒い布地の服に身を包んだタルルタ族の男が振り返った。


「なんだおまえか。ウィンダム連邦では有名になったようだが、どうせあいかわらず港区の子らと夢を見て遊んでいるのだろう? 大人の自覚を持たねば、世界では通用せんぞ?」


 カリリエの眉がぴくりと反応するのを見て、ミサヨが彼女の左手をつかんだ。

 サシェはホノイコモイの返事を聞き流して、用件を伝えた。


 マリィの状況を説明し、白絹の衣と炭化する病気または呪いについて、何か知っていることはないかと尋ねた。


「……おまえは、わかっていないな」


 ホノイコモイは、あいかわらず不機嫌そうだ。


「人に話をするときは、まず、相手にとってその話にどんなメリットがあるのかを説明するべきなのだ。それ以前に……おまえはかつて、いったん受けたわしからの依頼を放棄したことを、忘れているんじゃないのか?」


「申し訳なく思っています」


 たしかにサシェは八年前に、ホノイコモイの依頼をいったん受けながら放棄したことがある。

 それにはウィンダム連邦滅亡の危機を回避し、彼を冒険者ランク10にしたジョーカーの事件が絡んでいる。


 断ったのはサシェの判断だ。

 だが、ここで引き下がる気はない。


「七年前――あなたからの依頼で、私が合成したアイスシールドのことを覚えていますか?」


 カリリエとミサヨが何かに気づいた様子でサシェを見た。


 少し考え込んだ黒衣の男が、その顔を徐々に苦々しいものに変える。


「おまえには適正な報酬を渡したはずだが?」


「前金はいただきました。そして残りの報酬として、依頼放棄の件を水に流す約束だったはずです。ですから私としても、あのときの素材だったダイアシールドについて、今さら言及するつもりはありません」


 サンドレア王国の王妃がまだ生きていた頃に、彼女が誕生日祝いで国王に贈ったダイアシールド。

 その入手経路も、それを素材にした合成品の販売経路も、まともであったはずがない。


 だがホノイコモイの表情が変わったのには、別の理由があった。

 大きな儲け話をフイにしていたからだ。


「その約束では――アイスシールドの売上から報酬の残金を支払う代わりに、依頼放棄について許すということになっていたな」


 頷くサシェを、つまらなそうに見るホノイコモイ。

 続く言葉は、サシェが予想していたとおりの内容だった。


「合成する前から客は決まっていた。だが売上はなかったのだ。仲介させた商人が、あのアイスシールドを紛失しおったからな。――わかるな? ゆえに、わしがおまえの依頼放棄を許す理由はない」


 ホノイコモイがその商人――ザヤグへの制裁をためらったはずがない。

 それが、ザヤグが商人をやめて冒険者になった理由なのかどうかはわからない――が、それをここで触れる気はサシェになかった。


 カリリエがいるからだ。


 彼女が自分のかばんに手をかけるのを見て、サシェは首を横に振った。

 その盾が今ここにあると知れば、さすがのホノイコモイ氏も驚くだろうとは思う。


 だがそれは、カリリエにとってウイカの次に大切な宝物であり、渡すわけにはいかない。


「私が申し上げたいことはつまり、今でも――いえ、あの頃以上に、私の錬金術合成レベルも、冒険者レベルも高いということです」


 冒険者レベルは呪いの指輪のせいで15まで落ちているのだが、そこは伏せておく。


 七年前におけるサシェの錬金術合成レベルは97だった。

 それでも、わざわざホノイコモイから声がかかるほど希少な高レベル錬金術師だったのだ。


 サシェの今の錬金術合成レベルは、100に達している――。


「私はただの冒険者です。あなたにご満足いただけるような情報料をご用意することはできないでしょう。何かお望みがあればおっしゃってください」


 大金持ちのタルルタ族が、少し考え込んだ。




「ふん……おまえ、外ホトルル遺跡のディオのことを知っているか?」


 このときミサヨは、「なるほど」と思った。


 サシェは言った。

 ホノイコモイ氏は、口も性格も悪い。でも悪い人ではない――と。


 ホノイコモイからは不機嫌さが消え、利を求める商人の顔になっていた。

 厳しい目つきでサシェを睨んでいる。


 過去の恨みよりも合理性を重視する人なのだ。

 根っからの商人ともいえる。


「東サルタハルタの北にある遺跡のノートリアス・モンスター――ディオのことですね?」


 サシェがさらりと返事をしたのを聞いて、カリリエとミサヨがほっとした。

 知らないと答えたら、また何を言われるかわからないと思ったからだ。


「そうだ。わしの調べたところでは、やつの持っている武器の名はクルエルサイズ――大型の黒い鎌だ。それを手に入れて来い。話はそれからだ」


 頷くサシェ。


「わかりました。次にお伺いするときには、その武器を手に入れて来ます」


「ふん、話は済んだな。さっさと帰るがいい」


 クルエルサイズ――その武器が、どこでどういう儲け話に繋がるのかを知っているのは、ホノイコモイだけだろう。

 三人はまた頭を下げると、ホノイコモイ邸を後にした。





  ***





「あーもう、むかつく、あのクソジジィっ」


 帰り道――離れて歩くカリリエが、たまったストレスをシャウトで発散している。


 そんな怒声まで美しいことにサシェは妙に感心した。

 歌姫はいつでも歌姫なんだなぁ――と。


 ミサヨがサシェをつついた。


「ディオって……あのシェンより強いの?」


 サシェの表情は、余裕とも危機的ともとれる複雑なものだった。


「シェンとは、比べものにならないくらい――弱い」


 ほっと胸をなでおろすミサヨ。

 だが、サシェの表情はどちらかというとやはり厳しい。


「でも、シェンのように決定的な弱点があるわけじゃない。まともに闘うしかないだろうな。そして、レベル15に制限されている今の俺では、まったく歯がたたない相手だ」


「それなら、大丈夫。私たちにはカリリエがついているじゃない?」


 離れて歩いていたカリリエが、キョトンとした表情でこちらを見た。


「呼んだ?」


 ミサヨがニヤリと笑う。


「頼りにしてますよ、レベル72のナイト様」

「えー、何、何なのよ? ……あ、なんとかっていうノートリアス・モンスターのこと?」


 カリリエが力こぶを作るポーズを作った。


「余裕でしょ、私なら」


 にんまりと笑うカリリエ。サシェも笑った。


「明日の朝、居住区の森区側出口で待ち合わせしよう。遺跡まで歩いて半日以上かかるから……冒険の準備は、各自で今日中にね。……あ、サルタハルタで見かける魔物の知識はふたりとも大丈夫?」


「それくらいは大丈夫」

「サシェが故郷のウィンダム連邦に来てから、面倒を見ようとしてくれるのは嬉しいんだけど……これでも私たち、かなりベテランの域に入る冒険者だから」


 美女二人が笑っている。

 ミサヨが今レベル1に制限されているとはいえ、たしかにふたりとも高レベル冒険者だ。


(ふたりとも十九歳と聞いた気がするけど……)


 若いのにたいしたものだと、あらためてサシェは感心した。


(そう――カリリエをあてにすれば、たしかに心配はいらないはずだ。ディオとは若い頃に何度も手合わせをしたことがある……レベル72のカリリエなら余裕だろう)


 あとはいつも通り、臨機応変に対応するしかないのだ。





  ***





 ウィンダム連邦・石区、天の塔、月の神子様の部屋。

 そこにビクビクしているタルルタ族の女性がいた。


「あの……ピククにどのようなご用件か教えてくださいなのです。ピククはまじめに書記官業務をこなしているのなの。職権乱用なんてしてないなの~」


 天の塔受付嬢ピククの前には、月の神子様と世話役のシババが立っている。

 シババが口を開いた。


「ピクク……おまえが天の塔を訪れたサシェカシェに、独断で便宜をはかったことはわかっています」


 ピククの顔が真っ青になった。

 何かを言おうとするが、言葉が出て来ない。


 月の神子がゆっくりとピククに語りかけた。


「ピクク……」


 ピククが再び、びくっと反応する。

 かまわず話を続ける月の神子。


「私が知りたいのは、サシェカシェが何を望み、あなたが天の塔の顔としてどのように対応したかです。あなたはサシェカシェの正式な冒険者ランクを知る者。もちろん、礼を尽くして彼の希望に応えたのでしょうね?」


 微笑んでいる月の神子の顔を見て、ピククはようやく叱られるわけではないと悟った。

 そして自分の対応の良さを、多少の脚色をまじえながら一気にまくしたてた。




「なるほど……不幸なヒューマン族の女性をかくまうために……」


 素直に納得する月の神子に対して、世話役のシババは細かいところまで突っ込んで聞いた。

 だがそれはサシェに便宜をはかったことを非難するものではなく、きちんと彼の望むように対応できているかを確認するものだった。


「その後、週刊魔法パラダイムの記者が来て、取材までしていったというのですね。記者の名は? ……そう、ならば問題ないでしょう」


 納得した様子のシババを見て、ピククはようやく落ち着きを取り戻した。


「あの……月の神子様……話は変わるなのですが……」

「何でしょう?」


 機嫌の良さそうな月の神子に、ピククは慎重に話した。


「先ほど、ミッション中の冒険者二名から報告があったなのです。夕方には正式な報告書をお届けするつもりなのですが……」


 シババが目を細めた。


「……外ホトルル遺跡の様子がおかしいとのことなのです。詳しいことはわからないなのですが……そこにいる野良カーディアンたちの様子が……変だと……」


 月の神子の顔に緊張が走った。

 カーディアンの暴走――ジョーカーの事件が脳裏に蘇る。


 シババがやや大きな声でピククを制した。


「わかりました。ホトルル遺跡は、獣人ヤグーダどもとの和平条約においても問題になる重要な場所。調査隊を向かわせましょう。正確な情報が必要です」


「ありがとうございますなのです」


 ピククが去った後の部屋で、シババが月の神子に確認を取った。


「大げさかもしれませんが……調査隊は魔法院院長マジドアルジドに編成させたいと思います」


「ぜひ、そうしてください」


 サシェカシェは自由な冒険者。

 天の塔がウィンダム連邦で最も頼れる大きな存在が、魔法院院長マジドアルジドである。

 口は悪いが信頼できる存在だ。その魔法力も、忠誠心も。


(サシェカシェが、マジドアルジドとふたりでウィンダム連邦を守ってくれたら、どんなに心強いか……。いえ、私がしっかりしなければ――)


 調査隊の報告を待つしかない――そう腹をくくる月の神子であった。



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