第36話「最終反攻作戦」
殲滅機関日本支部 作戦司令室
「以上です。天野敬介の作戦を認めてください」
作戦司令室の大スクリーンの片隅に映し出されたサキが、そう言って頭を下げた。
「よかろう。事態を打破しうる作戦と判断する。ただちに作戦の詳細を詰めろ。前代未聞だ、作戦部以外に意見を求めても構わん」
ロックウェルが大きくうなずいた。
すると参謀連中が渋い顔で議論を始める。
「しかし、いかにして映像記録を探し出すか……」
「ヤークフィース本体が記憶という形で保存している公算が高いでしょう。電磁パルスの影響を受けませんから」
「しかし、その本体をどうやって探せばよいのだ。奴はあの300フィートはあろうかというビルの隅々まで体を伸ばしているのだぞ」
「奴がネットに繋いだとき、どの回線を使用したか特定できないか? それで場所がわかるだろう」
「駄目だ。計算しているが、二十ヶ所程度までしか絞り込めない」
なかなか結論が出ない。全員の顔に焦りの色がある。
と、大スクリーンに人の顔が現れた。軍人には見えない陰気で気の弱そうな中年男だ。凛々子の頭に爆弾を入れ、裁判で証言した、あの技術士官である。
「三、三嶋礼一技術中尉です。意見があるのですが……」
「なんだね?」
「我々が蒼血と呼んでいる寄生体は単一の生物ではなく、数千億という微生物の集合体です。微生物はすべてがDNAコンピュータの素子になっており、超並列演算によって人間並みの知性を得ているわけです」
「そんなことは周知の事実だ。何が言いたいのかね?」
「蒼血は微生物の一部を体内に放出し、筋肉や神経などの組織内に入り込ませて、さまざまな肉体強化を行っています。しかし、素子同士の距離が離れれば離れるほどDNAコンピュータとしての性能が低下していきます。ですから蒼血が完全にバラバラになることはできず、どうしても脳などに本体を残す必要があります。そして本体からの距離が離れるほど、肉体強化の能力……いわゆるブラッドフォースは低下していく……」
「そうか!」
ロックウェルはその巨体を揺らし、大声をあげる。
「つまり、反応速度の違いを見れば本体の場所が分かるのだな!」
「はい、その通りです。体の各所に一斉に攻撃を加えます。するとヤークフィースは逃げるなり、反撃するなり……その動きをカメラで撮影して、速度の差を調べるのです」
「うむ、さっそく部隊に……まて」
言葉を切るロックウェル。毛虫のような眉毛がうごめく。
「場所がわかったとして、奴がそこを動かないという保証はあるのかね?」
「それは……」
三嶋大尉は言葉を濁した。
隊員たちが本体の場所にたどりつくまで、どうしても数分、途中で向こうが反撃すれば、それ以上の時間を要する。逃げ放題ではないか。
「壁や天井の中に銀粒子を充満させるとか……」
「その程度、すぐに効果が現れるものではない」
参謀達も押し黙ってしまった。逃げ放題では、場所を特定してもまったく意味がない。
大スクリーンの片隅にもう一つのウインドウが開いたのはその時のことである。
痩身の男が現れた。顔も細く、血色の悪い顔に四角いメタルフレームの眼鏡を載せている男。
「ウィリアム・シェフィールド法務大尉です。私に妙案があります」
「言ってみたまえ」
「裁判のテクニックを応用します。
裁判において、どうしても被告を有罪にしたいが、不十分な証拠しかない、これでは弁護側がいくらでものらりくらりと誤魔化して逃げることができる……そんなとき、どうすればいいかご存知ですか。
演技するんです。
『逃げられる不十分な証拠』を、あたかも『完璧な証拠』であるかのように。
堂々と追及するのです。証拠の不完全性に気付かない間抜けになりきるのです。
演技をやり抜けば、被告も弁護側も慢心します。そして必ずボロを出すんです。発言の矛盾。今まで言っていなかったことを漏らしてしまう。一転して、そこを突いて突きまくります。
今回の作戦についても同じことが言えます」
ロックウェルが太眉を嬉しげに上げる。
「敵の移動に気付かない振りをして、全力で攻めるのだな?」
「その通りです。そうすれば、敵はこちらを馬鹿だと思って、『警戒せずに移動』するでしょう。『普通なら行かないだろう、危険な場所』に行ってしまうこともあり得る。つまり敵の移動場所を誘導できる」
「その誘導した場所に隊員を潜ませ、迎撃するか……参謀、どんな場所に来る可能性が高い?」
参謀たちは即座に答える。
「はい。奴は銀粒子の充満環境で長時間活動しており、また体を極端に細長くしているため、例の濾過装置での銀除去も困難です。つまり呼吸できない状態が続いているわけで、酸素のある場所に来る可能性が高いでしょう」
「参謀。五階、七階、十六階で酸素ボンベが発見されているな?」
「はい。十階で発生した大火災も、酸素ボンベによるものです。以上のうち、ボンベが使用されずに残っているのは七階のみです」
「よし、では七階の、ボンベのある部屋に隊員を潜ませよう。だが……」
そこでロックウェルは思案顔になる。参謀の一人が呟いた。
「騙し抜くためには、本当に潜ませる必要がありますね。シルバーメイルなし、生身で」
「その通りだ」
シルバーメイルは動力源の燃料電池こそ無音であるが、手足を動かすためのアクチュエータ、武装を取り出すためのモーター、生命維持装置のポンプなどがどうしても音を発する。蒼血相手に、存在を秘匿することは不可能だ。
すると生身状態で、床に倒れている教団員に混ざって待ちうけるしかない。
「しかも数の問題がありますよ……そこに潜伏していることを覚られてはならないのですから、大部分の部隊はあくまでヤークフィース本体攻略に向けてぶつける必要があります」
「そうだな。大規模な部隊移動を隠すことは難しい。潜伏させられるのは数人、理想をいえば2、3人だな」
参謀達全員が『馬鹿な』と眼をむいた。戦闘に疎いシェフィールドですら唇を驚愕にゆがめている。
「たった二人で……生身で、フェイズ5を迎え撃つ、ですって?」
「そうだ、危険な賭けであることは認めよう。しかしシェフィールド大尉、君のいう裁判戦術とやらも賭けではないかね?」
「はい。相手が引っかかってくれなければ、不完全な証拠で浮かれているだけの道化です。完全に敗北します」
「それでも君が賭けをするのは何故かね?」
「……それがもっとも有効な戦術と信ずれば、やりましょう。細心に検討し、大胆に実行するのみです。現場で躊躇ってはなりません」
「だとすればだ、諸君」
ロックウェルは屈強な巨体を椅子から立ち上がらせた。それだけで室内の圧迫感が数段は増す。
一同を見渡して、
「賭けようではないか、大いに」
もはや不服を申し立てる者はいなかった。
「さて人選だが。これも長時間かけて決めている余裕はない。
私の責任で指名する。
影山サキ准尉。リー・シンチュアン軍曹。
この二人が適任だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます