第14話「死刑」

 十二月三十一日 殲滅機関日本支部の地下 第3会議室


 翌日、敬介を裁くための査問会が開かれた。

 ごく短いものだった。十二時ちょうどに始まって、現場に居合わせた者の証言を軽く確認し、たった三十分で結論が出た。

 査問会の議長は、日本支部の作戦局長を務めるロックウェル中佐。筋骨たくましい身体をグレイの軍服に包んだ彼は、悠々と立ち上がり、岩から削りだしたような厳つい顔を敬介に向けて、おごそかに言い切った。

「当査問会は、天野敬介伍長の死刑を宣告する」

「なっ……」

 敬介の全身が震え、唇からうめき声が漏れた。あとはもう声にならない。空気をもとめる金魚のように空しく口を開閉させる。

 ……そんな馬鹿な! 死刑は有り得ないとサキ隊長も言っていたのに!

 額を冷たい汗が流れる。あたりを見渡す。

 査問委員会が開かれているのは学校の教室ほどの広さの部屋だ。

 大きな楕円テーブルを挟んで敬介とロックウェル中佐が向き合っていた。

 ロックウェルの右隣には細身で細面、メタルフレームの眼鏡をかけた中年男性が座っている。副議長をつとめる法務士官のシェフィールド大尉だ。彼は死刑宣告にもまったく驚いていない。薄い唇を冷笑の形に歪めていた。青い瞳にも嘲りの光があった。

 左隣には参考人として呼ばれた影山サキが立っていた。信じられない気持ちなのだろう、こころなしか青ざめ、驚愕に目を見開いている。

 敬介とサキ隊長の目が合った。サキの頬が震えた。かすかに後ろめたそうな表情を浮かべる。ほんの一瞬だけ、ふたりは見つめあった。

 サキはロックウェルの方に顔を向け、ためらいがちに口を開く。

「し、しかし、ロックウェル中佐……!」

「黙りなさい。君の発言は許可されていませんよ?」

 シェフィールドが金属質の冷たい声を浴びせた。

「まあ、待て」

 ロックウェルがシェフィールドの肩をポンと叩く。

「話くらいは聞いてやろう。何だね?」

 サキがうなずく。

「感謝します。……あまりに異常な決定ではありませんか? 私の記憶では、殲滅機関の軍法は米軍に準ずるはずです。米軍事法廷で死刑判決が出たことはもう何十年もありません。敵前逃亡や上官殺害ですら死刑にはなっていません。単なる過失で作戦失敗、という例であれば、禁固三十日とか、不名誉除隊程度が適当ではないかと……。日本国内の法律を考えても、彼のやったことは過失致死です。過失で死刑など……まったく有り得ません」

「ふむ、君のいわんとすることはわかった」

 ロックウェル中佐はにこりともせず、ただゲジゲジ眉を片方だけ上げた。

「だがね、君は軍事組織における法の運用というものを誤解しているようだ。シェフィールド君、説明してくれんかね?」

「はい」

 シェフィールド大尉が起立する。口元に冷たい笑みを浮かべたままテーブルを囲む一同を見渡した。芝居がかった仕草で両腕をばっと広げる。

「当決定に関する補足説明を行います。……軍事組織に軍法が存在する理由、軍法が運用される目的は、ただ一つ。その組織の戦闘力発揮を容易ならしめることです。一般の裁判においては法の平等、容疑者の人権が重要視されますが、軍事組織に限っては重要ではありません。『それで軍の能力が高まるか?』だけが問題です。

 さて。現在は困難な状況です。この世に十三体しかいないフェイズ5が日本に現れました。そのフェイズ5を二体もまとめて倒す機会があったにもかかわらず、この男、天野敬介伍長の錯乱により倒せずに終わったのです。もしこの男に甘い処分を下したら、ともに戦った戦闘局員たちはどう思うでしょうか? 果たして、組織への忠誠を保てるでしょうか。戦い続けようという意欲を発揮できるでしょうか。あんなやつ死ぬべき、なんであんな奴を生かしておくのか、と思って当然ではありませんか?」

 そこでシェフィールドは言葉を切り、また全員を見渡した。

「そう、彼を死刑にするのは組織の規律、戦意を維持する上で止むを得ない処置なのです」

 こほん、とわざとらしく咳払いして着席する。

 かわってロックウェルがサキに眼光を浴びせ、喋りだした。

「聞いての通りだ、影山曹長。ここで死刑にしなければ隊員の戦意が損なわれる。そもそも影山曹長、君は部下に同情していられる立場なのか? この査問会が終われば、次は君の教育責任が問われる番だ」

 サキの顔がこわばる。

「わかっております。私の部下のやったことですから」

「ならば、これで終わりだ。天野伍長、今回の決定に不服があるなら正式に軍法会議の開廷を訴えることだ。わかったな?」

 敬介は何も答えられなかった。全身が小刻みに震えている。

 たしかに、正式な軍法会議を開けば査問を覆せるかもしれない。

 軍法会議では弁護人もつき、陪審員による裁判が行われる。

 だが新たな証拠や証人などが見つからない限り、まず軍法会議開廷が認められることはない。

 命運は決したのだ。止まれ止まれと筋肉に命じても、どうしても体の震えが止まらなかった。冷や汗が全身から吹き出していた。

「では起立」

 ロックウェルの言葉で、いちど座ったシェフィールドも立ち上がる。

「これをもって査問会を終了する」

 背後の扉が勢いよく開き、屈強な隊員がふたり入ってくる。腕には「MP(ミリタリーポリス)」の腕章がある。憲兵隊だ。敬介の手に手錠をはめた。

「来い」

 荒々しく引っ張られて、廊下に連れ出される。

 ドアが閉まって室内が見えなくなる寸前、サキ隊長が敬介を見つめた。かすれる声で一言だけ発した。

「……すまんな」

 胸が詰まった。なんて人だ。これから自分の査問が待っているというのに、俺のために……

 まだ手はある。きっと覆す手はあるはずなのだ。

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