第18話「判決」

 二時間後

 殲滅機関日本支部法廷 付属待機所


 陪審員の意見が出るまで、ひたすら別室で待機させられた。

 室内にソファーとテーブルが並び、テーブルの上にはトレーが並び、食べ物や飲み物が置かれている。

 天井も法廷同様、身長の二倍。

 いぜんテレビドラマでみたホテルのラウンジになんとなく似ている、と思った。曲の種類は全く分からないが、落ち着いたピアノ曲がどこかのスピーカーから流れている。

 少しでもリラックしてもらおうという意図があるのか? だが……

「どうした、飲まないのか?」

 テーブルを挟んで座っているサキが、アメリカンコーヒーを入ったマグカップを持ち上げて言う。マグカップのとなりにはベーコンレタスサンドイッチがあるが、こちらもまったくの手付かずだ。

「いえ、結構ですよ」

「すっかり冷めて……もったいないじゃないか。取り替えさせよう」

「いいですって……リラックスできるわけないでしょう。味なんて分からない」

 思わず、呆れた声が出てしまう。

 なにしろ、待機室のドアにはいまだ憲兵が二人立っているのだから。

 そして、これから判決が出るのだから。

 主張が認められようが認められまいが死あるのみ、という判決。

「これから死ぬからこそ、わずかな時間を楽しめ。私はいつもそうしている。出撃のたびに、死の危険はあるのだから」

 サキはすでに食事を終え、テーブルの上にトレイから、小分けにされたチョコレートクッキーを取って食べている。

「理屈ではわかっていますけどね……」

 それでも、戦闘で死ぬのと死刑になるのは違う。自分はもう、死亡率百パーセントの道に足を踏み入れたのだ。そのことを考えると胃袋がギュッと締め付けられる。体の芯に冷たいものが走り抜ける。

「彼なんかは、ある意味天野よりも辛いかもしれないぞ」

 そう言って片手を振って、隣のテーブルを示した。

 敬介は手を振ったとおりに目線で追いかけて、げっ、と声を漏らす。

 隣のテーブルにはシェフィールドがいた。姿勢正しくソファに腰掛け、立派な装丁の英語の本を読んでいた。テーブルの上にはダイエットシュガーの入った小皿と、ミルクティーの入ったカップ。

「死刑を突きつけた相手と、同じ部屋にいて、あんな澄ました顔で茶を飲んで……並大抵の神経じゃない」

 そういわれてシェフィールドは本をテーブルに置き、サキたちに向き直った。

「皮肉ですか? 貴方達と比べれば私の神経など細いものです。これほどデタラメで、法を侮辱した軍法会議は初めてですよ」

 サキは肩をすくめて答える。

「私達も必死なのだ、ということです」

「生きのびることに必死、ですか?」

「いいえ。蒼血を倒すことに、です」

「どうだか……」

 不信感も露わにシェフィールドが顔をゆがめて、また本を読み始める。

 と、その時、ドアが開いて憲兵がもう一人室内に足を踏み入れた。

「評決に達しました。法廷に戻ってください」


 敬介、サキ、シェフィールドは法廷のそれぞれの位置についた。

 陪審員達の代表は、まったく特徴がなく顔を覚えづらい、まさに情報局員にうってつけの中年男だった。彼が書類を持ってロックウェルのもとに歩み寄り、書類を手渡した。

 ロックウェルは毛虫のように太い眉をへの字にして読み上げた。


「判決。

 陪審団は、第六条『命令の遵守』第十二条『戦闘拒否の禁止』に違反した容疑について、天野敬介に有罪を宣告する。

 ただし検察側主張の即日死刑を退け、殲滅機関全体の利益のために、天野敬介に『繭の会』への潜入を命ずる。この際には記憶操作技術により偽装人格が植えつけられる。なお、潜入作戦の成功失敗を問わず、作戦終了後には天野敬介は予定通り死刑に処される。また殲滅機関は作戦中の天野敬介の身体・生命を保護しない。作戦において排除が必要と判断した場合、ためらいなく排除が行われる。

 西暦二〇〇八年二月十五日。

 これをもって当軍法会議は閉廷となる。一同、起立」


 敬介は立ち上がった。拳を硬く握った。

 これでよかったはずだ。これ以上の結末はありえなかった。少なくとも一度、姉や凛々子と会う機会を作れた。

 それなのに、なぜ拳の震えが止まらないのか……

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