第32話「死なばもろとも」
教団本部ビル内
壁の目玉から光が噴き出し、壁面に動画を投影していた。
殲滅機関と蒼血の激しい闘いを。
動画が消えた。
サキが生唾を飲み込んで、うめくように言う。
「……まさか。最初からこれが目的だったのか。私たちを撮影することが」
『ご名答です、影山准尉。しかし気づくのが遅すぎましたね。
わたしは体を細長く引き伸ばしてビルの壁面に潜り込み、小さなレンズをこっそり出して、あなた方が来るのを待ち受けていたのです。撮り放題でした。
目の前の闘いに夢中で、レンズなんか気がつきもしませんでしたねぇ』
壁全体が鈍く、低く、ぐふう、ぐふうと唸った。嘲笑しているのだ。
「た、隊長……」
「うろたえるな」
サキは部下を叱り飛ばし、壁に浮かんだレンズをにらみつけた。
「それで勝ったつもりか。映像記録を破壊する方法なんていくらでもある。情報操作だって」
「無駄です。すべて無駄。電子記録じゃありませんよ。このわたしが憶えているのです。むろん複数の脳にバックアップをとってあります。
情報操作ですか、言い訳のしようがない動画映像を何百何千もバラ撒かれて、どんな情報操作が可能だっていうんですか?」
「ハッタリに過ぎない。お前達蒼血だって、自分達の実在が暴露されるのは恐ろしいはずだ。できるはずがない」
壁全体が、またしてもぐふう、ぐふう。
『笑えますね。あなたもまた、殲滅機関に洗脳されきっている。固定観念から抜け出せない。
蒼血の存在は絶対に秘密……それはもう過去のことです。
実験はもう終わったのですよ』
どういうことだ、とサキが問うよりも先にヤークフィースは言葉を続ける。
『私は教団をつくりました。自分を……蒼血の能力に憧れ、崇拝するものたちの集まりを。
そして確信したのです。もはや明かしても大丈夫だ……私への尊崇が崩れることはないと。
私がアメーバの化け物に過ぎなかったとしても。医者に見捨てられた者の苦しみは変らない。この私だけが彼らを癒せる、という事実には変わりない。
一度、私を崇拝した者は真実を知っても離れないし、これからも崇拝者は増える、という確証を得たのです。全世界は無理であっても、この一国くらいを支配することは可能だと。
まあ、人類側からの攻撃も激しくなるでしょうが、私を崇拝する者も増えるので差し引きゼロ、ということですかね。
真実を明かす。それはそれで良いのです」
「バカな……」
「ハッタリだと思いたければ思っても構いませんが。しかしあなた方の上官は、真剣に受け止めたようですよ。こうやって戦闘中止命令を出しているんですから。
ちなみに私は、殲滅機関は日本から出て行って欲しい、と要求しました。
要求に応じれば映像データは破棄しますと。
猶予期間は十分間。さて、彼らはどう返答しますかね?」
サキは絶句した。日本からの撤退。この国を蒼血に明け渡す。大変な譲歩だ。だが蒼血の全てが公開される混乱と比較すれば……呑まない、とは言い切れない。
額を冷や汗が流れ、ひどく息苦しく思えて、フェイスシールドを外したくなった。
そこで気づく。
「……機関は、お前の要求なんて呑まない。手はある」
「あなたのおっしゃりたいことはわかりますよ。このビルを跡形もなく破壊するんですよね?」
「そうだ」
サキがうなずくと、背後で隊員たちが感嘆の声を上げる。
殲滅機関は秘匿性重視のため、ビルを破壊できるほどの大火力兵器は持っていない。
だが米国大統領を通じて空軍を動かせば話は別だ。
爆撃機から誘導爆弾やトマホークミサイルを数十発も叩き込む。同じタイミングで、四方から爆圧を浴びせてビルを圧砕する。同時にナパームも叩きこんで超高熱を発生、鉄を溶かして崩落。さらに地下壕破壊用のディープスロート爆弾を数十メートルの深さまで撃ちこんで基礎ごと粉々にする。
そこまでやれば、このビルに根を張るヤークフィースを殺せる。バックアップまで含めてデータを消せるだろう。
ただし、とサキは拳を握りしめて独白した。
自分達も一緒に抹殺されるわけだが。
隊員たちを見渡した。顔の上半分がゴーグルで隠されていても、ともに死線をくぐってきたサキには分かった。隊員達は恐れていない。
「立派な心がけです。死なばもろとも、ですか。
でも、できますかね?
空軍の兵士達は蒼血のことなど知りません、士官のごく一部、上層部だけが知っています。東京都心の爆撃……命令に従いますかね? たった十分で、従わせることができますかね?」
「できるさ……」
サキはとっさに答えたが、確証があって言ったわけではない。
実際には難しいだろう。日本はアメリカにとって最重要の同盟国だ。「テロリストが潜伏」くらいの偽情報を流したところで、いきなり都心のビル攻撃を受け入れる軍人は少ない。無理矢理に強行したら、それこそ「蒼血の存在」という情報が漏れてしまう。そもそも、日本の都市を攻撃して民間人をたくさん死なせ、その後の国際社会はどうなるだろうか。ヨーロッパや中国にしたところで国民の大半は蒼血など知らない。アメリカの暴挙を非難し、対立するだろう。人間同士の戦争の火種にもなるだろう。
それでも、もはや自分達にできることはない。
信じるしかないのだ。
「はは……では、拝見といきましょうか、あなたがたの力を」
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