第21話「たくさん死者が出たほうが良い」

 朝 殲滅機関日本支部体育館


 作戦局長・ロックウェル少佐じきじきの訓示が行われた。

 影山サキ准尉は夜勤後、軽い仮眠の後、朝食も取らずに体育館に足を踏み入れた。

 訓練やレクリエーションで幾度となく体育館を訪れているが、今はまるで印象が違った。グレイの勤務服に身を包んだ隊員が整然と整列して体育館を埋め尽くし、ロックウェル少佐を待っていた。

 五、六百名はいるか。日本支部の戦闘局員の大半だ。非番である者、夜間勤務に備えて睡眠中の者以外は全て、ここに集まっているのだ。

 体育館の前方には演劇や公演に使用できる舞台がある。舞台の上には星条旗と、『青い闇を貫く銀の刃』……殲滅機関の旗が飾られている。

 隊員達は基本的に階級順に並んでいる。前の一割程度が士官だ。サキは自分の並ぶべき列を見つけて、隊員たちの間に割り込んでいった。

「ちょっと失礼。失礼します」

 頭を下げながら進んでいくと、隊員たちは冷たい視線を向けて見おろしてくる。逆にわざとらしく目を背けるものも、あからさまに舌打ちする者もいた。

 錯覚ではない。隊員たちはサキに敵意を向けていた。

 ……ふっ

 思わず苦笑が漏れた。

 敬介の弁護をやってからというもの、すっかり嫌われ者になってしまった。階級の差を越えて、直接に批判をぶつけてくるリー軍曹はまだいいほうだ。大半の者は口には出さず、態度で嫌悪を表す。

 だが嫌悪など、もう慣れた。

 天野が浴びせられていた侮蔑はこれ以上だったはず。

 弁護を引き受けたことも、法廷でとった行動も間違っていなかったと今でも思える。

 だから、つとめて顔に感情を表さず、ただ隊列の中を進んだ。

 ここだ。

 サキが来たのは遅刻寸前だったようだ。サキが所定の場所に着てから間もなく、舞台の袖からロックウェルが登場した。体育館にもとから満ちていた緊迫の空気が、さらに刺々しさを増した。

「諸君」

 体育館の音響設備はお世辞にも良いとは言えない。法廷のほうがよほどマシだ。それでもロックウェルの渋く落ち着いた声は威厳を持って響き渡った。

「この二ヶ月、『繭の会』出現により国内の蒼血事件は激化の一途をたどっている。諸君らの奮闘に心から感謝する。 

 君達は思っているはずだ。

 なぜ、元を断たないのか。フェイズ5が複数揃っている、あの教団を直接叩き潰さないのか。

 もう待たせはしない。

 きたる三月六日、わが殲滅機関は『繭の会』に総力攻撃をかける!

 ヤークフィースらの野望を完膚なきまでに打ち砕き、蒼血の完全駆逐という悲願に向けて前進する!」

 そこでロックウェルは言葉を切る。

言葉を切ったとたん、サキの四方、体育館一杯に詰めこまれた隊員たちが歓声をあげる。

『おおおっ!』

 沸き立つ空気にクサビを打ち込むように鋭い調子で、ロックウェルは再び口を開いた。

「諸君の中には疑問に思うものもいるだろう。

 『目撃者の問題はどうなったのか?』と」

 そこでサキはうなずいた。サキの周囲の隊員も、それを聞きたかったとばかりにうなずいている。

 「繭の会」が本部として使っている建物はもともと老舗のホテル「紀尾井町プルシアンホテル」だ。千代田区、東京都心部にそびえたつ。半径1キロには同様のホテルが何棟も立ち、出版社もある。国会や最高裁判所までもが存在している。こんな警戒厳重な、人の目が多い場所で作戦部隊を突入させれば、多くの目撃者が出る。これをどうするかが最大の問題だったはずだ。

 どんな策にたどりついたか。耳をそばだてるサキに、ロックウェルは恐るべき言葉をぶつけた。

「周辺施設すべてを制圧する」

「なっ!?」

 サキが驚愕の声を漏らすのを気にもせず、ロックウェルは続ける。

「空中から全ての建物に昏睡ガス弾を撃ち込み、目撃者が出ないように眠らせる。マスコミは特に重点的に、ガスのみならず地上部隊を送り込んで制圧する。目撃者が屋外にいるなど、ガスの効果が疑わしい場合は抹殺も考慮する。彼らが昏睡している間、我々は教団本部に突入、ヤークフィースたちを倒してすべての片をつける。そののちに情報操作を行う。『教団は武装化しており、今回の騒乱は教団の内輪もめだった』という筋書きだ。

 このために技術局には新型のグレネードを開発してもらった。

 時間経過にともなって自壊し、証拠を残さないグレネードだ。

 詳細は各部隊長に作戦計画書として伝達する。

 諸君。大変な激闘が予想される。諸君らの健闘を期待する。人類の命運は諸君らにかかっているのだ。機関に入った日の誓いを忘れることなく戦い抜いてくれ!」

 ロックウェルが硬く握りしめられた拳を振り上げる。

 すぐさま作戦局員たちが呼応する。数百人が一斉にオオッと歓声をあげ、重低音のうねりとなってサキを包みこむ。

「待ってください!」

 サキは手を挙げて叫んだ。大声で叫んだつもりだったが、歓声の大渦に呑み込まれて、ろくに響かない。

「待ってください! 質問があります!」

 さらに声を張り上げてもう一度叫んだ。

 壇上のロックウェルが顔の向きを変えた。明らかにサキの方を見ている。

「何だね、影山准尉?」

「質問が……ガス弾とはいえ、死傷者はゼロではありませんね。……なぜ無関係な、出版社やマスコミの人間を殺すのですか? 異常な強硬手段です」

「機密保持上、止むを得ないからだ。他に作戦部隊を人々の目から隠す方法があるか。情報局と作戦局が協議を重ねてたどり着いた、もっとも確実な隠蔽策だ。

 それに、『教団が武装化して内輪もめをした』という筋書きに説得力を与えるためには、たくさん死者が出たほうが良い」

 なんということだ。サキは胸を締め付けられる思いだった。非戦闘員をこれほど無神経に巻き添えにするとは。

「あなたは……」

 反論の意志を固め、思い切り背伸びをしてロックウェルの顔を見ようと試みた。

 気付いた。

 まわりの作戦局員たちがサキを見ている。みな目が冷たい。不審と冷笑の色が浮かんでいる。

 お前何をいってるんだ、と目が語っている。

「反論があるのかね? 一般市民に犠牲を出したくないと?」

 ロックウェルが自信に満ち溢れた声で語りかけてきた。

「だがな、影山准尉。我々はそんな細かいことなど気にしていられないのだよ。

 我々は神ではない。全員を救うことはできない不完全な人間で、にもかかわらず人類を守らねばならない。

 だから仕方が無いのだ。小さな犠牲だ。

 そう思わば作戦は行えない」

 違う……サキはそう言おうとした。

 たしかに、全力を尽くしてなお、助けられずに死なせてしまうことはあるだろう。敵と間違えて無関係な人間を撃ってしまうことはあるだろう。自分とてまったくミスがないわけではない。 

 だがミスはミスだ。なぜ失敗したのか考えて、根絶しようと努力するべきじゃないのか。

 だがロックウェルは……最初から犠牲を織り込んでいる。

 後悔も反省も鎮魂もない。傲岸不遜に、人間を駒のように見下している。

 まるで蒼血と同じように。

「その程度のこと、今までの経験で学んで来なかったのかね、影山准尉。

 それとも。……天野敬介との付き合いが長すぎて、忠誠心が揺らいだか?」

 サキは苦々しい思いで姿勢を正し、答えた。

「いいえ。私の忠誠心に揺らぎはありません。全力をもって任務に当たります。質問は以上です」

 そう答えるしかなかった。

 天野よ。私もまだまだ未熟なようだ。

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