41 PS.ある小皇帝の驚嘆



 41 PS.ある小皇帝の驚嘆




 初めて見たとき、一瓏イチロウは校内に迷い込んだ猫を抱えていた。


 そんな暢気な様子なのに、一瓏イチロウを見て感じたのは、畏怖だった。


 普段、大人達を見てもそんな風に思った事がないのにだ。


 両親以外の大抵の大人は、卑屈か、狡猾だが馬鹿か、犬のように忠実か、そんなところだった。


 まして、同じ学校の子供達なんて、ビヨピヨさえずるヒヨコみたいなものだと思っていた。


 だから、親につけられた学友気取りの取り巻き達に、場違いな人間が入学したと聞いた時、考えたのは義務だった。


 下々の人間を不当に扱うような人間から守るのが、高貴な身分にあるもののつとめだからと。


 この学校の指導者として、公平に扱ってやろう。


 それくらいの気持ちだった。


 なのに、1年生とはとても思えない体格と2年前に亡くなった祖父を思わせる鋭い瞳を見た時、ボクは畏怖を感じてしまった。


 ボクでさえそうなのだから、取り巻き達は一瓏イチロウを見て、猛獣か何かの前に立ったように金縛りにあっていた。


 それでも、ボクにとって祖父がそうだったから、そんな風に感じてしまうのだろう。


 無理矢理そう考えて、口を開いたのは、自分が特別だというプライドがあったからだ。


「君が凉樹スズキ 一瓏イチロウか」


「初めまして──で良かったか? 凉樹スズキ 一瓏イチロウだ」 

 

 一瓏イチロウは、気負った様子もなくそう言って、名前はと問うようにボクを見た。


 祖父のように下々の人間を蔑むような様子も、取り巻き達のように媚びる様子も、教師達のように敬遠した様子もなく、下々の大人達が下々の大人に接するような、本当に自然な態度だった。


 それなのに、ボクも取り巻き達も、畏怖から解き放たれずにいた。


 取り巻きの一人などは、一瓏イチロウと別れた後に、マンガに出てくるという威圧能力のようだと騒いでいたくらい、一瓏イチロウには不思議な雰囲気があった。


「ボクは、4年生の澄咲スミサキ啓斉ヒロヒト……生徒の世話役みたいな会の代表をしている」


 その雰囲気に呑まれないようにボクは、一瓏イチロウに、この学校の権力ちからの象徴でもある青修会の名を出そうとして、思いとどまった。


 ボクの名を知らなくても、青修会の名なら知ってるだろうからと、安易に権威で一瓏イチロウを威圧しようとしたのが恥ずかしくなったのだ。


 それは、何にも頼ることなく立つ一瓏イチロウに、自分一人では臆するしかないなんて認める事だからだ。


「で──そっちの二人は?」


 一瓏イチロウの方はと言えば、そんなボクに構わずに、直ぐにボクの後ろで固まっていた取り巻き達に、視線を向けて。


「…………!!」

「………………!!」


 二人が声もなく泣きそうになっているのを見ると、無言でボクに猫を押しつけて、ゆっくりと二人の後ろからその肩に手を回して、二人の間に立って、人懐っこい笑みを浮かべた。


「そんなに固くなるな。敵同士じゃない。同じ教育の場で過ごす仲間だろう?」


 その言葉で、ふわりと空気が柔らかくなったようで、取り巻き達は、今度は安堵あんどの涙を眼に浮かべていた。


「初めまして、凉樹スズキ 一瓏イチロウだ」


 二人から離れると一瓏イチロウは、ボクにしたのとまったく同じように、そう名乗って名を問うように二人を見た。


 それだけで、ボクは一瓏イチロウが、ボクも取り巻き達も同じように見ているのだと気づいた。


 それまでのボクだったら、それを不愉快に感じたかもしれない。


 けれど、不思議と一瓏イチロウから軽視されたとか、相手にされていないという負の感情は巻き起こらなかった。


「ぼ、ぼくは央眩オオクラ鎮期シンゴ

「……芙路汰フジタ……倞建ケイタ……です」


 そして、ボクは二人を、初めて押し付けられた取り巻きではなく、一人一人の人間なのだと気づいた。


 それが、ボクの世界を変えた一瓏イチロウとの出会いだった。



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