23 VS.児童虐待

23 VS.児童虐待イジメ ノ レンサ




 3歳になったばかりの子供にできる事など限られている。

 だが、老討魔者の記憶を持つ子供ならば、人並みの事はできるだろう。


 もっとも、人として振舞う以上、制限はある。

 人に人と思われなくなってしまえば、人として生きる事はできない。


 それが、“ 弱さを認め、助け合い、共に滅びに抗う、人の在り方 ”というものだ。


 討魔者の術で‘ 魔 ’を祓い、悪気や瘴気を《浄化》するのはいい。


 だが、《催眠》《魅了》《洗脳》といった‘ 魔 ’を戦わずに制する‘ 操心術 ’を人相手に使うのは、討魔者のルールに反するし。


 人としても、してはならない行いだ。


 それをする者は、必ず‘ 魔 ’に魅入られる。

 例外はない。


 “ 信頼も、信用もせず、利用しあう事すらできない不信 ”こそが、‘ 魔 ’に魅入られる基だからだ。


 だから、一瓏イチロウという幼子に、討魔者の魂が入っている事を、知られるわけにはいかないからといって、‘ 操心術 ’を使う気はない。


 そもそも、あちらの世界でさえ、‘ 操心術 ’を使った事は、ほとんどない。


 殺傷力のある術が使えない状況で、《麻痺》や《緊縛》が効かない相手で、しかも使わねば誰かが死ぬ怖れがあるような場合にしか使わなかったのだから当然だ。


 《催眠防御》《魅了防御》《洗脳防御》のスキルを開発するために覚えた‘ 操心術 ’だったが、使い手が‘ 魔 ’に魅入られやすくなるという事があるので、禁忌との境にある術だ。


 だから、一瓏イチロウが‘ 人 ’として生きるために、この術を使うのは論外だ。

 

 討魔者としても、おそらく使う事はないだろう。


 <他生之園>でも、当然ながら使う事はなかった。


 幼子らしく振舞うという制限はあったが、問題なく子供達をしつける事ができた。


 やはり、悪気に晒されていただけで、幼い子供ばかりだった事もあり、‘ みかけ ’になるような者はいなかったらしい。


 ただ、力を得る事が、‘ 卑屈さ ’を克服する道だという誤魔化しを信じそうになっていたのだ。


 力を得て‘ 傲慢さ ’を手にしても、‘ 卑屈さ ’は心の奥に潜んで、‘ 魔 ’を育む餌になるだけだ。


 早めに‘ 魔 ’の芽をむ事ができて幸運だった。


 それでも、職員には多少の違和感を感じさせてしまったようで、一瓏イチロウくんの歳は間違いではないかとか、変った子だなどと噂している。


 ‘ 魔 ’を呼び込むような暗い情念は感じないので放っているが、気にはなる。


 《読心》を使えば、職員達が何を考えてるか判るのだろうが、それは‘ 人 ’としての在り方に反する。


 もちろん討魔者のルールにもだ。


 《読心》などの‘ 捜心術 ’は、《悪意探査》によって‘ 魔 ’を感じた者のみに許される‘ 神霊術 ’だ。


 本来は‘ 神霊力 ’は持っていても討魔者でない治安官のためのルールで。

 ‘ みかけ ’を見つける《霊視眼》を持たない者のために造られたルールだが。


 討魔者も、使うのなら、そうあるべきだろう。


 人の心の内を知って、何かの利益を得たいとか、損をしたくないから心を読みたいという‘ 傲慢さ ’や‘ 卑屈さ ’は、‘ 魔 ’に魅入られる基になる。


 なんとなく仕草がジジムサイとか、ネグレクトを受けた子供に思えないとかいう話が、気になっても、自戒に止めるしかない。


 不慮の事故を防ぐために、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚などの五感の能力強化をして、筋肉密度や骨強度などの強化で、成人並の力を持ってはいても、成人として扱われるわけではない。


 凉樹一瓏スズキ イチロウという‘ 人 ’は、幼子なのだ。


 それを忘れてはならない。


 だが、そうなると練成による肉体強化は、すべきではなかったかもしれない。


 生理学や解剖学というこちらの世界の知識を使えば、ずっと行き詰っていた“ 恒常的な肉体強化という新しい術 ”が完成する事に気づき。


 つい、やってしまったが……。


 この術が完成すれば討魔者の死亡率は、極端に下がる筈だが、それは、あちらでの話だ。


 骨の、無機質部分を練成変化させる術と、遺伝子に従い形作られる肉体の性質を利用した有機質の練成に、神経組織の構造を変える練成も、あちらの知識だけでは無理だろう。


 生命いのちが‘ 魔 ’に食い尽くされて、実質化した‘ 魔 ’が霊的変貌を引き起こす事のない世界ならではの視点で、こちらの世界の医学は研究されている。


 “ オカルトと呼ばれる分野で、治癒術といわれる類のもの ”は、全てインチキだという事は確かめているから。


 肉体を物質としかみない視点でしか、こちらの世界の研究は行われていない。


 精神医学というのもあるが、その分野でさえ、生命いのちをただの物理現象としかとらえない。


 そういう、生命いのちに対する敬意を忘れて、肉体をただの物質としか見ない視点がなければ、この知識は得られなかっただろう。


 それを知識を使う者が理解していなければ、容易たやすく‘ 魔 ’に魅入られるだろう危うさが、こちらの医学にはある。


 現に、‘ みかけ ’によって創られたのだろう生化学兵器というものが、多くの死と不幸を撒き散らし、憎しみの連鎖を増やしていた。


 他者に異分子として見られる危険以外にも、その事は心しなければいけないだろう。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る