43 PS.あるSPの焦燥



43 PS.あるSPの焦燥




「これは、国家の威信に関わる問題ですよ」


 ハゲネズミと陰口を叩かれる陰険そうな上司が、トントンと神経質な性格を表すかのように、机の書類を人差し指で叩きながら言う。


「しかし、‘ 幼退症 ’が故意に起こされたテロというのは信頼できる情報なんでしょうか?」


 腹芸オヤジの異名を持つ元上司の政治家が、事の根本に疑問を呈する。


「極秘裏にとはいえアメリカ政府からの通達だ。疑う余地があるかね?」


 そういったのは、ヤクザ顔で親米派の検察トップだ。


「アメリカさんは、アッチの都合で情報操作してきますからねぇ。それを信じて毎回下手を打つせいで、日本は属国呼ばわりされてるんでしょ?」


 しれっとした顔でそう言った腹芸オヤジは、ヤクザ顔をチラリと横目で見る。


「何が言いたい?」


 ドスの効いたヤクザそのものの声で恫喝する声に被せて、ハゲネズミが話を進める。


「とにかくこの通達を無視するわけにはいきません。事実かどうかの独自調査は必要ですが、無差別テロの可能性が高いと考えて動くのは決定しています」


「とはいえ、どうやって誰が起こしてるかも解らない以上、テロなんて発表したら、逆に国家の威信に傷がつきますな。通達してきた米国が極秘にしているのもそういう事ですからな」


 いままで黙っていた縁なし眼鏡の情報室長が、そこで口を開いた。


「それですよ。手段も方法も解らず、共通の勢力への攻撃でもなく、それで得をしたものも解らず、まるで、世界全体に攻撃をかけるようなテロなんてもんが、ホントにありえますかね?」


 腹芸オヤジが、すかさず口を挟む。


「ありえると解釈して監視網を機密に反しないレベルで強化するしかないでしょう。公共の場所での‘ 幼退症 ’の発生がない以上は、プライバシーより国益です」


 それを切り捨て、縁なし眼鏡は、とんでもない事を言い出した。


 完全に法も国民のプライバシーも無視して、‘ 幼退症 ’の瞬間を盗撮する気らしい。


 そんな事をされたら、勝手にHDDを覗かれるどころの話じゃない。


 流石、皇室や財閥とズブズブの保守派らしく、国民よりは国家を守るのが政治と言い切るだけの事はある冷徹な意見だ。


「先程の準テロ組織立件案というのが、国民意見誘導のための施策ですか。民間警備保障の監視映像を情報室に集めるための法案なんて、確かにアメリカじゃあ通らんでしょうな」


「そういう物言いは止めろ。確かに我が国の民主主義はアメリカに及ばんが、だからこそ役に立つ事もある」


 ヤクザ顔がそう言い出したところで、俺は気づいた。


 どうやら、腹芸オヤジ以外は、この陰謀に賛成らしい。


「ほう?誰の、いや何処の役に立つと?」


 そりゃ、アメリカだろう。


 自国じゃ危なくてできない事も外国でなら平気でやれるからな。


「今は、この案についての話でしょう? アメリカの利益かどうかはともかく、これは日本の国益でもある」


 すかさず、ハゲネズミが間に入ってヤクザ顔のフォローをする。

 

 腹芸オヤジ、何とか頑張ってくれ。


 俺は顔に出さないようにしながら心の中で叫んだ。



「アメリカとの同盟は国民個人の権利に優先するというやつですか? しかし、不特定多数の個人とは国民全体でしょう。そう野党やマスコミに突っ込まれかねんでしょう」


 ん? 野党やマスコミとのデキレースは知ってるだろうに、何でそんな下手な説得……自己保身か?


「そこは手を回していますので、御心配なく」


「機密費枠で納まる工作とも思えませんが」


「米国の調査局のほうも動いてくれてますので」


「なるほど、アメリカさんの御用マスコミを使うと──しかし、そうなると、ますます気になりますな。あちらの狙いは何です? 今更、野党やマスコミの弱みじゃないでしょう?」


 げっ、そう繋がるのか。

 流石、腹芸オヤジ。


「おそらくは、国内の中小企業の掌握を狙ってるんでしょう。最近‘ 幼退症 ’で、メジャーが打撃を受けてますし、我が国でも格差是正と資本抑制の民主主義を掲げて、新野党なんてものができつつありますから」


「そこで、スポンサーを先に叩くつもりだと? それが国益になりますかねぇ?」


「少なくとも、米国の支配者層はそう考えているでしょう。日本の大企業はメジャーのお零れで利益を得るし、一般国民は、自分達とかかわりのない事には無関心だろうと」


「愚民化政策はアメリカさんの御家芸ですからなあ。それに加担する意義がありますか?」


「揺らぎつつある保守陣営の強化には役立つでしょう。それに実際、国民は民主主義など望んでいませんよ」


 本気でそう信じてる顔で、冷酷縁なし眼鏡は、腹芸オヤジに語りかける。


「辛い自律や自主性などより、自尊心を誤魔化して、幸福な従僕である事を望み。知性や理性を磨き武器とするより、何も考えない気楽さを望む。勝ち取るための努力を嫌うくせに、成功を勝ち取ったもの妬む。そんな大多数の人間はね」


「競争原理の否定ですな。まあ、平等なスタートラインに立って行われるならもっともですが、財産の相続や会社という形での権力相続が認められている以上、競争原理が、そもそも成り立っていないですから、競争原理を望むなら似非競争原理の否定は必要ですがね」


 うっ!? 政治論議か?


 えーっと。


 冷酷縁なし眼鏡が、大衆は家畜やペットみたいなものだから甘やかすとエリート様の足を引っ張るので、使いきれない権利を主張させるなと言って。


 腹芸オヤジが、競争で努力したエリートの上に、金持ちに生まれついただけの無能なボンボンが立つのが現状で、似非競争原理で成り立つ今の世の中は、努力したエリートの足を引っ張るのは、民衆だけじゃなく権力者も同じだと?


 ……これだから‘ エリート脳 ’はっ!!


 戦うよりは協力して何かを成し遂げたいとか。

 損得を考えるより愛する誰かを想って生きてるとか、

 妬んでるんじゃなくて、差別に腹を立ててるとか。


 そういうふうに考えないかね?


 努力する者じゃなくて、要領よくやれるものが勝って、敗者を従える競争原理がないと人間が進歩しないって?


 人間をなめてるんじゃねーよ。

 自分だけは、そんな人間じゃなく、‘ 神に近い存在 ’とでも思ってるのか?


 この陰謀をばらせば刑務所送りだから、警察エリートの一員であるSPは反逆しないと思ってんのか!?


 ‘ 幼退症 ’に、あんたらが脅えてるのはSPをこんな会合に同行させてるって事だけで丸わかりなんだ。


 だからって、やっちゃいけない事も、越えちゃいけない一線もあるんだよっ!!

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VS. ~異世界からの転生者は理不尽と戦う~ OLDTELLER @OLDTELLER

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