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  •  気がつくと森の中だった。
     ついさっきまで高校の入学式をサボったことがバレて孤児院の職員にくどくどと説教されていたはずなのに、目の前で事務的に俺を叱っていた男の姿は消え.

     あるのは樹木と草むらと苔むした岩と枯葉混じりの黒土と──。

    「え? ……え? ええっ!?」

     驚きは後からやってくる。
     困惑よりも遅れて、決して惑乱をくつがえさずに。

     森は見知った森ではなく樹木も見慣れたものではない。

     植生に詳しくなくとも判る珍しい樹木は、ここが日本ではないことを示している。

     「い……異界?」

      動物図鑑にも載っていなさそうな極彩色の山椒魚っぽい蛙が舌をだして金色のトンボを食べる姿を見て、思わずそんな言葉が漏れた。

     いつのまにか眠ったわけではないらしく頬を抓れば痛い。

     入学式をサボってまで行ったバイトの面接に受かったばかりなのに、これはクビだろうな。

     イヤ、採用取消か。

     あの店長、美人でボンキュッボンなうえに、性格も良さそうな人だったのになあ。

     長年の人間観察で得た俺の審議眼は、100%の的中率で人の善し悪しを見抜く。

     善人が悪い事をしないわけでも、悪人が良い事をしないわけでもないが、後ろ暗い生き方や性根の腐ったやつが判れば、それだけでアドバンテージになるものだ。

     俺は今までそうやって信用できる人間かどうかを確かめる事でなんとか人並みに生きてきた。

     頼れる相手や身寄りのない俺にはそれが必要だったのだ。

     そんな姑息な生き方が身につきはしたが、|他人《ひと》に後ろ指さされる生活はしていないはずだ。

     それなのに、コレはないだろう。
     親を亡くし、住む家を無くし、友まで無くした俺から世界まで奪うなんて。


     それに、あの店長、未亡人で俺の境遇に同情してたし、うまくいけばヤらしてくれたかもしれんのに!

     あんまりじゃないか!!

     神とか運命とかがあるなら俺はよほど嫌われているらしい。

     思わず血の涙がでそうなくらい口惜しいのに、親が死んだと聞かされた時と同じで、涙も出て来やしない。

    「……はあ」
     一つため息をつき、俺は現実逃避しがちな意識を平常心へと戻していく。

     人生に理不尽な事はつきもので、とかくこの世はままならないものだ。
     この十年で俺はそれを充分に理解していた。

     急速に冷めていく頭でこれからするべき事を考えながらつぶやく。

     「くうっ……自分の理性が憎い」

     こういう時に泣き喚けたらあいつに嫌われる事もなかったのかもな。
     あんたが解らないと言った幼馴染の顔が浮かんで消える。

     とりあえずは、この森から抜け出る事か。
     感傷の名残を追い払い歩き出したところで妙なものが|視界《め》に入った。

     奇妙といえば周りの風景自体そうなのだが、それはこの異世界であっても明らかに異質だろうものだ。

    「……? 文字……か?」

     進もうと思った空間に光る文字が浮かび上がっている。

     “ ようこそオリジナル あなたを歓迎します ”

     そう書かれた文字が俺の異世界生活の始まりを飾る言葉になった。
     
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