35 PS.ある軍人の苦悩
35 PS.ある軍人の苦悩
スコープに目標を補足、狙いをつけ、撃つ。
頭を吹き飛ばした事を確認し、速やかに撤収を始める。
薬莢を拾い、代わりに指定された薬莢を置いて銃器は放置する。
全ては指示通りに。
確保した逃走ルートを、予定とは別のルートで確保した逃走手段で。
内部情報が漏れたり、裏切りがあった時のために。
利用はしても、信じるな。
それが鉄則だ。
最前線とは地獄の別名だと誰かが言っていたが、あれは嘘だ。
非合法での非正規戦、戦いの影にこそ地獄があった。
俺達の仕事は、戦乱の誘発で、戦場での虐殺で、日常での暗殺で、ビジネスでの脅迫で、ありとあらゆる謀略の実行だ。
どうして、こうなってしまったのか?
国教を越え、ホテルにチェックインして、室内の電子装置の探査を済ませて、ドアにトラップを仕込み、考える。
こんな事を考えるのも、‘
敵も味方も、多くの
無差別テロではないかというものもいるが、俺にはそれが何か別のものに感じるのだ。
そんな事は考えるべきではないだろう。
任務とは関係のない事が頭を離れないようになれば、いつか致命的なミスを犯す。
それが鉄則だ。
だが、どうしてそんなものに縋ってまで生きていかなければならない?
最近、軍に入ったばかりの頃の事を、よく思い出す。
軍人の本分は、民間人を護る事で、敵を倒すのはその手段だと、俺が初めて心の底から尊敬できた人は言った。
彼がイラクで死ななかったら、俺はこんな場所にいなかっただろうか?
国を守るのが第一で、自分の身を守るのが次で、後は敵を排除する事だけを考える。
それが鉄則だ。
だが、どうして、誰かの護りたい者を、殺し、害するのが、護りたいものを守ることになる?
通りすがりのコンビニで買った工場生産のサンドイッチをかじり、缶詰のコーヒーで流し込む。
人のために造った訳ではない大量生産の食物は、家畜の餌のようなものだ。
そう言って手料理を差し入れてくれた恋人の事を思い出す。
テロで彼女が死ななかったら、俺はこんな場所にいなかっただろうか?
国益を守る組織の一員である事を誇り、組織に忠誠を。
それが鉄則だ。
だが、国益とは何だ?
食事のメニューを一品増やすような‘ ささやかな幸せ ’を望む人達を、家畜のように扱い、‘ ささやかな幸せ ’のために奪い、殺せと
そんなものを守るために、人を殺し、害する事を誇れるのか?
組織の上層部の多くが、‘
俺がしてきた事が終わるのは死ぬときだと思っていた。
機密保持契約も、あらゆる記録が残されない‘ 存在しないとされる機密 ’には適用できない。
そのレベルの非正規戦に従事した俺には、いつかそんな相応しい最期が訪れる筈だった。
それが引っくり返ったのは、‘
機密保持のための粛清要因が、全て‘
ハンドガンに対アーマー用の特殊弾を詰め、枕元に置く。
確実な情報でも結果が出るまでは、想定外に備える。
それが鉄則だ。
だが、想定外は責任逃れの口実に使われる。
俺が想定外に対処する事を忘れても、それで多くの人間が死ぬわけでもない。
死ぬのは俺一人だ。
それでも、人を殺す用意が必要か?
‘
その噂が真実なら、何故、俺を裁かない!?
神という噂話を信じたふりをする神父や牧師に願っても、奇跡は起きないが、願える場所として教会はある。
だが、そんな所で裁きを願っても、‘
カトリックにプロテスタントに仏教にイスラムにその他多くの聖職者と呼ばれる人間が‘
彼らの家族や友人が叫ぶように悪魔の仕業なら、何故、悪魔の手先になった俺達が倒れる?
“ 自分以外の一切の悪を許さない‘ 唯一の
唯一の
どうして、俺を救ってはくれない?
銃を手に取り、自分の頭を吹き飛ばせば楽になれる。
全てを棄てるときの鉄則だ。
だが、それが許されるほど、俺のしてきた事は軽くはない。
数年で‘
多くは、過去のせいで殺されたり、投獄されたり、惨めな生き方をする事になる。
自我を失って、その後に生きる事が許されるなら、俺は、どう生きていくのだろう?
だが、それは永遠に訪れない未来で、俺は、延々とこの地獄の残渣で生きるしかないのだろう。
部屋の照明は落とし、入り口にのみ小さな明かりを置き、歯を磨き、眠りにつく。
願わくば、明日が白紙でありますように───。
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