34 PS.あるテロリストの恐怖
34 PS.あるテロリストの恐怖
「何故だ? 神が我等の聖戦を否定されたというのか!?」
兄貴の慟哭が聖堂に響いた。
アメリカ帝国の傀儡政府の一つである日本に来て以来、計画は順調だったはずだ。
俺達はアジア系だから、コリア系のヤクザを通じて在日コリアンから戸籍を買えば、この背徳の国では自由に活動できるはずだった。
現に公安も内調も俺達に注目する気配は、まったく、なかった。
フクシマに潜伏して原発で汚染物質を集めて死んでいった同士達の為にも、政府中枢へのダーティボムを実行しなければならなかったのに。
‘ 幼退症 ’で多くの同士が倒れ、計画は頓挫してしまった。
「軍人のように考え、軍人のように行動し、軍人のように我等から命や糧を奪うというのに、ただ武器を手にしていないというだけで、この国の略奪者を打ち倒す事が許されないのですか!?」
やってきた俺に気づきもせずに、神との対話が続いた。
‘ 幼退症 ’を神の御業と信じていた兄貴は、この有様で聖堂に
「兄貴、アレは
俺は信じてもいない台詞を口にして、兄貴を計画に戻そうと訴える。
「
アレはただの原因が解っていない新しい
悪人ばかりが
神などいないし、いたとしても馬鹿を操る役にしか使えない使い勝手の悪い道具にしかならない代物でしかない。
だが、今や俺と同じ賢い人間は、全て‘ 幼退症 ’に倒れ、兄貴を通じなくても勝手に動く狂信者も‘ 幼退症 ’に倒れた。
本当に
「いや、私は確かに神の光を感じたのだ。心を浄化されるような光を」
心を浄化だと?
とうとう兄貴はとち狂ってしまったらしい。
良心なんてのは、利益を求める戦いから逃げて、一時の快感を得ようとする馬鹿の言い訳だろ?
兄貴を動かさないと、手下の馬鹿供は動こうとしないのに、肝心の兄貴がこれでは……。
馬鹿供は本気で神か悪魔の仕業だと、‘ 幼退症 ’を、怖れている。
兄貴のように迷うのではなく、完全に聖戦を止めろという何者かの意志なのだと信じかけていた。
神の為に死ぬ事はできても、得体の知れない化物に壊され、子供返りしたり、赤ん坊同然で同士に糞尿の始末をさせるのは耐えられないというのだろう。
くだらん迷信だが、それなくしては何もできなくなった哀れな馬鹿供だから、どうしようもない。
そんな奴等でも、預言者に最も近い者と
ありもしない死後の幸福とやらで恐怖を誤魔化して、ありもしない正義とやらで怠惰を誤魔化して、依存する兄貴に従うよう仕向けたのは俺だが、こういうときには厄介だ。
俺に兄貴のようなカリスマみたいなものがあれば良かったんだが、俺にそれはなかった。
留学するまでは、俺も兄貴を尊敬していた。
だから、得意だった勉学で兄貴を助けようと留学したんだ。
だが、先進国で学んで、俺は知った。
神の教えなんてのは、宗教屋達の呪いだ。
ありもしない迷信で馬鹿供を操る詐術にすぎない。
先進国の‘ 民主主義 ’というのも、この詐術の一種だ。
神に代わって権力が造る‘ 法と正義 ’を信仰させて馬鹿供を操る詐術だ。
平等の権利とかいいながら、格差ができる‘ 法 ’を造り、金やコネといった権力がなければ当選できない選挙システムで、権力者が力を世襲できるように操る。
騙したものが勝ちで、勝った者が価値を創り、馬鹿供を争そわせて自分が優位に立つ。
騙して奪い、争い合わせて利を掠め取り、力で捻じ伏せ、裏切り裏切らせ勝利する。
そんなゲーム理論を深く理解した俺のような人間こそが、勝つのがこの世界だ。
このテロを成功させれば、株と先物取引で莫大な金額が手に入る。
どうしても成功させないと……だったら最良の一手は何だ?
ああ、そうか。
兄貴を排除して馬鹿供を動かして同時に始末すればいいんだ。
俺もまだまだ甘かったらしい。
愛情なんてものが、まだ残っていたのか。
なら、それを棄てればいい。
ストンと心がどこかに落ちて収まった。
そして、次の瞬間────俺は光を見た。
これは……これが兄貴のいう神の光?
涙があふれ、歓喜と幸福が心を満たしていく。
その時、初めて俺は、ずっと辛かったのだと気づいた。
赤ん坊のように泣き喚く自分の声が聞こえる。
恐さ、怖れ、妬み、嫉み、憎しみ、憤り、惨めさ、酷さ、辛さ、苦しさ、無力さ、……全ての負の情念が消え。
────ああ、俺が消えていく。
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