番外 IF.別異世界転生



番外 IF.別異世界転生




「見つけたぞ、チョウ、化物め! オマエが、呪いをばら撒く元凶だな!」


 僕は、目の前の一見、人間に見える何かに言葉の剣を叩きつけた。


「…………何を言っている?」


 チョウを名乗る薄汚いホームレスの格好をした化物は、あくまでも白を切るつもりらしい。


 でも、こいつには生命が放つオーラがない。


 前世の記憶で一番近いのは魔影系のモンスターだろうか?


 もし、そうなら精神を破壊するのは、簡単だろう。


 僕が勇者だった前世を思い出したのは、この世界に何か得体の知れない化物がいるのだと気づいた時だった。


 魔王を倒し世界にかけられた呪いを解いた時のように、人の心を破壊する何かを倒すために、思い出した記憶なのだろう。


 ‘ 幼退症IRS ’──正式には‘ 一定期間全記憶消失性乳幼児退行症候群 ’という長い名前がついた現象を引き起こす化物は、確かにいる。


 それに、僕が気づいたのは、親父が‘ 幼退症IRS ’に倒れた時でもあった。


 目の前で、威厳に溢れていた親父が、赤ん坊のように泣き出したとき、白い光のようなものを感じた俺は、勇者としての記憶に目覚めたのだ。


 親父は、公安警察の幹部職員で、対テロ部門を取り仕切っていたから、それで狙われたのではと、マスコミに取り沙汰されていたけど、それは違う。


 僕は、それを勇者の勘で確信していた。


 そして、目覚めた勇者の力で、親父を壊したやつを探し、今、ついに世界を混乱させる化物の前に立った。


「とぼけるなよ、オマエのせいで──」

 

 こいつのせいで、母さんは俺を置いて出て行き、俺は貴族じみた上流階級の家に跡取りとして残された。


 前世で僕が立てた成り上がりの貴属家ではなく、何十代も続く由緒ある家だ。


 そんな家での生活は息苦しいものだった。


 家の事しか考えない祖父母は、庶民の出だと疎んじていた母を、親父がああなった途端に追い出した。


 今までは、母さんがいたから耐えられたのに、こいつのせいでっ!!


 それに、経団連の重鎮や政治家が多く倒れたせいで──。


「おまえのせいで、経済は滅茶苦茶だ! まだ、戦争が起こっていないのが不思議なくらいだっ!」


「‘ 争い ’は起こしたい人間が起こすものだろう? 起こっていないなら、そういう事なのだろう?」


「っ!! オマエが、それを防いでるって!? 何様のつもりだ! 世界は人間のものだっ!! オマエの好き勝手にしていいものじゃない」


「‘ 人 ’の世界をどうこうしようとは思っていないし、戦争を防いだりもしていない。 君は何を言っている?」


「だったら、身勝手な正義感かっ!? オマエが悪を決めて、オマエが裁いていい訳はないだろうっ!! それは国や法がすべき事だ!」


「‘ 人 ’の世界をどうこうしようとは思っていないと言っただろう? 人間が人間を裁く‘ 必要悪 ’を騙る気もない。」


「だったら、遊びかっ!? 人間はオマエの玩具じゃないぞっ!!」


「遊び? 何故そう思う? そんなわけがないだろう」


「──じゃあ、何故だ!? オマエはどうして!?」


 僕は逃げ出しそうになるのを我慢して、聖剣を呼び出した。


「それがすべき事だからだ。」


「何がすべき事だ!? 僕の家庭を壊して、多くの悲しみを創ってまでするべき事なのかっ!?


「君の悲しみは君だけのものだろう? この世の全ての悲しみを語るなら、生まれた悲しみと消えた悲しみを共に語るべきだろう?」


 チョウが真っ直ぐに俺を見て言う。


 それは、まるで僕を哀れむような目で──。


「──っ! 狂信者めっ!! もういいっ! オマエが壊した人間を元に戻せっ!」


 僕は聖剣を構えて叫ぶ。


 こいつは狂ってはいないし、誰かに教え込まれた信仰に依存しているわけでもない。


 それは、解っていた。


 けれど、そう決めつけてしまわないと、僕の中の勇者が戦うのを止める気がした。


「‘ 魔 ’を祓ったときに人間としての記憶は消えているし、‘ 人 ’としての想いは、全て‘ 魔 ’に食い尽くされている」


 チョウは、俺から目をそらさずに、首を横に振った。


「失くしたものを戻す術はないが、新しく想いを生む事も記憶を造る事もできる。君はそうしろ」


 そう言われた時、僕の中で何かが弾け、僕は聖剣を全力で振るっていた。


 剣は、チョウを真っ二つに切り裂き、次の瞬間、砕けて幻のように消えた。


 勇者の力の源が砕け、僕は勇者の力を失った。


 チョウを倒せなかったのか、倒せても‘ 幼退症IRS ’を引き起こすシステムは止められないのか。


 世界は徐々に‘ 幼退症IRS ’を認めていき、国境を無くそうという運動や、民主主義や人道主義運動が、利権とは関係のないところで広がろうとしていた。


 一時期騒がれていた経済の衰退は、思っていたような混乱には繋がらず。


 僕は家を出て、母と暮らす事になった。


 世は全て事もなしという事なのかもしれない。


 チョウは二度と僕の前に姿を現さず、僕は勇者としての記憶は持っていても、勇者の想いを何一つ汲んでいない事に、今更ながらに気づいた。


 力は全て失くしたけれど、僕は世界を救った勇者の心を大切に生きようと決め、勇者の記憶を辿りながら、どうして勇者が、勇者として生きようと思ったのかを考えている。


 

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