VS.トラック転生

1 VS.トラック転生

 





いつもどおりの時間、いつものように、討魔者アルヴァナギルドに顔を出すと。


「お久しぶりです、先生」


 見知った顔が、上下関係を示す“ ‘ 武族 ’特有の儀式ばった態度と階級言葉 ”で頭を下げて言った。


 普段は滅多に人のいない早朝のギルドロビーで、待ち構えていたのは、高価な対魔将ヴァエ装備をまとった金髪紅眼の半妖精族だった。


 その優男めいた容姿に似合わず、この街のギルドだけでなく、辺境の討魔者ギルド全ての討魔者の集団指揮をするギルド長だ。


 ‘ 魔 ’ジメツに魅入られやすい‘ 武族 ’の出身者だが、討魔者になれば、その短所も関係なくなるので、ギルドが召集するような集団戦では指揮をする事も多い切れ者だ。



「先生は止めろと言っただろ、シスカ。 深位将魔ヴァエス級討魔者が、いつまでも浅位将魔ドベル級討魔者に頭を下げてるんじゃない」


 苦虫を噛み潰したような顔をしてみせながら言い捨て、立ち止まらずに、いつもの討魔者用依頼掲示室へと向かう。


 別に腹を立ててるわけでも、嫌な想いをしているわけでもないが、シスカのやつは、緊急招集で集団戦を指揮する事になれば、浅級の討魔者に死地へ向かえと命令しなければいけない立場だ。


 ‘ 武族 ’特有の“ 上とか下と恒常的な立場を決めて、上は下より偉いとか、下は上に服従 ”というのは違う一時的な役割分担でも、生命いのちがかかっている場での指示は絶対護られねばならない。


 ‘ 農族 ’出身の討魔者は、それを一から学んでいるので、集団戦に参加できるくらいになれば、命令を護れるのだが、‘ 武族 ’出身の討魔者にはそうでない者もいる。


 ‘ 武族 ’特有の身分とか強い者に服従する習慣とかと命令を護る事を同じものだと勘違いするのだ。


 ‘ 武族 ’の服従を強いる‘ 掟 ’は、戦場のルールを日常にまで持ち込むが、‘ 農族 ’の共存を護る‘ 法 ’は、日常に命令を持ち込まない。


 ‘ 武族 ’以外にとって‘ 命令 ’というのは“ 生命いのちがかかった場 ”でしか行われない‘ 生命いのちを左右する指示 ’だ。


 だから、‘ 武族 ’以外は、日常と戦場は別だと、普段から口にしあっているし、きちんと納得している。


 ‘ 武族 ’でも、そういった事を、わきまえているし、心得てもいる者もいるが、そうでないのも多い。


 ‘ 武族 ’の‘ 生業 ’は、戦場以外では無意味な‘ 仕事 ’で、他の絶対必要な‘ 職業 ’ではないからだ。


 自分達が無意味ではなく、価値ある者と思いたいから、覚悟のない‘ 武族 ’は日常に戦場の理屈を持ちこみ‘ 魔 ’につけいられる隙を与える。


 そして、そういうやつらに限って、覚悟はできていると、気安く口にして、戦いに出て、‘ 魔 ’に魅入られる。


 そういう‘ 武族 ’の言う覚悟は、人を害するための“ 殺す覚悟 ”というやつで、‘ 武族 ’の中でも人の生命いのちを大事にしないやつらは、‘ 魔 ’に抗うために必須の“ 殺される覚悟 ”などは持たない者も多い。


 そういうやつらは、自分しか見えずに、“ 自分の罪悪感 ”や“ 自分が死ぬ恐怖 ”を麻痺させて、討魔者としての覚悟ができたなどと思い込む。


 そして‘ 魔 ’に魅入られていき、やがて低位妖魔と化すのだ。


 そういう勘違いをする馬鹿が、実際にいる以上、昔世話をしたからといって、いつまでも中堅討魔者を先生などと呼んでいては、色々と差障りがある。


 そういう勘違いをする‘ 武族 ’が、嫉みと妬みで‘ 魔 ’に魅入られたり、‘ 武族 ’に服従するべきだと討魔者ギルドに圧力をかけてくるのだ。


 適材適所を徹底させるのには、権威や武力の強弱が‘ 邪魔 ’だというのに気づかない馬鹿だが、そういうやつは‘ 武族 ’には多い。


 その証拠の一つが‘ 契約誓術 ’という神霊術だ。

 これは、双方が合意した契約を破らないように強制する術だ。


 一見、問題ないように見えるが、契約というのは内容がどんなに不公平でも公正でなくても結ばれるので、奴隷なんてものまで生れる。


 そして、その結果多くの者が‘ 魔 ’に魅入られる事になるが、‘ 武族 ’はその‘ 契約誓術 ’を濫用し続けている。


 ‘ 農族 ’にも‘ 共約誓術 ’という神霊術があるが、こちらは両者に同じ約束を護らせる限定的なものなので、身分や上下という考え方をする‘ 武族 ’には使われない。


「私はお前を殺そうとしないし、見捨てないから、お前もそうしろ」


 そういう当たり前の行いを約束する事も‘ 必要悪 ’を行う事を正義と考える‘ 武族 ’では行動の枷になるからだ。

 

 そのせいで、‘ 魔 ’に魅入られ妖魔と化して、人の生命いのちを奪う者の割合は‘ 武族 ’が6割近くを占めることになる。


 それだけ聞くとそう多くもなさそうだが、‘ 武族 ’の人口が人間全ての数からすると一割にも満たない事を考えると、どれだけ多いかが解る。


 そして‘ 魔 ’に魅入られる残りの4割のほとんどが討魔者だ。


 討魔者にも‘ 武族 ’出身者は多くいるので、それを考えれば‘ 武族 ’の生き方の危うさが解る。


 そういった‘ 武族 ’の在り方を変えていくには、内部から変えていくしかないから、それを理解した‘ 武族 ’の者が上を目指さねばならない。


 シスカのやつには、昔そういった事を教えたはずなのだが……。


「他の場所でならともかく、この辺境で‘ 伝説の討魔者 ’に敬意を払ってオカシイと思う者はいないでしょう」


 シスカのやつは、後をついてきながら、しれっとした顔で、嫌な二つ名を口にしやがった。


 ‘ 伝説の討魔者 ’などと言えば、まるで超越的な討魔者、例えば破都位魔クラウルグを討伐するような超人を思い浮かべるだろう。


“ ただ長い事、討魔者をやってるだけの男 ”にはすぎた呼び名だ。


 討魔者の平均寿命が30代半ばなのに、その倍以上の歳になっても生き残っている。


 今まで、そんな酔狂な討魔者がいなかったからといって、それだけで伝説などとは噴飯ものだ。


「最前線の町で、毎日欠かさず依頼を受ける先生が、引退する事もなく討魔者を続けているのは凄い事です。先生は討魔者の理想なんですよ」


 やたらと浅位討魔者を持ち上げるのだけで、都や中央のギルドからの評価を下げている事を気づいていないわけがないのだが、いくら邪険にしてもついてくる犬のように、こいつは時々、こうやってやって来る。


「単に死に損なっただけの男に、そんな大層な二つ名をつけるなんてのは覚悟が足りない証拠だ」


 だから、いつものように、突き放さねばならない。


「……そうですね、私達には覚悟が足りない」


 ふと後ろで立ち止まった気配がして、シスカが重苦しくつぶやく声が続く。


「お前……何しに来た?」


 いつにないシスカの調子に違和感を覚え、立ち止まって振り返る。


 シスカは蒼褪めた顔に深刻な表情を浮かべていた。


「……災厄位魔フォナーニルと‘ 魔群 ’が確認されました」


 そして、シスカは五十三年ぶりに、この街が滅びるかもしれないという報せを静かに告げた。

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