15 VS.社会常識



15 VS.社会常識ワールドスタンダード




 この3ヶ月、色々と情報を集めてきたが、当然、それと並行して、この世界に、凉樹一瓏スズキ イチロウという幼子として馴染まなければならなかった。


 不本意な呪いのせいとはいえ、この幼子の生命いのちを継いだ以上は、この世界の生命いのちの一端として、生きるべきだからだ。


 幼子の生をなぞる事も、この幼子の家族を救う事もできないが、この世界を護るために、できるだけの事はしよう。


 この幼子の父は既に亡く、母は子供を死なせかけたとして、保護責任者遺棄という罪で、警察という治安組織に捕まったらしい。


 この地は平和な場所らしく、助けられる生命いのちを、安易に見捨てる事は許されないと法で定められている。


 子供の事ではなく、恋人がどうなったかしか頭にないようだと、看護師達が噂していた。


 あの‘ みかけ ’は、幼子の母を食いものにしている悪質なヒモだったという。


 ‘ みかけ ’に関わった女達が、皆、自殺や行方不明という不幸に見舞われていたという事から、警察が調査しているらしい。


 おそらく、あの‘ みかけ ’が何かをしたのだろう。


 既に人としてしてはならない事を幾つもして、その事に自責も覚えず、後悔もしていなければ、‘ みかけ ’になどならない。


 あの‘ みかけ ’とこの島域の外に本拠を置く犯罪組織との繋がりがあったとも聞いた。


 凉樹一瓏スズキ イチロウという幼子であるためには、この世界の知識を得る必要があったので。


 最初に言語の問題があり、《読心》スキルと《思考活性》スキルを使って多くの会話を聞く事で、日本語を覚えるついでに得た情報だ。


 噂だけでなく、‘ 練成擬似生命 ’に偵察させて、裏付けを取ったが、概ね事実だった。


 この世界とこの地の事を知らねばと心に刻んだのは、 《仮死化》で死ぬ瞬間で保たれた幼子の身体が、病院と呼ばれる治療施設に運ばれ治療を受けた時だった。


 この世界の技術は、儀式精霊術に近い技法で、世界の法則に従ったものだけであると、その時は知らなかったので。


 救命措置や点滴といった方法に、何故、こんな原始的な事をと、あきれそうになったものだ。


 だが、直ぐに、生命いのちを救うための技術はともかく、テレビという装置などの娯楽に関する技術や、大量に人を殺すための狂った技術は、不必要に発達している事に気づいた。


 この世界は──“ 争うための技術や方法を第一に考える歪んだ在り方を選んだ人間 ”が、“ 争わずに援け合う事を願う人々 ”を服従させる事で成り立っている──‘ 魔 ’に魅入られかけた世界だった。


 公正である事など望まない──“ 不公平の上に成り立つ秩序を保ち続けようとする人間 ”と、“ 不公平を正すという名目で、別の不公平を造り出そうという人間 ”との争いに、この世界は満ちていた。


 富を奪い合うための争いを、競い合うという言葉で誤魔化し、不幸や死を撒き散らす争いをも、ただの手段としか考えない‘ みかけ ’が多くいるらしい事も、ニュースや報道番組で知った。


 この日本という地域では、遠くの事も知る事ができるが、テレビやラジオという手段だけでは、‘ みかけ ’が多くいる事は推測はできても、実際に誰が‘ みかけ ’なのかは判らない。


 日本を含めた先進国と自称する‘ 征服統治組織 ’では、誰に向かって告げられたわけでもない情報が溢れている。


 マスメディアとかマスコミと呼ばれる組織群が、“ 権威によって広められた噂 ”や“ 自らが創りあげた噂 ”で、多くの人間達を操る事が、‘ 報道 ’や‘ 宣伝 ’と名づけられ、それを誰も嫌悪しないし不思議に思わない。


 そういったものに惑わされ煽られ、心の在り方まで変えられていくのに気づきもしない人間達は、‘ 魔 ’に魅入られる人間によく似ていた。


 この仕組みを考えた人間は、‘ みかけ ’だったのだろう。


 ‘ 魔 ’が‘ 魔 ’を創りだす連鎖を、‘ みかけ ’は無意識に繋げていく。


 かつえた吸血鬼が仲間を増やさずにいられないように、‘ みかけ ’の内の‘ ジメツ ’も人を汚染していくのだ。


 金融業と名づけられた“ 紙幣を造る金貸し業 ”という“ 富を創りだす事もなく、ただ権威を広めるための組織 ”が人を束ねる事に介入して。

 

 “ 紙切れでしかない貨幣という道具 ”を使って、見放される恐怖を煽り、満たされる事のない欲で惑わし。


 罪や悪業で人間を服従させる仕組みを創ったのにも、過去の‘ みかけ ’が絡んでいるのだろう。


 そういったこの世界にいた‘ みかけ ’が造った仕組みを壊していくのは、この世界の人間のすべき事だ。


 だが、今、その仕組みの中で生じた‘ みかけ ’が、人に害をなし続けるのなら、ソレを滅ぼすのは討魔者の役割だろう。

 

 凉樹一瓏スズキ イチロウという人として生きながら、討魔者としての在り方を貫く。


 それは、そう簡単な事ではなかった。


 そのためには、幼子の肉体だけでは不便すぎる。


 そこで作る事にしたのが、人と見分けのつかない情報収集用の‘ 擬身 ’だ。


 この世界に連れてくる事ができた‘ 練成擬似生命 ’は、自らの魂の欠片を分離した実体を持たない霊体タイプだけなので、物質練成を行い表面だけでも人間に見えるものが必要だ。


 それがあれば、人間のふりをさせて情報を集める事ができる。


 幸いにも、時間はたっぷりとあるし、自動制御の‘ 練成擬似生命 ’を作るよりは、感覚を同期させる‘ 擬身 ’を作るのは複雑な作業だが、それほど難しい作業でもない。

 

 消灯後に《霊体化》スキルで病院を抜け出し、《思考活性》で百数十倍の思考速度で作業をすれば、数時間で、‘ 擬身 ’は完成した。


 作成のヒントになったのは、テレビでやっていた未来から来た流体金属のロボットだ。


 この世界の実質物質の構成単位である‘ 原子 ’の知識を得たおかげで、数百グラムの質量で、1立方センチ程度から10立方メートル程度のサイズで見た目を変化させる‘ 擬身 ’を作る事ができた。


 あちらの世界では、鉱石から金属を取り出す事は一般的だったが、気体を分離したり、生物を物質と見なして、その構成物質を調べるという発想はなかった。


 先入観や、生命いのちに対する敬意が、それを邪魔したのだ。


 むくろは、“ かつて生命いのちだった物 ”でしかないが、想い出が、哀悼が、執着が、それをただの物質と見ることを許さない。


 会った事のない誰かのしかばねであっても、それが“ かつて人だった物 ”ならば、それはただの物ではなく、誰かが愛し憎んだかもしれない者の遺体なのだ。


 それを自覚して、生命いのちというものを大切なものと扱うのが、生命いのちへの敬意だ。


 そして、他の生き物の生命いのちにも、同じく敬意を払うのが、あちらの世界の人の在り方だった。


 だが、こちらは‘ みかけ ’の影響なのか、生命いのちに対する敬意が薄い人間も多いようだ。


 生命いのちへの敬意を忘れた人間は‘ 魔 ’に魅入られやすい。


 あまりに死を嫌悪し憎むあまりに、遺体をただの不気味な物としか見ないようになり、‘ みかけ ’になれば、生命いのちそのものも、ただの物としか見なくなる。


 人すらも資源としか見ない狂った在り方は、人を‘ みかけ ’へと変えていく。


 それを防ぐのは、子供の頃に親や友人に植えられ、芽吹いた生命いのちへの敬意だけだ。


 科学という技術体系を争いあう事にのみ利用し続けた‘ 征服統治組織 ’の在り方が、生命いのちへの敬意を否定している事に気づいたのは、‘ 擬身 ’を作る新技術以上の収穫だった。


 

 

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