11 VS.育児放棄


11 VS.育児放棄ネグレクト




 幼子の肉体が生命活動を止めると同時に、‘ 幽命体 ’が肉体を離れていく。


 倒れ伏す痩せ細った幼子の身体と、赤子のように泣き叫ぶ‘ み損ない ’。


 ‘ 幽命体 ’と幼子の身体には絆が結ばれ、幼子の魂はここには存在していない。


 それは、肉体を共有しているわけではなく、幼子が逝ってしまった事を証明する光景だった。


 この光景をあらわにしたのは《仮死化》という精霊術で。

 

 治癒系の精霊術の一つで、痛みで苦しむ者や死にかけた者に使い、その肉体の損傷を防ぐものだ。

 

 ‘ 命気 ’が使える討魔者には不必要な術と思われていたが、そうでない者を救うのには役に立つ術として知られていた。


 新しい精霊術を開発しようと模索する中で発見したのだが、この術を‘ 命気 ’が尽きた討魔者に使うと、《霊体化》の神霊術に似た現象が起きる。


 《霊体化》のように自由に動き回る事はできず、肉体が霊体になるわけでもなく、霊体もどきと肉体に分かれてしまうのだ。


 討魔者はその状態でも《霊体化》と同じように意識は残るが、肉体に繋がれて自由に動く事はできない。


 討魔者でなければ、ただ意識を失って、生命活動を止めたままだ。


 何れにしろ、救助を待つ間の時間稼ぎにしかつかえないものだった。


 だが、この事実は、討魔者が“ ‘ 魔 ’を滅ぼすための‘ 魔 ’ ”と化した人だという裏付けの一つになった。


 ‘ 魔 ’ と違うのは、生命いのちを‘ 魔 ’に食い尽くされたわけではないという事だ。


 だから、妖魔と化した者のように、死体も残さず消えたりはしない。


 明らかに人とは違う存在となっている事は、睡眠すら必要としなくなった事で解ってはいたが、この‘ 幽命体 ’の存在が決定的な証明となった。


 それが原因で、討魔者がそうでない者を従える‘ 武族 ’流の統治をすべきだと主張した元武族の討魔者が浅位妖魔と化したのは痛恨の失敗だった。


力ある者が力なき者を従えるという‘ 武族 ’流の統治が‘ 魔 ’を育てる征服欲を育て、人を腐らせると知っていながら、その影響を軽視して術を広めてしまった。


 ‘ 武族 ’とはいえ、討魔者が妖魔になるなどと思わず、若さゆえに討魔者も人にすぎないと気づこうとしなかったのだ。


 若気の至りなどと受け流すには、手痛い失敗だった。


 ‘ 幽命体 ’となって、宙から地面の幼子の身体と‘ み損ない ’を見下ろしながら、そんな事を思い出していると、立ち並ぶ鉄扉から人が出てくる。


 どうやら、赤子のように泣き叫ぶ‘み損ない ’の声を聞きつけたらしい。


 出てきた年配の婦人は、幼子の身体に気づくと、あわてて手に持っていた薄い板状の物を指でいじり始める。


 その様子からして何らかの儀式系術具のようだ。

 板からは微かだが複雑に働く雷の精霊力が感じられた。


 雷の精霊力は連鎖して波動として宙に広がっていく。

 

 それは明らかに、全ての精霊系技術の枠を離れた異界の技術だった。

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