6 PS.ある神使の誤算
「先任、スゴイ数の出迎えですね」
俺は周りの神使達を見回して、言った。
数百人はいそうな数の神使が集まるなんて、邪神群との戦のようだが、これは唯一人の後任神使を出迎えるためのものだ。
つまり、死んだ討魔者の魂を迎える儀式で、生前にその討魔者に関わったものが迎えにくる事になる。
前々世の世界で、三途の川で親族に迎えられるって話があったけど、そんな感じだ。
でも、それは、こんな感じじゃあ絶対なくて、おれの時は、先任一人だったから、これは絶対オカシイ。
これだけの神使が集まって後任の神使を迎えるなんて、聞いたことがないから、ホントに前代未聞なんだろう。
「それだけ、多くの討魔者が世話になった事を感謝してるって事だ、オマエもそうだろ?」
そういう先任の顔は、いつになく嬉しそうだ。
いつもは、厳しい顔が多いのにな。
「そうですね」
確かに、あの爺さんには世話になったけど、死んだ後でまで会いたいかというと微妙だ。
異世界転生して、前世知識で俺tueeするはずだったのに、リアルチート爺に、メチャクチャしごかれて、一人前になったはいいけど、先に死んで────うん、気まずすぎる!
爺さんがいなかったら、もっと早くに、誰も護れずに死んでただろうから、感謝はしてるけどね。
「俺達は、みんなあの人に、返しきれない恩がある」
討魔者の魂のたどり着く、事象の境界線を見つめながら、先任は小さくつぶやいた。
たぶん、誰に言うのでもなく。
そう、感謝は、してもしきれないんだよな。
神使になって初めて気づいたんだけど、討魔者になる覚悟が本当にあるのかって、爺さんは何回も俺を試した。
だから、爺さんに会わなければ、おれは、もっと後悔してると思う。
正直、昔のおれなら、死んでまで、神様のために戦う事になるんなら討魔者になりたいなんて思わなかっただろう。
何せ、おれは前世の記憶があったし、討魔者の事も、ただの‘ 魔 ’と戦う力を貰った冒険者くらいにしか、考えていなかったからな。
とは言っても、それはホントの記憶ではなく、ある神が日本人の記憶を、おれの脳にコピーしただけだったらしい。
それで、科学知識を広める予定らしいけど、ランダムにしか記憶のコピーはできず、できる頻度も数十年に一度で。
成功確率も低くて、おれが唯一の成功例だというから、お粗末な話だよな。
あの頃は、爺さんも弟子にまかせず、多くの討魔者見習いを教えていた。
爺さんに当時、学んでいた生徒達の中で前世の記憶があったおれは、チートな存在だった。
今にして思えば、人より早く勉強を始めたハンデを貰っただけの小僧で、そういう意味でチート野郎だった。
そんなおれの覚悟のなさを、爺さんは見抜いていたんだろう。
おれより弱いやつが討魔者になるのを認めるくせに、爺さんは、おれを認めようとしなかった。
その事にくってかかったら、言われたんだよな。
「そんなに無駄死にがしたいのか?」
あの時は、頭にきたな。
力さえあれば生き残れるし、更に強くなれる。
浅位どまりの老害が、未来の英雄に嫉妬して邪魔してるんだとも思った。
爺さんが、どれだけ多くのものを失ってきたかなんて、あの時のガキだったおれには解らなかったんだ。
普通の討魔者の平均寿命が、30そこそこでしかないってのも、プロアスリートだったら、そんなもんだくらいにしか考えてなかった。
後になって知ったけど、平均寿命ってのは本当に平均寿命だったのだ。
今だって、爺さんがいる辺境以外では、生きて引退する人間は、ほとんどいない。
爺さんが、見習い制度を造り、精霊術医療を革新したおかげで、辺境はそうでもないが。
辺境だって、生きて引退する人間は7割弱で、足や腕や内臓など身体の一部を失ってだ。
肉体を失うだけなら、精霊術を使えば復元できるが、霊体まで破壊するような‘ 魔 ’にはどうしようもないからだ。
爺さんも、身体を失っている。
最初は、左足だったそうだ。次は左腕、内臓というように失っていき、最後に全てを失っている。
それなのに死ななかったのは、爺さんが《魂魄制御》という爺さん以外が、まだ成功していない‘ 神霊術 ’を使うからだ。
やりかたは、広く知られてるが成功は一人のみ。
他の爺さんが創った術は、使える人間がいて伝えていってるが、これだけは別で、一部の討魔者は奥義だとか言っている。
でも、あれはそんなものじゃない。
やりかたは、単純で、ただ自分と世界を完全に客観視するというだけの事だ。
バカなガキほど単純だから簡単だと思うもので、おれも爺さんにできておれにできないわけがないなんて、根拠もなく思い込んで挑戦した事があった。
でも、そもそもそんなガキに、‘ 悟り ’とかみたいな事ができるわけがない。
神使になった今でも、他の爺さんが使った術やスキルは再現できてもアレだけはムリだ。
全ての執着を棄てるのではなく、全てを平等に認識するのが、《魂魄制御》に必要な全てだ。
感情を棄てて全てを見るのじゃなく、愛する人も憎む人も同じように見て。
快楽も痛みも同じように感じて。
感動的な名曲も拷問による断末魔も同じように聞き。
最高の美女も腐って蛆がわいた屍も同じように触れ。
至高の美食も糞尿も同じように味わい。
全てを、あるがままに受け入れながら、全てを混沌として溶け込むのではなく、全てを別のものと感じて。
それでも狂う事も、無となる事も、解脱する事もなく、‘ 人 ’で在り続ける。
そんな事は不可能で、爺さんが嘘を教えたのだというものもいるが、そうじゃない事は神使なら解る。
爺さんは、破壊された霊体を魂魄から創りだしている。
そんな事は神々にもできるかどうか……。
そんなにしてまで‘ 魔 ’と対峙してきた爺さんを、討魔者になって、‘ 魔 ’を倒してレベルアップしたら、簡単に捻り潰せるくらいに思っていた。
災害のような‘ 魔 ’を相手にする力と単純な暴力は別物だと知らなかったんだから、ホントにバカで恥ずかしくて哀れなガキだった。
神使になって判ったんだけど、文明の初期段階っていうか、猿人とか原人とかの時代から、前世の世界では‘ 魔 ’が実在していた。
それに対して、おれの記憶のコピー元の世界は、初原世界群っていう‘ 魔 ’などがいない世界だった。
‘ 魔 ’が実在する世界で、人間は弱く儚い存在だった。
だから、滅びを迎えないために人間は役割分担を創り出す。
‘ 魔 ’に抵抗して集落から‘ 魔 ’を引き離す‘ 武族 ’。
生きるために水路を造り食料物資を生産する‘ 農族 ’
武器や工具や雑貨などの道具を造り発明する‘ 匠族 ’
集落の間を回り流通を行い生活圏を保全する‘ 商族 ’
集落は、内部から‘ 魔 ’が生まれた時のために細分化され、そうやって長い間、人間達は‘ 魔 ’に抗い続けた。
そこに、神々と呼ばれる“ 理性と知性を持つ‘ 魔 ’ ”と、邪神群と呼ばれる“ 知性を持つが理性を持たない‘ 魔 ’ ”達が、戦いの補給地点として、世界に干渉してくる。
世界の外で、神使と邪神使が争い砕けた結果、世界に降り積もった魂が、人間達や‘ 魔 ’に影響を与えた結果だ。
神々は、降り積もった魂をリサイクルして、討魔者を創り出し、邪神群は深化していく“ 知性ある‘ 魔 ’ ”から邪神使を生み出す。
そんな世界で災害と同然の‘ 魔 ’に抗う人の戦いを、狩りのように‘ 魔 ’を狩ったりするゲームや人間同士が争そう戦いと、同じものだと思い込んでいたのが、あの時のおれだった。
そんな本質を解らないままだったおれに、それでも‘ 魔 ’に抗う心構えをくれたのが、爺さんだ。
だから、全てを理解した今、爺さんと会うのは、黒歴史を目の当りにするって事で、恥ずかしすぎるのだ。
きっと、多かれ少なかれ、ここにいる神使達は、おれと似たような想いを抱いているのだろう。
挙措においては簡潔、言語においては精到、熱狂においては慎重、絶望においては堅忍。
神使たるなら、そうあれという教えだが、爺さんは、そういう意味では、あの時から神使だった。
だから、これだけ多くの神使が、ここに集まっているのだろう。
「おい、おかしいぞ!?」
前世を懐かしんでいたおれを、先任のあわてたような声が、今に引き戻した。
「どうしたんですか?」
「師匠の魂が輪廻の流れに還る」
「バカな何故!?」
「神々のシステム外の出来事が起きるのは」
「邪神化か、まさか先生に限って」
「じゃなきゃ……神化……か!?」
爺さん、一人で逝くのか?
どこに行くんだ?
騒然とした神使の言葉が響く中、おれは、爺さんの魂が、この宇宙を離れ、初原世界群へと向うのを、ただ呆然と見ていた。
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