3 VS.トラック転生




「だから、今、お前らができる全力を尽くし、最善を考えて動け!」


 士気を上げるための演説とやらを、そう自分の言葉で締めくくり、シスカの後ろに引っ込む。


 覚悟を決めさせるためになどとシスカは言っていたが、こんな事で決まるようなものは覚悟ではなく、決意でしかない。


 生命いのちを捨てても何かを成し遂げるという決意は、一時の熱狂や妄執や憎しみで固められても、全力を尽くし、最善を考えて動く生命いのちを護るための覚悟は、日々の積み重ねでしか手に入らないものだ。


 その違いが解るように、あるいは解らなくても覚悟できるように教え込んだ高位の討魔者は数十人だが、目の前に揃っている。


「では、全員出撃せよ」


 その連中の弟子やパーティメンバーを含めた千数百人の討魔者達は、シスカの号令の下、動き出した。


 動揺や怯えを見せている者はいない。


 それを見届け、定めれた配置場所へと向かい歩き出す。


「師匠、同じ配置ね。よろしく」


 途中で、辺境でも珍しい女討魔者が声をかけてきた。


 農族では一般的な赤毛にグレーの瞳の平凡な容姿の娘だが、明るい性格と料理上手で若い男達の人気は高いらしい。


 階位こそまだ浅位妖魔ルガロ級討魔者だが、‘ 神霊力 ’は女討魔者の例に漏れず大きく、まだ10代なので、期待されている娘だ。


 女は、かなり‘ 神霊力 ’が高くても討魔者になることは少なく、たいていは巫女や神官という公職につく。


 討魔者を喰らった‘ 魔 ’や女討魔者を苗床にして湧き出した‘ 魔 ’は強大になっていくので、それが望ましいという風潮があるのだ。


 だから討魔者になるのは、一流以上になれる素質を持った娘ばかりになる。


 そのせいで、討魔者の絶対数が多い辺境でもその数は多くない。


「ラウサか、師匠は止めろと言っただろう」


 何故かこの娘は、弟子でもないのに他人ひとを師匠呼ばわりする。


「心の師匠だから、弟子になれなくても師匠は師匠よ。それにもう直ぐ階位も上がるから、そうしたら弟子入りするし」

 

 弟子だったやつでも、一人前になれば師匠なんて呼び名は使わない。


 武術者などとは違い、討魔者というのは、そういうものだ。


 討魔者は、ただ全ての生命いのちの敵である‘ 魔 ’を滅ぼすための存在だ。

 

 技の巧みさが上下関係を決める武術者のように、力に溺れず剣を収める心の修行などはせずに、‘ 魔 ’を討つ意志だけを胸に刻めばいい。


 他者に勝つとか自分に勝つとか、人と人の争いに関わる事などはどうでもよく、ただ‘ 魔 ’を討つ事だけを考えて生きる者。


 勝ち負けのために戦う事などに意味を見出さず、ただ‘ 魔 ’に抗い生き残り、‘ 魔 ’の脅威を滅ぼすのが討魔者だ。


 だから師とは技術を伝えるだけの存在で、弟子とは技術を受け継ぐだけの存在でしかなく、そこに上下関係も密接な交流も必要ない。


「そんな下らん師弟ごっこがしたけりゃ、道場にでも通って勝ち負け大事の武術者にでもなれ」


 無愛想に、もう何度繰り返したかも覚えていない台詞を返すと。


「ひどい、わたしは討魔者よ。武術者が悪いってわけじゃないけど、武術者で討魔者ってのもいるけど。アタシは師匠がいう討魔者のルールが正しいって思ってるんだから」


 額に手を当てて天を仰ぐ芝居じみた仕草と嘆くような声で、ラウサは拗ねて見せた。


 討魔者向きじゃないくせに討魔者でいたがる娘の台詞を聞き流し、指示された役割をこなせと追い払うように手を振る。


 浅級討魔者の役割は主力が災厄位魔を相手にしている間に、手薄になった逆方面の警戒をして低位や浅位の魔を倒す事だ。


 前回の災厄位魔の出現時には、同時に発生したそういった‘ 魔 ’が、避難途中の民衆を襲い大きな被害を出した。


 今回は、避難せずとも災厄位魔を滅ぼす戦力があるから、民衆を避難させる事もないので、そういった心配はない。


 それでも普段行動を共にするパーティーと離されて、ラウサは緊張しているようで、口数がいつもより多い。


「判った、行くわ。 それじゃあ、‘転生の神の加護がありますように、我等──’」


 呪文を唱えようとし始めたラウサの頭を平手で叩いて止める。


「ルールその7、神頼みは止めろだ」


 驚いたような顔で見返すラウサに言う。


 この呪文は転生神に再び生を授かる事を願う祈願呪文で‘ 神霊力 ’も消費するのだが、未だ転生した者は見た事がない効果の怪しい呪文だ。


 神というやつは、教会や神徒衆会がいうような人の指導霊や世界の守護者ではない。


 だから、呪文や加護の効能も額面通りに信じる訳にはいかない。


 効果の不確かな呪文をかけようとした場合は止める事にしている。


 それに、この呪文に効果があるとしても必要だなどとは思わないし、この状況で無駄な‘ 神霊力 ’を使うのは油断のしすぎだろう。


 こういった信仰の薄さが‘ 神霊力 ’の限界を作っているとは、昔から言われてきたが、ガキの頃からの性分だ。


「でも、これは神頼みじゃ──」


 信仰ゆえか反論しかけるラウサに軽い威圧スキルをぶつけて黙らせる。


 ここで議論などしている暇はない。


「行くぞ」


 そして、そのまま偵察のために荒野へと歩き出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る