4 VS.トラック転生






「な、なんでこっちにこんなのが!?」


 前方に聳え立つ巨大な破軍位魔クラウザトラックを前に、ラウサの怯えを含んだ声が響いた。


 数十体の浅位妖魔を滅ぼしながら荒野を進んで行った先に現れたのは、災厄位程の脅威ではないが、主力でなければ到底滅ぼし得ない強大な‘ 魔 ’だった。


 《練成》スキルで作った強襲偵察用の‘ 練成擬似生命メルク ’からの反応が突如消失した時から嫌な予感はしていたのだ。


「何とか時間を稼ぐ。お前は合図の信号弾で、この事をシスカに伝えろ。やり方は判るな?」


 だから、うろたえる事なく、ラウサに指示を出す。


「判りますけど。時間を稼ぐっていっても一人じゃ──」


「やるんだ。やつは街へと向かって進んでいる。 このまま通せばどうなるかは解るな? やつの死角に入ったら撃て」


 ラウサの言葉を遮って言い、自分に加速と身体強化の精霊術をかけ、街とは反対の方向へと走り出した。


 トラックは猛烈な衝突力で多くの村や町を粉砕する動く山のような‘ 魔 ’だ。


 普段は人が歩く速度の10倍程度で動いているが、怒りなどで暴走すると、更にその3倍の速さで突進してくる。


 人の体など肉も骨も砕いてしまう力を持つ深位の‘ 魔 ’だ。


 シスカが信号弾を打ち上げて、別働隊を派遣するまでを生き延びられなくとも、街に到達できない程度に足止めの時間を稼ぐのなら、なんとかなるだろう。


 無駄死にする事の多い討魔者の死に方としては、いいほうだろう。


 死ぬ時は‘ 魔 ’との戦いの中だと決めて、五十と三年。


「今日は、死ぬには好い日だ」


 いつもの開戦の台詞を口の中でつぶやき、《浮身》のスキルで体重を羽毛並みに軽くして、飛び上がりながら‘ 神霊力 ’を練り込んで指先へと集中させて貫通力を高めた【神光弾】を打ち出す。


 小山のようなトラックの体を、後ろ上方向から斜めに貫き【神光弾】は額を抜けて地面に突き刺さった。


 内部に核がある‘ 魔 ’や肉体を持つ‘ 魔 ’ならこれで死ぬが、当然ながら深位の‘ 魔 ’であるトラックには意味がない。


 単にやつ自身である実体のない瘴気ディロの一部を削ったにすぎないからだ。


 ‘ 神霊力 ’を使った術やスキルで魔力を相殺して瘴気を削っていく方法でしか、深位の‘ 魔 ’は滅ぼす事ができない。


 それでも怒りをこちらに抱かせる事はできたようで、やつはこっちへ向き直り、宙を蹴るようにして空へと舞い上がり、突進してくる。


 それを風の精霊術で自分を吹き飛ばすように上空へと舞い上がりながら避ける。


 だが不可視の瘴気まではどうしようもなく、‘ 神霊力 ’による加護を抜け《命気結界》が蝕ばまれていった。


 これが‘ 神霊力 ’の低いものが決して深位の‘ 魔 ’を滅ぼせない理由の一つだった。


 肉体を持たない深位の‘ 魔 ’や死霊魔マガムは、“ 生命いのちへの悪意や害意である瘴気の塊 ”に狂魂ルハヴが宿った存在だ。


 真祖吸血鬼のような浅位の死霊魔も、肉体を瘴気の霧に変えるが、深位となれば、瘴気の濃さは桁違いになる。


 普通の瘴気とは違い、深位の‘ 魔 ’が発する濃い瘴気は、邪神使の魄の欠片で、生きた者を死者に、生命いのちなき者を死魔へと変える猛毒だ。


 それを防げるのは‘ 神霊力 ’による加護だけで、相殺できるのは《命気結界》だけだ。


 瘴気自体を相殺で消費して削りあっても、人間が持つ‘ 命気 ’の量では、到底、深位の‘ 魔 ’の瘴気量を相殺できず、‘ 神霊力 ’による加護がなければ、百を数える前に生命いのちを落す。


 だから、‘ 神霊力 ’の弱い者が深位の‘ 魔 ’に近づく事は、それだけで死を意味するのだ。


 だからといって、ラウサではやつの突進を避ける術がないので、時間を稼ぐ前に、あの世行きだろう。


 そのラウサが信号弾をトラックの後ろで打ち上げる。


 あらかじめ深位の‘ 魔 ’などの脅威がもう一つ見つかった時の、深紅と黒の光を見ながら、自分の身体をトラックから離すように、もう一度吹き飛ばすと、両手の指先に集めた十発の【神光弾】を撃ちこむ。


 万が一にもラウサにやつが気づかないようにと。


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