32 VS.不法雇用



32 VS.不法雇用サクシュ ノ シクミ





 人でない討魔者が、罪を裁く事はできない。


 今まで、情報収集の過程で、多くの罪を見つけてきたが、それを裁いた事も、裁かれるように仕向けた事もない。


 討魔者とは、あくまでも“ ‘ 魔 ’を滅ぼすための‘ 魔 ’ ”でしかなく、“ 正義の名の下に罪の裁断をする必要悪 ”ではない。


 だから、教授とチョウが友誼を結んでいたとしても、‘ みかけ ’でない者を、己の情のために裁く事はない。


 他の“ ‘ みかけ ’の仕組みに従う共犯者で犠牲者 ”と同じように《浄化》で、罪の意識を明確に自覚させるだけだ。


 去って逝った教授のためにできる事はもうない。


 生前の教授の想いや在り方は、彼だけのものだ。


 志を同じくするものが、彼の想いの欠片を持って生きるだろう。


 それを、一瓏イチロウの‘ 人 ’としての生に活かす事は、しようとは思う。


 だが、それだけで、教授の生き方は永遠に失われた。


 それが生命いのちの在り方だ。


 “ 無限と永遠と絶対と最強という虚栄を望む‘ 魔 ’に侵され滅びに向う‘ みかけ ’の在り方 ”とは、正反対の在り方だ。


 “ 儚く、揺れ惑い、弱さに甘えずに滅びに抗う在り方 ”。


 教授の生き方は失われたが、彼が大切にした生命いのちの在り方は、決して傷つく事も消え去る事もなく、在り続けるだろう。


 そういうふうに、多くの生命いのちと出会い別れながら、この世界での最初の半年は過ぎていった。


 《思考活性》と《思考分割》での主観時間なら、計8891ヶ月というところだろう。


 ‘ 擬身 ’、‘ 霊体擬似生命 ’と一瓏イチロウとしての時間だ。


 脳という肉体の思考ではなく、《霊体制御》のスキルを得た討魔者の‘ 霊体思考 ’は同一ではないから、単純に数値は比較できないが、おおよそ人間の一生分の作業時間の20倍程度。


 ほとんどは‘ 霊体擬似生命 ’の半自動化した情報収集の単純制御で、‘ 人 ’に近い思考をする時間はその数十分の一というところだろう。


 その時間で行ったこの世界での身元の作成だが、情報収集時の人命救助や、《浄化》に時間を割かれる事もあり、確保できたこの島域の戸籍は20くらいだ。


 ある役場の戸籍担当者や市長などに‘ みかけ ’がいたので、そこで半分を創れた。


 役人に変身した‘ 擬身 ’を使えば、比較的だが楽に戸籍などは創れる。


 だから、‘ みかけ ’が統治組織内部に多く巣食うほど簡単に手続き上の身元は創れ。


 この島域外の他の統治組織でも各々20前後、合計4000ほどは確保している。


 肝心の《霊視眼》スキルと‘ 命気 ’を扱える‘ 擬似討魔生命 ’とでもいう存在の創造は、今のところ行き詰っている。


 これができれば、計算上は数年で、世界中の半数の人間が‘ みかけ ’になっていても‘ 魔 ’を祓えるはずだったが……。


 どうやら、他のアプローチを考えねばならないのかもしれない。




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