VS.育児放棄

7 VS.育児放棄


7 VS.育児放棄ネグレクト





 気がつくと目の前に知らない天井があった。


 今までに見たこともないような奇妙な天井だ。


 見慣れない材質の奇妙な丸い器具が天井からぶら下がり、そこに繋がった細い紐の下端には小さな分銅がぶら下がっていた。


 喉が渇いている。

 干乾びかけた喉がひび割れ口の中が固まっているようだ。


 腹も空いているようだが、最早空腹という感覚も消えかけて、ただ脱力感だけがある。


 それでも、‘ 命気 ’を使い果たした状態ほど酷い衰弱ではない。


 ‘ 神霊力 ’は完全に枯渇しているが、微かだが‘ 命気 ’は体内を循環している。

 そして‘ 精霊力 ’も初級精霊術を一つ二つ使える程度には残っていた。


 そこまで考えて、思い出す。 


 ‘ 命気 ’と生命力の枯渇で死んだはずだが……?


 死の間際に聞いた“ 転生の呪文 ”が頭の中に浮かび。

 それと同時に自分の身体が妙に不自然に感じる事に気づいた。

 

 身体を起こす力も残っていないほど肉体は衰弱していても、首を傾ける事くらいはできる。


 そうやって視界に入れたこの肉体の腕は、細く痩せ細った幼い子供のものだった。


 横になったまま見渡した部屋は、今まで見た事もない装いで、どこか遠くの地に転生させられたようだった。


 それとも、長い時が過ぎたのかもしれない。


 “ 転生の呪文 ”が実際に効力を発したという噂はきかないので、少なくとも長命族の寿命を考えれば1000年以上は転生した者はいなかったという事だ。


 今が、あれから1万年先の未来だという事もあり得る。


 ‘ 魔 ’の存在以外、全てが変っていても可笑しくはない。


 造りからして、貧しい農村の建物というわけではなさそうなので、飢饉で死にかけてるにしては、妙な話だ。


 とすると‘ 魔 ’の大群に襲われ、篭城でもいているのか?


 ならば、両親とも、もう死んでいるのかもしれない。


 そして、この子供の肉体も死にかけている。


 まだ心臓が止まっていないのは、自動的に発動した回復スキルのおかげだろう。


 その証拠に‘ 精霊力 ’が僅かずつ減ってきている。


 どうやら、死にかけた、あるいは死んでしまった子供の身体に魂を入れる呪い。


 それが、“ 転生の呪文 ”の正体という事らしい。


 実にふざけた話だ!


 神々という超越者達に対する怒りが巻き起こる。


 転生なんて“ くだらない甘ったれた話 ”を、望むつもりはなかったのだ。


 望まぬ転生をさせられるような呪いもそうだが、このやり方は更に気にくわない。


 おそらく、誰かに助けられなければ、この肉体はまた直ぐに死を迎えるだろう。


 死にかけた子供の魂を転生という呪いで追い出したのか、それとも生命いのちを落として直ぐの幼子の肉体に魂を入れたのか。


 どちらにしろ、そんな生命いのちもてあそおこないを、それができる力を持っているからといって、していいわけがない。


 司祭や司教などの神に仕える連中やつらなら、神の思し召しならと受け入れるだろうが、神々の実態を知っていれば、そんな気には、とうていなれない。


 神々というのは能力も存在も強大だが、尊び敬うほど高潔な相手ではない。


 神々は‘ 魔 ’の敵ではあっても、決して人の守護者などではないのだ。

 それを改めて実感する。


 どうしようもない。

 そういうものなのだと諦めるほうが楽な生き方だろう。


 だが、それができないから、できなかったから、討魔者を続けてきたのだ。


「いつか終わりは来る──だが、今はまだその時じゃない」


 あの時に口にできなかった終戦の口文を口にする。


 かすれて弱々しい幼子の声に苦笑を浮かべながら、《身体活性》のスキルを発動させ、ゆっくりと立ち上がる。


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