26 PS.ある社会福祉士の性癖




26 PS.ある社会福祉士ジドウ シドウインの性癖





 酔っ払いというのは、いつだってタチが悪い。


 目の前の独身女も、その例外ではない。


「わたしは、年上が好きなの、わかる!?」


 高いウィスキーを、焼酎か何かのように煽ると、ぷはーっと酒臭い息を吐く御嬢様職員の姿は、絵に書いたような酔っ払いだった。


「男はー還暦すぎなきゃ、男じゃないのー!!」


 とろんと潤んだ瞳に、火照った顔。

 

 もとは、学年に一人いるかくらいの素材だけれど、芸能人並に外見に金を使っているせいで、醜態をさらしていても、無駄に可愛いのが腹が立つ。


「はいはい、知ってますよ」


 この老け専娘が、ジジコンをこじらせてるのは、初めて会った中学の頃からだから、今更だ。


 なんだかだで、もう十年以上、小中高一貫の私立はともかく、大学から職場まで一緒だから、くされ縁ってやつなのかもね。


 まあ、就職先は、どこの企業にも引っかからなかったあたしが、御嬢様が先代園長に惚れて出資していた<他生之園>に縁故採用されたんだから、当然といえば当然なんだけど。


 まさか、押しかけ職員までしておいて、直ぐにポックリ逝かれるとは思ってなかったんだろうけど、70過ぎなんだから不思議じゃないわね。


 あたしは、ノーマルで同世代の高身長高収入のイケメンがタイプだから、老け専とか、ショタとかBLとか百合とか、そういうのはパス。


 まあ、オタクだから、読むのは好きだけど。

 リアルの男はやっぱり、頼りがいよね。


「それなのにー、なんでなのー」


 この搖日ユカの場合は、ガチもガチ、マジガチだから困る。


 それも惚れっぽいというか、かつては本能しかない女の異名を誇った天然だ。


 惚れるたびに、振られて、こうして付き合わされるんだから。


「それにしても、何してんのかしら」


 いつもなら、もう一人、早々と結婚してしまった裏切り者がいてくれるのに、今日は残業とかで遅れている。


 男に甲斐性がないというわけだけじゃなくて、仕事好きなのよね、あいつ。



「今日は、遅いなー」


「襲いななんて──ムリよー、犯罪よー!!」


 がばっと身を乗り出してきた搖日ユカの顔が間近に迫る。


 誰も、そんなこと言ってないって!


「近い! 近いって!!」 


 こいつは、ノリであたしのファーストキスを奪った両刀バイだから、こういうことをされると焦る。


 本能しかない女は、ダテじゃないのだ。

 御嬢様育ちじゃなかったら、とうに風俗かAVに流れてるだろう。

 


「なんで、イチロウくんなのー」


 そのケダモノが、聞き捨てならない事を言った。


 イチロウくんって、まさか 一瓏イチロウくん!?


 うちに最近、入園してきた3歳の男の子!?


「って、アンタ、襲わなくても犯罪よっ!?」


 

 ということで、親友が犯罪者にならないように、必死に事情を酔っ払いから聞きだすことになった。


 こいつが、変な事しでかしたら、また地獄の就活が始まるっ!


 就活は総括も同然と、連合赤軍から足を洗ったうちの婆ちゃんがもらした、あの就活が!!


「どういうーこと!? あんたジジコンのくせに!」


「あのね、一瓏イチロウくんってね。渋い男の色気があるのー。戦場で一生を過ごした歴戦の猛者みたいな」 


 世迷言をと思いながらも、あの子の普段の様子を考えてみると…………思い当たるっ!!


 一瓏イチロウくんは、無口だ。


 無口な幼児ってのもいるからと見過ごしてたけど、よく考えてみると、確かに不敵な笑みとか浮かべてる!


 一瓏イチロウくんは、自分で決める。


 甘えないし、頼らないのは、育児放棄ネグレクトのせいかと思ってたけど、他の子に甘えられたり頼られたりするのを拒まない!


 一瓏イチロウくんは、行動で示す。


 語彙ボギャブラリーが少ないからだと思ってたけど、小さい子のものを取り上げようとしてた年長の子の手を押さえて、無言で首をふって止めさせてた!


 それを全部、そつなくこなして余裕ある態度でって。


 もろ、搖日ユカのタイプじゃない!?


「え、そりゃ、子供らしくはないなって思ってたけど──」


 偶然だろうけど、一瓏イチロウくんが来てから、園の雰囲気フンイキは明るくなった。


 前園長が亡くなって、搖日ユカが落ち込んで<他生之園>にこなくなってしばらくのゴタゴタがあって。


 園長の代わりに実務を取り仕切っていたゲス男が辞めさせられて、園長がやる気をだして、搖日ユカが立ち直ってからも。


 一瓏イチロウくんが来るまでは、園のムードは暗いままだった気がする。


 だからって、三歳児よっ!?


一瓏イチロウくんがステキなのー」


 空のグラスといつの間にか半分以下に減ったボトルを抱え込んで、うわ言のようにつぶやくヘンタイ。


「だめだ、こいつ、どうにかしないと」


 あたしは思わずつぶやいていた。



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