第5話 初めての課金

「ほら着いたわよ」


 さっきまでいた建物を出てから歩くこと数分、俺たちは街の大通りにある店にやって来た。ここで買い物するのか。日本の雑貨屋みたいな感じだがやはり異世界。見たことも無いものばかりなのが店の外からでもわかる。


「何ぼさっとしてるのよ。早く来なさいよ」

「……ああ悪い、今行く」

 

 こちとら初めての異世界。それどころか海外旅行すらしたことがない。ついつい呆気にとられていた。


「はーい、店長。来てやったわよー」

「店長さん、来ましたよー」


 入店するや否や、エディカとローネルは真っ直ぐ店の奥へ向かっていった。


「あら、エディカにローネルちゃんじゃないの。いらっしゃい」


 店の奥のカウンターから人の良さそうな女性が顔を出した。


「店長いつものある? また壊しちゃって」

「はいはい、あるよ。これは消耗品じゃないっていうのに」


 店長と呼ばれたその女性はカウンターの下から木製の小箱を取り出した。


「仕方ないじゃない。叩きつけるだけで壊れる方が悪いのよ」

「そんな使い方するために作られたものじゃないよ。はい、一万エルドね」

「もうちょっと安くならない?」

「なりません」

「チッ、はい一万エルド」

「はい、じゃあこれね」


 エディカは小箱を受け取ると早速中身を取り出した。アンティーク調の虫眼鏡のようだ。


「その虫眼鏡何に使うんだ?」


 少なくとも俺には物を拡大したり太陽の光を集めて火を起こすくらいしか思いつかない。


「お兄さん、見ない顔だねえ。その様子だとエディカに召喚されたのかい?」

「ええ、まあその通りです」

「それなら実際に使ってみたらいいね。ほら、エディカ」

「もとからそのつもり。今設定中よ」


 何やらエディカは虫眼鏡のフレームに付いているネジをいじくっている。


「……よし、出来た。それじゃあハルト、これ」


 エディカは俺に虫眼鏡を渡して「それを通してあたしを見なさい」と言う。言われた通り虫眼鏡を覗きながらエディカを見る。


「なんだこれ?」


 エディカの頭上に三つの星マークが浮かんでいる。虫眼鏡を取るとそのマークはたちまち消えて無くなった。


「それは星眼鏡ほしめがねって言って、それを通して見た対象の星の数がわかるのよ」

「へえ、面白いな。じゃあ自分の星を確認するときはどうすれば良いんだ?」

「そういうときは鏡を使えば良いわ」

「あ、私鏡持ってますよ」


 ローネルから手鏡を受け取り自分を見る。


「……星二か」


 最初に言われたとはいえ、実は星三辺りではないのだろうかなどと思っていただけに少しだけ残念だ。


「言った通りでしょ。それより本題はここからよ」


 エディカは真剣な面持ちになる。それはまるでこれから戦場に向かう覚悟を決めた者のようだった。


「店長、あれを買うわ」


 エディカは強い眼差しを店長に向ける。


「別に売るのは構わないけど…ちゃんとお金は有るのかい?」

「ええ、ここに。これで買えるだけ」


 エディカは大きな皮の袋をカウンターに置いた。音から察するにかなりの硬貨が入っているようだ。


「エディカ⁉ 正気ですか⁉」

「正気も正気よ。これの為に今までお金を貯めてきたんだから」

「でも……うう……」


 なんだ? 一体これから何が始まろうとしているんだ…?


「この額だとオマケも含めて丁度ちょうど十五回分だね」

「あれだけ貯めてそれっぽちなの?」

「これだけは値下げしたくても法律で決められているからねえ」

「エディカ、今ならまだ間に合います! そのお金はもっと別のことに使いましょう! きっとこれからやることよりは有意義な使い道があるはずです!」


 ローネルは必死の形相でエディカを説得している。そんなにやばい買い物なのか?


「あたしが自分のお金を何に使おうとあたしの自由じゃない。店長、早く持ってきて」

「そんな! そうだ! ハルトさんもエディカを止めるのを手伝ってください!」


 藁にもすがる思いというのはこういうことなのだろうか。しかし止めろと言われてもなあ…。


「そもそも俺はこいつが何をしようとしてるのか知らないし、むしろちょっと見てみたいと思ってる」

「決まりね。二対一であたしの勝ち」


 エディカはドヤ顔でローネルに言う。


「じ、じゃあ店長さん!」

「商品が売れるに越したことはないからつくとしたらエディカ側だね」

「そ、そんな……」


 ローネルはがっくりと肩を落としてうなだれた。


「じゃあ店長、改めて持ってきて」


 完全勝利したのかエディカの顔は満足そうだ。


「はいはい。じゃあちょっと待っといて」


 店長は硬貨の詰まった皮袋を持ってカウンターの奥に行く。しばらくすると別の袋を持って戻ってきた。


「はい、石七十五個ね」

「ん、ありがとね」


 エディカは袋を受け取ると中身を数え始める。


「確かにちゃんとあるわね。それじゃあ次の場所に行くわよ」

「次の場所ってどこだよ」

「あんたが召喚されたとこよ」


 俺が召喚された場所に戻るだと?そこで一体何をするんだ?

 ……待てよ。さっき店長はエディカに袋を渡すとき『石』と言っていた。このことから導かれる答えは一つ。


「新しい仲間を召喚するってことか」

「正解。リセマラに失敗したとなったら手っ取り早く強くなるにはガチャしかないわ」


 悪かったな。雑魚キャラで。


「それじゃあ店長、また来るわ」

「じゃあな、店長さん」

「店長さん、恨みますよ……」


 店長に別れを告げて俺たちは来た道を戻る。


「いやー楽しみねー。どんな可愛い娘が来るかしら」


 エディカは嬉しそうスキップしながら先を進んでいる。


「あのお金で何日分の食費になったでしょうか……。やっぱり力づくでも止めるべきだったんじゃ……」


対照的にローネルは一番後ろを重い足取りで歩いている。


「なあ、ローネル。よく分からねえけど別に召喚くらい良いんじゃないか? このパーティーのリーダーは見たところあいつのようだし、仲間が必要だと判断したんだろ」

「分かってない、ハルトさんは何も分かってません…」


 顔を上げたローネルの瞳は濁っていた。


「すぐに分かりますよ。そしてエディカとともに後悔してください。そのときに考えが変わればまだマシでしょう」

「後悔って……。どうせ引きが弱いから星二しか出ないとかそんなんだろ? いや、でも実際星一が出たりしてるんだよな……。まあ、でも大体は予想がつくからそこまでは驚かないと思うぜ」

「そうだといいですねえ……」

「ちょっとそこの二人。何あたし抜きで話してるのよ。もう着いたわよ」

 

 そんなこんなで到着。行きよりも早く着いたな。


「それじゃあ召喚を開始するわよ」


 エディカは相変わらず目を輝かせている。


「それで、どうやって召喚するんだ?」


 実のところを言うと俺も若干、いや、凄くわくわくしている。


「まずそこのソシャゲを起動させて」

「はいストップ」


 何か今すごーく聞き慣れた単語が聞こえた気がするなあ?


「おっと失礼。説明不足だったわね。今のは祈祷師の門ソウル・シャーマンズ・ゲートの略称よ。そこの床に魔法陣みたいなのが描かれてるでしょ? それのことよ。ソーシャルゲームの略称と同じなのはあたしが勝手に呼んでるから」


 確かに足元には五つの窪みがある魔法陣があった。もう少しましな略称は思いつかなかったのか? 取りあえず妥協しよう。俺のわくわく感はギリギリ守られた。


「起動させたら次に窪みに廻魂石かいこんせきをはめ込んで」


 エディカは袋からさっき買った石を取りだし、順番にはめていく。はめられていった石はぼんやりと鈍い光を放っている。


「最後に召喚者が魔法陣に魔力を流し込めば完了よ」


 魔法陣の中心にエディカが手を添える。しばらくすると魔法陣は淡く光を放ち始めた。おお。これは期待していいのだろうか?


「チッ。はずれか。まあ可愛い娘なら許すわ」


 エディカは早くも舌打ちをしている。反応から察するに星二以下であるらしい。光によって大まかに強さがわかるって言ってたから今度光の種類を教えてもらおうかな。ローネルに。


「お願いします…贅沢は言いませんからせめてまともに意思疎通ができる種族を……!」


 エディカの横ではローネルが手を組んで必死に祈っている。意思疎通できるって……俺より前に召喚したのは一体どんな奴らだったんだよ。すげー気になるんだけど。

 徐々に魔法陣の光が弱くなっていく。するとさっきまで誰もいなかった空間には一人の少年がいた。見たところ十歳くらいだろうか。


「チッ。本当にッはずれか。可愛い顔はしてるけどショタは範囲外なのよね。まあ良いわ。ハルト、その子の星は?」


 俺はすかさず星眼鏡を覗く。


「……星一だってよ」


 少年の頭上には星のマークは一つしか浮かんでいない。まあ子供だし俺より強いってこともまずないだろうから妥当っちゃ妥当だろう。


「あー、やっぱり。光を見た時から分かってたけど最低ランクかあ」

「エディカ、そんなことは言ってはいけません。星一と言っても彼はまだ子供。大事に育てていけばきっともっと強くなるはずです」


 ローネルさん。俺のときもそれくらい優しく言っても良かったんじゃないですかね?


「おいおい、お前ら。そんな事よりも名前聞くとかやることあるだろ?」

「そうね。そこのボク、名前は?」


 少年は目をパチクリとさせるだけで何も言わない。うん、まだ何が起きたのかわからないよな。


「……えと、ぼくの名前はハルトです……」


 しばしの沈黙の後、困惑しつつも少年はようやく自分の名前を口にした。

おお! ハルトって言うのか! 俺と同じ名前だな! 多くもなく少なくもない名前だけになにやら運命を感じるぞ。


「あー……ハルトね。そこにいるマヌケそうな顔をした男もハルトって名前よ。ちなみに名字は?」

「いちのせ……」

「おいエディカ聞いたか! 俺と同性同名だぞ!」


 これは驚いた。俺と同じ名前の人間が俺と同じようにこの世界に呼び出されるなんて。確率にしたらいったいどれくらいだろうか。相当低いには違いないけど。


「うるさいわねー。まだ完全にそうだと決まったわけじゃないわよ。あんた何か書くもの持ってない?」

「あ、ああ。ノートとペンならリュックに入ってるぞ」

「そう。ちょっと借りるわよ」


 エディカは俺のリュックからノートとポールペンを取り出すと、ハルト少年に手渡した。


「悪いけどそこに自分の名前を漢字で書いてくれないかしら?」

「う、うん。いいよ」


 ハルト少年はさらさらと自分の名前を書く。


「はい、出来たよ」


 そのノートには"一ノ瀬遥翔"と大きな字で書かれていた。


「ほら見ろ! 完璧に俺と同じだぞ!」


 俺はついつい興奮してしまった。読みだけの同姓同名はわりかしありえるとはいえ、名前に使われている漢字まで同じとは。

 だが、俺とは違いエディカは「やっちまった」といったような顔をしている。ローネルに至っては両手で顔を覆ってシクシク泣いている。


「何だよ。感じ悪いぞ。新しい仲間に対してその態度は―」


 瞬間。


「っ! 痛え! なんだこれ⁉」


 俺の頭に激痛が走った。それと同時に頭の中に幾つもの映像が流れ込んでくる。幼稚園のころ大好きだった女の子のこと。学校で受けた授業のこと。友達とやっていた遊びのこと。昨日見たテレビアニメのこと。母親に内緒にしていること。楽しいこと、嫌なこと、様々な記憶が複雑に交錯する。

 が違う。どれもこれも俺の物ではない。誰か別の人間の記憶だ。何て表現すればいいかわからないが、誰かが俺の中に入ってきたような感じでとても変な気分だ。気持ち悪い。

 少しして頭痛が治まる。それにしてもさっきのは一体何が起こったっていうんだ?


「おいエディカ……」


 頭痛の原因を知ってるだろうエディカに声をかけようとすると、次の召喚のために再び石を並べていた。


「間髪入れずに召喚か……あれ?」


 さっきまでそこにハルト少年がいたのにいつの間にかいなくなっている。まあ大方トイレにでも行ってるのだろう。気にする必要もないか。

 気を取り直してエディカに質問をする。


「エディカ、さっき急に激しい頭痛がしたんだけど、何が原因か教えてくれないか?」

「あんた、それ知りたいの…?」

「そりゃ知りたいさ。教えるのはハルト少年が来てからでいいからさ」

「……よく聞きなさい。あたしがガチャを回し続けるためにもこの事は今後一切触れないで欲しいの」

「言ってる意味がわからないんだが」

「とにかくこの話はこれで終わり。次の召喚をするわよ」

「ローネル、おまえは何か知っているか?」

「さあ、どうでしょう?」

「なんだよ。二人してケチだな。にしても遅いな…」


 俺の疑問が解決されないままエディカは次の召喚にかかる。同じように魔力を魔法陣に流し込み、別の世界の住人を呼び出す。魔法陣から放たれる光は白。もしかしなくてもはずれってところか。


「チッ……」


 案の定舌打ちをするエディカ。もしかしてこいつリセマラの時もいちいち舌打ちしてたんじゃないんだろうか? きっとしていたに違いない。こいつあまり行儀良くなさそうだし。

そんなことを考えているうちに魔法陣からはバンダナを巻いたチャラそうな男が現れた。


「は? また男? ふざけんじゃないわよ!」

「うお⁉ なんすかこの女⁉ てかここどこっすか⁉」


 すかさず星眼鏡を通して男を見る。星二、俺と同じか。ちょっと嬉しい。


「まあ出てきた以上しょうがないですよ。あなた、お名前は?」

「うお‼ あんためちゃくちゃ美人すっね! 自分、いちの……」

「いってえ‼」


 再び頭に激しい痛みが走る。同様に知らない映像も流れてくる。もしかして召喚された人間が召喚に立ち会うと頭痛が起こるってルールでも存在するのか?

 ……なるほど。エディカはこれをすっかり忘れてたのか。俺がこのことを知ると召喚を阻止されるかもしれないと考えて教えてくれなかったと言うわけね。それだけなら俺が召喚に立ち会わなけばいいだけだから気にしなくていいのに。変な映像の方もまあ少し気持ち悪いけどすぐに忘れるし。


「いてて、やっと治った……今の男はどこ行ったんだ?」


 ハルト少年同様、男の姿がどこにも見あたらない。


「エディカ、やっぱり説明しとかないと……」

「そうね。流石に二回連続ともなるともうごまかしようもないしね」


 エディカはため息をつき、真剣な顔で説明を始めた。


「結論から言うとあの男は死んだわ」

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