第10話 犬も歩けば包丁に刺さる
害があるとはいえ犬を殺すのは抵抗がある。そう思っていた時期が俺にもありました。
「じゃあパパッと終わらせるわよ」
「パパッとって言われてもなあ……」
「これは予想外ですね……」
目的地についた俺たちが目にしたもの。それは指定された区域の至る所に犬がたむろしているという光景だった。それだけならまだ可愛らしく思えるだろ? でもな、それだけじゃないんだよ。数が多すぎて共食いもしているんだ。子供の頃トンボを二匹捕まえて共食いをさせる残酷な遊びを思い出したけど、あれは虫だからまだ見ることが出来るんだな。今、目の前で起こっている犬の共食いなんて直視できねーもん。というかさっきから一応犬って思うことにしてるけどさ……。
「なんだよこの生き物⁉」
そいつらは確かに犬の形をしていた。
ただし、それは頭部だけだ。四本の脚はその生首から直接不格好に生えている。しかもその脚はどうみても犬のそれじゃない。人間の手足だ。はっきり言ってキモい。キモいを通り越して気持ちが悪い。
考えてみてほしい。そんな気味の悪い手足付きの生首がお互いを喰い合っているんだ。正常な人間なら卒倒するに決まってる。俺も今すぐに気を失って街に帰りたいくらいだ。
「こいつらがそのヴェノケンよ」
「見りゃわかるよ! これ以外の生物がどこにも見当たらないからな‼」
「相変わらず可愛くない見た目ですよねえ」
「そうね。なんでこんなのが生きているのかしら」
これから俺たちが殺すわけだが。
「この数を全部駆除するとなると相当な時間がかかるわね……めんどくさい」
「でもさ、考えてみろよ。共食いするくらい増えてるなら少なくなるまで待っといて残った奴らを倒せば楽なんじゃないか?」
そこでローネルが困り顔で言う。
「そうもいかないんです。ヴェノケンは一匹一匹はそこまで強くないですが、共食いをすることによって体内の毒が強力になっていくんですよ」
え? 毒?
「それにヴェノケンの一番の好物は同胞の肉だから共食いすること自体は珍しくないのよね。食べるために産んでいるみたいなものだし」
「見た目だけじゃなくて生態もキモいなこいつら! てか毒ってなに⁉ 初耳なんだけど! お前そんなこと一言も言ってなかったよな⁉」
「じゃあ今言うわ。こいつらの牙には出血毒と神経毒が混ざったような良くわからない毒があるから気をつけて。多分死なないだろうけどもしかしたら死ぬかもしれないから。以上」
「毒の種類にしろ致死性にしろ
「エディカ、ハルトさん! 来ますよ!」
「くそ! 文句は後にしとくか‼」
背中に携えてた棒を構え、ヴェノケンと対峙する。犬だから結構動きが速いのかと思いきや、走りは結構苦手のようだ。赤ん坊がはいはいをするみたいに走っている。どこまでキモい生物なんだ。
「ガウッ‼」
一匹が勢いよく跳躍し、襲い掛かってくる。牙には毒があるんだよな。ならその牙に注意さえすれば問題ない。ヴェノケンの軌道を読み、向かってくる先に包丁を突き出しておく。ヴェノケンは自身の勢いを緩めることが出来ず、そのまま頭が包丁に突き刺さる。
「よし! まず一匹」
ヴェノケンは「キュウ」っと鳴きそのまま息を引き取る。うげ。鳴き声だけは可愛いから後味悪。
「えらいわ。後はその邪魔な四肢を切断するだけよ。必要なのは頭だけだから」
「頭持ってくの⁉」
「魔物の討伐は証拠としてその魔物の頭部を持っていくというのが決まりなんです」
「共食いで原型を留めてないのもあるけど当然それも持っていくわよ。少しでも報酬を増やすために」
「わかったよ! でも後でな!」
仲間が殺された怒りか、はたまたご馳走を横取りされた怒りか、おそらく後者だろうけどそれまで
「寄んじゃねえ化物‼」
「キャイン‼」
あまりのキモさゆえに包丁を抜くのを忘れてヴェノケンが刺さったまま他のヴェノケンを殴りつける。殴りつけたヴェノケンはそのまま気絶し、他のヴェノケンに捕食される。血も涙もありゃしねえ。
「ああ! 何してんのよ!」
「わざとじゃねーよ!」
「落ち着いてください。頭骨さえ残っていれば大丈夫です」
「そういえばそうだったわ」
「先に言って‼」
なんでいつも大事な情報を言わないの⁉ 後出ししないと死んじゃう病気にでもかかってるの⁉
「キャンキャン‼」
「っぶねえ!」
共食いを終えた個体がすかさず襲い掛かる。いつの間にか包丁が刺さっていたヴェノケンまできれいに平らげてしまったらしい。が、そのおかげで包丁での刺突攻撃が再び可能となる。
「喰らえ‼」
「キュウン‼」
今度は刺さりっぱなしにならないよう、抜き取りやすそうな眼を狙う。思ったように深くは刺さらなかったが、ヴェノケンは包丁がかすった右目を前脚で抑えている。視力を奪うのには成功したみたいだ。
「キュウウ……」
戦意を喪失しかけてる今がチャンス!
「早いけどとどめだ‼」
眼を抑えている脚を切断。そのまま残る三本の脚も切断。一丁あがり‼
「お前まで共食いされて他のの毒が強くなると厄介だ。少しあっち行ってろ‼」
「キャイン!」
頭だけとなったヴェノケンをサッカーの要領で指定区域から外に蹴り飛ばす。後で回収すればいいんだからな。
「ハルト! そこの手脚を思いっきり向こうに投げて‼」
「わかった‼」
エディカに言われるまま切断したばかりの手脚を思いっきり遠くへぶん投げる。感触が人間みたいで言うまでもなくキモい。
『キャンキャン‼』
『バウバウ!』
『へっへっ』
投げ飛ばされた四肢めがけて大量のヴェノケンが移動し始める。お前らはあれか。飼育員が投げた魚に群がるペンギンか。ただし投げられているエサは魚ではなく同胞の肉でそれを投げているのは飼育員ではなく殺しに来た人間だけど。
『ガツガツ‼ ガツガツ‼』
右腕を手に入れた個体が嬉しそう食事を始める。よし、その隙に……あれ?
「共食いしたら毒が増えるってわかってるのにこいつらにわざわざ肉をあげたら意味ないじゃん!」
そのためにさっき倒した奴の頭を蹴り飛ばしたのにその直後に四肢を投げるってバカか俺は⁉ 戦いに夢中になって言われるままに投げた俺も悪いけどさ‼
「あっ、共食いされて毒が増えるのは口の周辺の肉だけだから四肢は食べられても毒が増える心配はないわ。一応食用として売ってることもあるし」
「だから先にそれを言えよ‼ てか食うの⁉ あれ食うの⁉」
「見た目が人間のそれだから好んで食べる人はまずいないけどね…」
「だろうな‼」
いくら人間じゃないとはいえ、そんなもの食したら人としての何かを失うことになりかねない。
「それよりほら、チャンスよ」
「そうだった‼」
食事に夢中になっているヴェノケンを背後から串刺しにする。ヴェノケンは断末魔をあげることなく息絶える。
「そういえばローネルはどうしたんだ?」
「ローネルなら向こうにいるわよ」
エディカが指を指した方を見ると思わず自分の目を疑いたくなった。大量のヴェノケンが頭と四肢に綺麗に分けられてそれぞれが大きな山となっている。
「何があったんだ、あれ?」
「それ聞きたい? 聞きたい?」
ノリがうざい。でも気になるから教えてくれ。
「残念ながらあたしにもわかりません‼ 見て無かったから‼」
「おまえも串刺しにしてやろうか」
「やれるもんならやってみなさい。星二の分際で」
「何だと!」
しかしローネルのおかげでいつの間にか数が最初見た時の半分以下になっている。残ったヴェノケンを殺せばこの仕事も終わりだ。
「じゃ、後は頼んだわよ」
「は? お前はやらないつもりか?」
「何もしないわけじゃないわ。ヴェノケンを全部殺しても頭を持って帰らないといけないからあたしはその運搬に使う荷車を借りてくるの」
「わかったよ。とっとと借りてこい」
指定区域を後にし、エディカは民家のある方へ去って行った。残り半分か……俺もサボりたいけどそれじゃローネルに悪いし微力ながらヴェノケンを倒していくか。
「キュゥン……」
「ん?」
そう思った矢先、一匹のヴェノケンが俺の足元に近づいていた。
「うわぁ!」
噛まれると毒が回るため、二、三歩後ろに下がる。しかしそのヴェノケンは俺を襲い掛かるようなことはせず、ゆっくりと再び俺の足元にやってくる。
「キュウゥ……」
「もしかしてお前……」
よくみたらこのヴェノケン、他の個体よりも一回り程小さい。ヴェノケンの幼体なのだろうか。
「……」
恐る恐る頭を撫でてみる。
「キュウ……♪」
頭を撫でられてヴェノケンはとても気持ち良さそうな顔をする。尻尾まで振って、こうしてみると普通の犬と何ら変わらなくも思える。
「お前、俺たちが怖くないのか?」
「キャン‼」
ヴェノケンは俺の手をぺろぺろと舐める。敵意が無くても誤って噛まれたら大変なことになるから、舐められた手を離す。
「お前、大人しいんだな」
「キュウ!」
「それで他の奴と違ってやさしいんだな」
「キュウ!」
「わかった……じゃあ死にな‼」
「キュッ……⁉」
包丁を幼体に突き刺し、一撃で仕留める。おお、幼体だから成体と比べてとても肉が柔らかい。たやすく処分できた。
「媚びると生かしてくれると思ったか? 残念だったな。貴様らはその見た目を変えない限りどんなに人懐っこくなっても毒が無くなっても決して人間から好かれることは無いわ! 不快害獣が‼」
けどちょっと罪悪感。いくらキモくても大人しい奴だったからな。でも仕方ない。人間だって見た目が大事。イケメンだと何をやっても許され、不細工だといいことをしても大して評価されない世の中だ。キモい方が悪い。
「来世はまともな身体の生物に生まれることを願うんだな」
せめてもの情けだ。こいつの四肢を切断するのはやめといてやろう。俺はな。
「ローネル。これ頼む」
ローネルが作っているヴェノケンの山に幼体を放り投げ、次のヴェノケンを殺しにかかることにするか。
「キャンキャン‼」
「うるせえ‼」
俺からターゲットを選ぶのは面倒だから、とりあえず襲い掛かってくるのを片っ端から殺すか。さっきからその方法だけど。
「おら‼」
「ギャン‼」
「そおれ‼」
「アォン‼」
「もう一丁‼」
「ギャイン‼」
ハハハ、毒があるって聞いてから警戒してたけどなんてことは無かった。こいつら弱い。弱すぎる。血にまみれた切れ味の悪い包丁で簡単に死にやがる。
「割のいい仕事だというのは本当だったな‼」
ありがとうお姉さん‼ 帰ったらなにかささやかなお礼をしてあげないと! それになんだか楽しくなってきたぞ‼
「死ねえ!」
「キャウン‼」
この時の俺はいささか調子に乗りすぎていた。この直後に起こる不運が頭から抜け落ちていたんだ。
バツンと紐が限界を迎え包丁がその場に落ちる。
「あ……」
まずい。これはまずいぞ。
「ガルルルル……」
「あは……ははは……」
咄嗟に笑ってごまかし、包丁の回収を試みる。
「ガウッ‼」
包丁を取ろうとした手にヴェノケンが噛みつこうとする。すんでのところで残った棒で防いだものの、その棒までもが破壊されてしまった。
「ガウ」
「おい! 待て!」
もう一匹のヴェノケンが包丁を咥え、遠くへ去ってしまった。今の俺の状況を説明すると、
完全な丸腰。
残る武器は己の肉体のみ。さて、どうするか。
「……一時休戦しない?」
「……」
「……」
「……ガルルルル‼」
「やっぱダメか―‼」
一旦逃げて態勢を整えたいけど、周りに武器も無いからそんなことも出来ねーよ‼ しかもさっきより走りが速くなってるし‼ 終わるのか、俺の人生?
「ハルトさん‼ これを使ってください‼」
ローネルは丸腰の俺に向かって長い棒をみたいなものを投げる。逆光でなんなのかは分かりづらいけど、シルエットからしておそらくハンマーの類か。どこで入手したのか気になるところだが、ともあれ武器があればこっちのもんだ。
「サンキューローネル‼」
ローネルから武器を受け取り、いざ迎撃。ブォンと勢いよく振り下ろす。攻撃が当たってもいないのに血が盛大に飛び散る。よし、このヴェノケンの脚さえあればこいつらなんて……。
「これかよ‼ これ使うのかよ‼」
「古代では人間の大腿骨は強力な武器になっていたと聞きます‼」
「人間って言うな! これはヴェノケンだ‼」
くそ! だが丸腰であるよりかは幾分もマシか。このままじゃ持ちづらいし何より感触がキモい。肉を削ぎ落とす暇もないし、このまま戦うしかないか!
「どおぅりゃ!」
「キャッ⁉」
思いっきり頭に叩きつけるとドシャッと鈍い音を立ててヴェノケンが白目を向いて気絶する。マジか。結構使えるのかよ。
「その調子です‼ 残りは二十匹ですからもうひと踏ん張りです‼」
「もうそんなに減ったの⁉」
見るとローネルの作った山はさっきよりも二回りほど大きくなっている。この仕事、ローネル一人だけでやっても良かったんじゃないですかね……。
「これで終わりです‼」
「こっちも、ラスト‼」
『キャン‼』
ハァ、ハァ、終わった! 区域いっぱいにいた害獣共を全部倒したぞ! 俺が倒した個体数はローネルには遠く及ばないけど、無傷のまま終わらせることができただけ役には立ったと思いたい。
「ふう。久しぶりに疲れました。後はまだ四肢を切断していないヴェノケンの四肢を落とすだけです。それと残った四肢の処理ですね」
「四肢は放置するんじゃないのか?」
「何言ってるんですか。放置してると肉が腐敗して伝染病が流行る原因になります。そうならないようにしないといけません」
「なるほど。でもこんな大量の四肢、どうやって処分すればいいんだ? 燃やすにしても一週間以上はかかりそうだぞ」
「それでも地道に燃やす以外にはありません」
「ええ……」
わかったぞ。割が良いというのは対象の駆除のしやすさの方だけで、残った肉の処理は含まれてなかったというわけか。確かに嘘ではないが……やられた。
しかし引き受けた以上最後までやらないと報酬は支払われないだろうし……どうしたものか。
「ぜえ、ぜえ。ちょっと待ちなさい。燃やすなんてそんなもったいないことさせないわ」
いつのまにか荷車を持ったエディカが戻って来ていた。かなり息を切らしていて、服装も所々乱れている。顔には目立ってはいないものの軽い擦り傷があり、まるで逃げてる最中に転んだかのようだ。もしかしてこの荷車は盗んできたじゃないよな? でもなんで二台あるんだ? 多ければ往復する回数も減るけどさ。
「エディカ。戻ってきましたか」
「ただいま、ローネル」
「その荷車はどこから?」
「近所に住む農家から強だ―借りてきたわ」
予想的中。やっぱり盗品だった。
「それより、燃やさないならどうやって処分するんだよ?」
仮にこいつが土に埋めて処分をするというのなら、土の中で肉が腐敗する恐れがある。そうなると、伝染病を防ぐという目的を遂行することが出来ない。
しかしこいつは燃やすのを「もったいない」っと言った。となると、有効活用する方法がこいつにはあるというわけだ。仮にも前世は極東大生。俺のような凡人には思いつかない秘策があるのかもしれない。
「決まってるじゃない。売る」
「はい?」
「売る」
「そうか。売るのか。……売るの⁉」
ちょっと待ってくれ。聞き間違いだよな? 俺の耳がおかしくなってなければ売るって聞こえたんだけど⁉
「わかった! 熟成させる方の熟るか‼ でもそれじゃあ腐らせることになるからダメだな‼」
「ふざけてるの? 売りさばく方の売るよ」
「デスヨネー……」
ふざけてるのはどっちだ。売るといっても大体こんなどうみても人間みたいな形をした腕の肉、誰が欲しがるっていうんだ。
「ですがエディカ、ヴェノケンの肉は食用にはなりますがわざわざ好んで食べるような方はあまりいませんよ」
そういえばさっきエディカも言ってたな。まあ俺もそんなキモい肉絶対に食べようとは思わないけど。
「二人ともバカね。ほとんどの市場が未処理の腕のまま売っているからと言って、すぐに結論を出すのは早いわよ」
俺はここの市場なんて見たことないけどそんな市場絶対行きたくない。
「だからこれを使うの」
エディカは二台から三本包丁を取り出し、俺たちに渡す。
「そろそろあんたの包丁が無くなってる頃だと思って人数分用意しといたわ」
気が利くなあ! もっと早く帰ってきてほしかったけど!
「で、これでどうしろと?」
「よし! 早速肉を削ぐ作業にかかるわよ! 皮は見られると不味いから、ちゃんと捨てなさいね‼」
「なるほど! そのままで売るよりもなんの肉かわからない状態にして売るのですね! 流石ですエディカ!」
「人気のない魔物肉の中でも特に不評のヴェノケンの肉を買う人間なんて絶対いないから、羊肉と書いておけば確実に売れるでしょ」
「食品偽装はやめろ! 大問題だろそれ⁉」
「これがほんとの羊頭狗肉……いや羊頭人肉かしら」
「全然うまくないからな! むしろ字面がキモいわ!」
見た目はまんま人肉だけどさあ‼
「ふざけるのはここまでにして、作業に集中するわよ。どっかの男のつっこみもうるさくなってきたし」
「誰のせいだと思ってるんだ……」
その後、徹夜で肉を削ぎ続け、ヴェノケンの首を運び終えた頃には日付が二日ほど変わっていた。
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