第8話 剣が無ければ
「さあ、召喚も終わったことだし次に行くとするわよ。ほら、寝てないでさっさと起きなさい」
「誰のせいだと思ってるんだ……」
俺は頭を押さえながら床にうずくまっていた。
あの後さらに十二回召喚を行った結果、俺は十五突になっていた。ダブりとかトリプりとかそういうのを通り越したまさかの全カブりである。
引き弱なんてレベルじゃない。貧乏神に取り憑かれてるんじゃないのか。
おかげで頭が痛すぎる。敢えて言おう、頭痛が痛いと。
「まあまあ、あんたもその分強くなったんだから良いじゃない」
「俺にとっては確かに良かったかもしれないけどさ」
結局新しい仲間は手に入らずじまいだしローネルは怒っているのか泣いているのかよくわからない顔をしているし。
「もう、そんな過去にとらわれているようじゃ良い人生は送れないわよ?」
数十秒前のことすら反省できない奴は
「で? お次は何をするんだ?」
「そうね……。さっきの召喚がソシャゲで言うところのガチャのチュートリアルだとすると次はクエストのチュートリアルにしようかしら」
「それ順番逆じゃね?」
ソシャゲに例えるのはもう仕方ないとしよう。だが大抵のソシャゲは普通クエストのチュートリアルを終えてから初めてガチャを引けると思うんだけど。
「そんなことはどうでもいいのよ。それよりクエストについて説明するわ」
エディカはさっき使った俺のノートに何かを書き始めた。
「最初にクエストを受注……仕事の依頼を取るには所属している
「ふーん。そこまでめんどくさいわけではないんだな」
「依頼によっては現金の他にも生活必需品、極稀に現金以上の値打ち品が貰えるものもあるから、掲示板は欠かさずチェックすることね」
「現金以上の値打ち品だって?」
そんな依頼があるというのなら是非ともやってみたい。
「お? 食いついたわね。そういうのは嫌いじゃないわ」
エディカは嬉しそうにノートに次々と書き始める。前世の記憶があるおかげか、俺にもわかるように日本語で書いてくれているのが本当にありがたい。ノートには聞いたこともないような木の実と道具、それと薬などの名前が列挙される。
「おお……結構種類が多いんだな」
現金以上って言ってたから、てっきり金銀財宝のようなものを考えていたけど、どうやら違うみたいだ。
「現金以上の値打ちっていうのはあくまで依頼の難易度に対してってことだからね。ちょっと期待外れだったかもしれないのは謝るわ。こういった依頼は珍しい剣や盾などの武具、食べると身体能力が一時的に上がる果実とかが報酬なのが人気だけど、あたしたちがやる依頼はこれに限るわ」
「これ?」
エディカが指した箇所には他よりも大きな字で「廻魂石」と書かれていた。
「あー……あの石か」
「あの石よ」
俺をこの世界へ連れてきた元凶である廻魂石。やっぱり異世界から人一人を召喚する力があるだけあって、価値はとんでもないのだろう。店で買った時も結構な大金を支払っていたみたいだし。
「ふふ……普通に店で買うよりもすごい時には半分もお得なのよ…あったらやるって選択しか無いに決まってるじゃない!」
「でもめったに無いんだろ? それだったら普通に金が報酬のだけやってればいいような気もするんだけど」
「そうですよ。それにお金が貰えないと生活だってできませんし、当分召喚は控えましょう」
その通り。金が無ければなにもできない。住む場所も食べ物も服も手に入れるには文明社会では金の存在が絶対不可欠だ。それに金があれば情報などの形の無いものも購入できる。
「ローネルの言う通りだ。俺たちはこれからのことを考えるとなるべくたくさん金を稼ぐ必要がある」
「ええ、ガチャのためにもたくさん稼ぐ必要があるわ」
待てやコラ。
「話聞いてたか⁉ なんでそこでガチャが出てくるんだよ! 生活じゃないのかよ!」
「生活とか考えているうちは無課金の証よ。そんなんじゃこの世界で生き残れないわ。それにあたしは廃課金としてガチャを第一にして生きていくのが前世からの宿命なのよ。まあその結果餓死したんだけどね」
「もうお前の前世の話は聞き飽きたよ! ていうか死因餓死⁉」
「ガチャのやり過ぎでお金無かったからね」
「言わんこっちゃねえ!」
「そのおかげでこうして可愛い姿に生まれ変われたんだから今となっては良い思い出よ」
前世とはいえ死んだことをいい思い出とは言わないと思う。
「二人とも! とりあえず今はどのような依頼を受けるかを決めましょう。このままじゃいつまでたっても話が進みません」
「そうだった。ごめん」
ローネルの言うとおり、口論ばかりしていては何も始まらない。仕事を選り好みするのは十分な金を得てからでも遅くはないだろう。
「実際のところハルトさんはまだ武器を所持していないので候補としては戦闘を必要としないものが一番だと思いますが……やはり報酬が低いのがネックなんですよね……」
「武器か……」
戦功者というだけあり、依頼が戦闘を要するものの方が報酬が良いのは仕方がないことだ。だが、武闘家でもない俺が素手で戦うというのはあまりにも無理がありすぎる。いや、武闘家でも最低限の装備は必要なんだろうけど。とにかく持っている技術を生かすためには最低限剣が一本は必要になる。
「ローネル、その心配はないわ」
「どういうことですか?」
「こいつの武器ならすでに用意しているわよ」
なんだって? 俺が剣道をやってると言ってから二人とも俺の側を片時も離れてないのにいつの間に武器を調達したというんだ?
「剣、要するに必要なのは刃物ってことでしょ?」
「究極的に言えばそうだとは言えるが……」
「なら良かった。それならはい。これ」
「これは……!」
エディカに渡された刃物の柄は剣と呼ぶにはあまりにも短く、刃も同様にあまりにも太く短く不細工だった。しかし表面だけは水に濡れたように輝き、というか今まさに洗ったようで明らかに濡れている。なにより特筆すべきところは剣にならあるはずである鞘が無い。そう。これは……。
「包丁じゃねーかよ!」
こいつ馬鹿なの⁉ 確かに刃物と言えば刃物だけどこれでどうやって俺に戦えっていうの⁉
「エディカ、いくらなんでもそれでは心許ないのでは?」
よく言った! そうだよ! 包丁じゃ剣道の技が何一つ使えないんだよ! もっと言ってくれ! しかしエディカは自信を持った顔つきで言う。
「ハルト、よく聞きなさい。世の中には銃身に刃をくくりつけた銃剣というものがあるの」
「銃剣なら俺だって知ってるわ。今してるのは包丁の話だろ。今その話関係無いじゃねーかよ」
「大いに関係あるわ。その包丁をこうすると……」
エディカは包丁を手に取り、どこからか用意したのか先の割れた長い棒切れに結びつけていく。
「できた! こうすれば自在に振ったり突くことができるでしょ!」
「できるかあああぁぁぁ‼」
いい加減にしろよ! これじゃ一回攻撃しただけで包丁が落ちるに決まってるだろうが! というかこんなの使うくらいならその棒を武器にしたほうが幾分もマシだ!
「エディカ、あ、あなたという人は……」
そうだ! 言ってやれローネル! まともな武器が絶対に必要だってことを!
「天才ですか‼」
は?
「そうですよ! 私たちは文明社会に慣れすぎて大切なことを忘れていました。剣がなければ作ればいい」
ちょっと待ってくれ! お前まで何言ってるんだ⁉
「その通り。自給自足の精神無くては、その物のありがたみがわからないものよ」
「はい!」
「お、おい!」
いかん。話がまとまろうとしている。このままでは俺は銅の剣よりも頼りにならない武器を持って戦いに駆り出されるかもしれない。それだけは阻止しなければ。
「二人とも! 考え直してくれ! この槍だか銃剣? だかよくわからない武器のまま戦うよりも別の仕事をしてその金で武器を買ってから戦ったほうがやっぱり良いと思うんだけど!」
「あたしはとっとと報酬のいい仕事がしたいの。ガチャのために」
「心配なのはわかりますが、やってみなきゃわかりません!」
「やらなくても結果が目に見えてるんだが⁉」
「それに万が一先端の包丁が落ちたとしても残った棒で戦えばなんとかなります!」
それさっき俺が思ったことだしそうなったら本末転倒だと思う。
「二対一で決まりね。さっさと受付に行くわよ」
「ああ! 待って!」
とはいえ、決まってしまったものはしょうがない。最悪俺だけ一人でできる仕事をして二人と別行動って手もあるけど、この世界のことをまだわかってないからそれをするのは無謀にも程がある。だから当分はどんなことがあっても二人と一緒に行動をしなければいけないだろう。
泣く泣く二人の後を追い、組合に行くのであった。
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