第7話 身体<ガチャ

 チャラ男のラップのことで頭がいっぱいだったけど、確かにそうだ。俺自身の特技がわかっていないなんて、おかしな話だ。


「俺の特技か……なにかあったかな?」


 自分で言うのも悲しい話だが、俺はどこにでもいるぱっとしない平凡な大学生だ。胸を張って言える特技らしい特技なんてひとつも思い当たらない。


「一つ聞くけど、あんた小さいころからずっとやっていることとかって無いの? スポーツでも趣味でもなんでもいいけど」

「ああ、それならあるぞ。自己紹介でも言ったけど五歳の頃から一応今でも剣道をやっているぞ。そんなに強くはないけどな」


 言われてみればチャラ男の特技のラップだって趣味の産物だ。それを特技と言っていいのなら、俺の剣道だって立派な特技だと言えるんじゃないか?


「決まりね」

「ええ」


 エディカは俺に指を突き付けて言い放った。


「あんたの特技はおそらく剣術! 子供の頃からやっていたというのなら一応この世界では剣士として生きていけるだけの最低限の技術は備わっているはずよ」

「どっちかっていうと特技というか職業じゃないのか? それ」

「星二以上はだいたいみんな特技に合わせた職に就いてるからね」

「そうなのか」


 その理論だともしもチャラ男が俺とひとつになってなかったら奴はラッパーが職になったということだが。


「というか、剣道ずっとやってたってだけでちゃんと戦えるのか心配なんだけど」


 多少剣術に心得があるというのは事実だけど、俺は今まで竹刀しか振ってきていない。真剣なんて竹刀とは重さが比じゃないし、それ相応の鍛錬もしなきゃいけない気がする。


「最低限の技術は備わってるはずだから、後は実践あるのみよ。敵とどんどん戦って鍛えるのよ」

「剣術の才能は素材で上げてくれるか?」

「答えはノーよ」

「戦闘に役立つのは上げてくれるんじゃなかったか⁉」


 さっきと言っていることが全然違う! 話が二転三転してるじゃないか!


「エディカ、ハルトさん。この話はひとまずここら辺にしときませんか?」

「そうね。まだ三十回以上もガチャをしなきゃいけないんだから」


 俺のことなんて御構い無しにエディカはさっさっと三回めの召喚に取り掛かる。なんか釈然としないが、ここは素直に強い奴が仲間になることを祈ろう。頼むからまた俺と同じ名前の奴は呼ばないでください。


「いくわよ」


 エディカが魔法陣に魔力を注ぐ。魔法陣が放った光は白。相変わらずはずれか。


「チッ」


 当たり前のように舌打ちをするエディカ。残りの召喚でこいつはあと何回舌打ちをするんだろうか。


『ゴホッゴホッ、いったいなんなんだよぅ⁉』


 俺を除く三番目に召喚された人間が姿を表す。凶悪そうな顔とたくましい身体をしているその男は俺を含めて今まで出てきた男よりも強そうだった。魔法陣の色だとはずれだったけど今度こそはそこそこ当たりを引いたか?


「また男か……いい加減弱くてもいいから美少女出しなさいよ」

「エディカ、そんなこと言わない」


 男は当然ながら自分の置かれた状況をよくわかっていないみたいで、頭にクエスチョンマークを浮かべている。しばらくしてようやく事態を把握できたのかとんでもないことを言い放った。


「わかったぞぉ……ここはあの世だなぁ!」


 男はふひひと笑いながら高らかに両手を挙げる。


「やっぱりあれは夢じゃなかったんだぁ! オレはさっき死刑が執行されて今こうしてあの世に来たというわけかぁ!」

「し、死刑⁉」

「おいエディカ、おまえとんでもない奴呼び出しちゃったんじゃないか…?」

「知らない! ガチャはランダムなんだからあたしの責任じゃないわよ!」


 この男は死刑が執行されたと言っていた。つまり死刑執行の最中に召喚され、結果的にこの罪人の命を俺たちは助けてしまったということだ。男は俺たちの存在に気がついたのかニタァと邪悪な笑みを浮かべる。ヤバい。


「フヒヒ、女の子が二人も……それに一人はかなりオレ好みじゃないかよぅ」


 男はエディカに目をつけるとじわりじわりと距離を詰めていく。


「ちょっと! なんであたしなのよ! 普通襲うのはスタイル抜群のローネルの方でしょ⁉ ほら!」


 咄嗟にローネルの後ろに隠れるエディカ。怖いのはわかるがこいつどこまで自分勝手なんだ。


「フヒ、オレは嬢ちゃんみたいに貧相な身体をした女の子の方が大好きでなぁ」

「ひぃぃ! だったら尚更じゃない! メインディッシュは最後に食べてこそのメインディシュじゃない!」


 時間稼ぎに必死なっているエディカ。それにしてもこの死刑囚、ロリコンなのか。どんな罪で死刑になったのかすげー気になる。


「悪いがそれはできねぇ相談だなぁ。以前とっておいた女の子と楽しむ前に逮捕されちまったから、それ以降一番いいのは最初に楽しむべきだと実感したからよぅ」


 疑問解消。口では言えないがこいつ相当なクズ野郎だな。


「いやぁぁ‼」

「エディカ、離れてください。私まで動けません」

「ローネル守って‼ あたしより強いじゃない‼」

「わかりましたから離れてください」


 ローネルから離れ今度は俺の後ろに隠れるエディカ。まじか。


「あっ? 男はお呼びじゃないんだよぅ。帰れ帰れぇ」

「うるせえ。おまえが帰りな。それとこいつはともかく俺には指一本触れさせはしない」

「あんた殴るわよ?」

「にゃんだとおぅ? お前が帰れぇ?」


 男の額がピクピクと脈打つ。


「てめぇ、オレを怒らすとどうなるかわかってるかぁ?」


 ごめん、わかんないしわかる気もない。


「あなたの相手は私ですよ」


 いつの間にかロリコン野郎の背後に姿を現したローネル。そのままローネルはロリコン野郎の後頭部にどこから取り出したのか杖で思いっきり殴りつけた。しかし男は一切微動だにせず、そのままローネルの腕を掴んだ。


「いってぇなぁ」

「そんな! 衝撃増幅の魔術をかけて殴ったのに!」


 ローネルさん、魔法を使うのならそんなのじゃなくて遠距離から攻撃できる魔法を使った方が良かったんじゃ。


「今度は俺の番だぁ。そぉれぇ!」


 ロリコン野郎はローネルの腕を勢いよく持ち上げそのまま床に思いっきり叩きつける。


「っつぅ‼」

「ローネル‼」

「心配しないでください。衝撃緩和の魔法を咄嗟にかけましたので。それでもしばらくは動けそうにないですけど」

「こいつ、一体どれだけ強いんだよ……」


 星眼鏡を取り出し、ロリコン野郎の頭を見る。こいつの強さは…え?


「星二⁉」

「嘘⁉ 明らかに星四以上の力があるわよ、あいつ‼」

「おいおい、何言ってるか全然わかんねぇぞぉ」


 ロリコン野郎はローネルを部屋の片隅に投げ捨てると、拳をポキポキと音を鳴らした。


「さて、兄ちゃん、邪魔をするなら今度はお前の番だぁ」


 くそ…エディカのことはどうでもいいが来るなら来い! 殺人鬼相手はすげー怖いけどそれでもやる時はやるんだ! 俺って男は‼


「わかってる? あんたにあたしの操がかかってるのよ。殺す気でやりなさい」

「……」

「ちょっと! なんであたしから離れるのよ‼ なんであたしの肩をつかむのよ‼」

「おい変態。さっきから言ってるけど俺はこいつを守る気なんてないから煮るなり焼くなりどうぞご自由に――」

「来ないのかぁ? ならこっちからいくぜぇ」

「ちょっ、話を聞いて――」


 ロリコン野郎は構えると一瞬で俺との間合いを詰めてきた。ちょっと! こいつ見た目のわりにすげー速いんですけど‼


「ヒットォ♪」

「がはっ!」


 ロリコン野郎の強烈な一撃を腹に受ける。なんだこれ⁉ めちゃくちゃ重てえ。口から血を吐き出し、その場に倒れる。やばい。身体が全然動かせねえ。ていうか話を聞けよ馬鹿野郎‼


「ちょっと‼ 少しは持ちこたえなさいよ役立たず‼」

「う…るせえ…」

「なんだぁ? もぅ終わりかぁ? つまんねぇの。まぁいいかぁ」

「ひっ…」

「やっとお楽しみに入れるんだからなぁ♪」


 ふんふーんと鼻歌を歌いながらエディカに近づく変態。その足取りはまるで楽しみにしていた映画をやっと見に行く子供のような感じがした。


「やだ、来ないでよ‼」


 これからされるであろう恐怖からか、エディカは必死になって抵抗をしている。大切であるはずの石を変態に投げつけるも、全てことごとく躱されてしまっている。


「いいぞぉ……やっぱりこれくらい抵抗されなきゃぁ興奮できねぇよぉ」


 じゅるりと涎を垂らす変態。エディカは全ての石を投げつけてしまったらしく、もう反撃の手立てがない。


「エディカ! 魔法です! 魔法を使いなさい!」


 そういえばこいつも魔法が使えたんだったか。


「嫌よ! もし全力を出してこいつを倒せたとしても魔力切れで今日ガチャが回せなくなるじゃない!」


 明日回せ。


「エディカ! 冷静になりなさい! 貞操と召喚、どっちが大切かはハルトさんでもわかりますよ!」


 待てローネル。今俺を遠回しにバカにしなかった?


「あたしにとってはどっちも命と同じくらい大切なの‼ 甲乙つけられないわよ‼」


 甲乙どころか甲と丁ぐらい差があるだろ。前世おっさんとはいえ現世だと一応女なんだから守るべきものは守れ。


「茶番は終わりかぁ?」


 エディカの腕をつかむ変態。


「ひっ」

「安心しなぁ嬢ちゃん。優しくするからさぁ」

「ローネル、ハルト助けて!」

 

 諦めろ。見ての通り俺は動けないしローネルだってあのザマだ。恨むなら魔法を使わなかった自分を恨むんだな。


「ハルトォ…? さっきのあの女といいよくオレの名前を知ってるなぁ」


 ん? オレの名前? まさかこいつも…。いや、そんなことあるわけない。流石に四回連続は無いって……無いよな?


「なあ、お前のフルネームなんて言うんだ?」


 そんなことあるわけ無いと思いながらも俺は無意識のうちに変態に名前を聞いていた。


「オレの名前ぇ? いいだろぉ。冥土の土産に教えてやるよぉ。オレは一ノ瀬遥翔だぁ!」


 あっ……。


「……」

「……」

「……いってぇ‼」


 本日三回目の頭痛。俺たちの視界から変態は消え、俺の頭には変態の記憶がどっと流れ込んでくる。うげぇ……気持ち悪い。流石にこんな奴の記憶だけは同期したくねえ。

 記憶の同期が終わり変態の声が俺の脳に響く。


『にゃ、にゃんだこれぇ⁉』


 変態は自分の身に何が起きたのか理解ができずパニックに陥る。変態の疑問に皮肉交じりに答えてやる。


『諦めろ。お前はたった今判決が下されたんだ。地獄行きのな』

『じ、地獄ぅ⁉』


 変態は声がガタガタと震え、怯え始める。


『あの……それじゃ自分らも地獄行きってことになるんすけど』


 なんか聞こえたが気のせいだろう。


『ふざけるなぁ‼ 誰がぁ、誰が地獄に行ってやるかぁ‼ 出せぇ‼ ここから出せぇ‼』


 残念ながらそれはできないんだよ。エディカ達が知らないだろうことを俺が知るわけがないんだからな。


『あんた往生際がわるいっすよ、諦めて自分らと同じように一残留思念として生きるのを受け入れるっす』

『誰だおめぇ⁉ 嫌だぁ‼ 出せぇ‼ 出せぇ‼』

『……黙れ』

『ぐにゅう⁉』


 突如変態の意識が途絶える。どうやらチャラ男が何かしらの方法で黙らせたらしい。俺には残留思念の声しか聞こえないからどうやったかわからないが、感謝する。


『こいつのことは自分に任せてください。それじゃ、また今度』


 そう言い残しチャラ男の声もフェードアウトしていく。


「エディカ! 大丈夫でしたか⁉」

「ローネルぅ……」


 よほど恐ろしかったらしく、変態がいなくなるなりローネルの胸に飛び込むエディカ。顔があらゆる汁にまみれていて原型を留めていない。自分で美少女って言ってるんだから少しはそこら辺も気にしろよ。


「ひっく、でも今回ばかりは自分の引き弱に助けられたわ……あんな思い二度とごめんよ」

「エディカ、これに懲りたのならもう過度な召喚はやめましょう」


 大義名分を手に入れ、ここぞとばかりにエディカの説得に入るローネル。


「それは嫌」


 即答かい。


「何言ってるんですか! 自分の運をよく考えてください!」

「それはそれ、これはこれよ」

「で、ですが!」

「ローネル。あんたがなんと言おうと、これだけは譲れないわ。あたしにとってガチャは生きる目的、そのものだから」


 ローネルから離れ、エディカは先ほど変態に投げつけた石を集め始める。


「何してるの。見てないで手伝いなさい」


 仕方なく石を回収し、エディカに渡す。少しはローネルの気持ちもわかってやれよ。


「ひいふうみい……よし、全部あるわね」


 満足そうな顔をし、再び石を魔法陣に散りばめていくエディカ。別に俺はなんでもいいんだけどさ、今度はさっきみたいな変態が出ても助かる保証は無いというのを覚えておけ。


「よし、残り全部の石、全部消費するわよ! 出てこい!」

「いってえええ‼」


 その後、全ての石と俺がどうなったのかは言うまでもない。

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