第25話 スタートダッシュはほどほどで


 正午を二時間ほど過ぎた頃。

 俺たちは今回の討伐対象の根城である辺境の森の中にいた。現在エディカによる作戦行動中であり、俺は樹の陰で身を潜めている。

 エディカの作戦はズバリ奇襲戦法。

 三人がお互いを視認できる距離で別々のポイントに待機し、敵が近づいてくるのを待つ。隙を伺って一斉に攻撃を仕掛け一気に討ち取るというわけだ。

 ありきたりな作戦だが、この広い森の中を闇雲に探すよりは遥かに効率が良い。問題は対象が来なかったらどうするかだが、エディカはそこんところはちゃんとしているようで、ゾンビが好む日当たりが悪く湿度の高いところで待ち伏せている。こうなればあとはひたすら待つのみだ。

 エディカ曰くゾンビは比較的群れを成して行動する習性があるから一匹見たら三匹は狩れるものと思っていいそうだ。そこは三十匹いろよ。


「お、来たか?」


 物音がしたからそっと樹の陰から覗いてみる。暗くてよく見えないが人影が一つこちらに向かって歩いてきてるのがわかる。……この位置だと俺の方が攻撃を仕掛けやすいな。トレンチナイフを一本抜き順手に持つ。あと二、三歩進んでくれれば攻撃可能圏内だ。一、二……よし!


「くたばれやああああ!」


 勢いよく飛びかかりナイフを突き出す。あ、やべ。弱点どこか聞いてなかった。めった刺しにすればどうにかなるだろ。


「うわあああ⁉」


 ゾンビは俺の襲撃に驚き悲鳴を上げ…ってゾンビじゃない⁉ 俺たちと同じ戦功者のおっさんか!

 咄嗟にスピードを落とし、すんでのところで攻撃を中止する。


「ぶべっ!」


 勢い余って地面と熱い接吻をかましてしまった。でも間違って他人を攻撃することだけは回避することは出来た。


「お、おい兄ちゃん大丈夫か?」


 攻撃されかけたというのに心配してくれるなんてなんて優しいおっさんなんだろう。あのクソ女とは大違いだ。


「あ、ああ俺は平気だ。それよりも悪かったな。おっさんのことゾンビと間違って攻撃しそうになって」

「なあに、気にすんな。こう暗い森で討伐対象が人型とくりゃあ間違われることなんてしょっちゅうよ」

「よくあることなのか?」

「まあな。二十年以上この稼業を続けてりゃあ色々経験してるさ。それより兄ちゃん仲間はいないのか?」

「いや、仲間は近くで隠れている。ゾンビが来そうなところに当たりをつけて一気に襲い掛かる作戦なんだ」

「そうか、仲間がいるならいい。この森の中で一人は何かと危険だからな。俺はさっき仲間とはぐれちまってよ、今探しながらこうして討伐してるってわけさ」


 おっさんはそう言って俺に何かを見せつける。それは二つのゾンビの頭だった。


「俺くらいになると一人でもこの程度なら楽勝よ。っとそろそろ行かねえと。じゃあな兄ちゃん。お互い頑張ろうぜ!」

「ああ、そっちも気をつけてな」


 さて気を取り戻して「燃えなさい!」「ぎゃあ⁉ なんだ姉ちゃん⁉ 俺はゾンビじゃ――」「どうでもいいのよそんなこと! ほらその持ってるもの寄こしなさい!」「や、やめ――」「しばらく眠っててください」「むぐう⁉」ん? なんだ?

 振り向くとエディカとローネルがおっさんをふん縛っていた――って!


「お前ら何やってんの⁉」

「作戦通り隙を突いて攻撃しただけど?」

「そのおっさんはゾンビじゃねえよ! 間違えてどうするんだよ! おっさんガッツリ気絶しているぞ!」


 しかも何ヶ所か酷い火傷跡がある。幾らなんでも酷すぎる。俺もさっき間違えかけたけどさ!


「この男がゾンビじゃないってことくらい攻撃する前から知ってたわよ」

「はあ⁉ じゃあどうして攻撃したんだよ!」

「どうしても何もあたしは最初から一言もゾンビだけを討伐するなんて言ってないわよ」


 ん? どういうことだ?


「はあ、馬鹿なあんたに教えてあげる。ただゾンビを狩るだけよりも、ゾンビを討伐して疲弊した他の戦功者も襲った方が効率的に頭を集めることが出来るでしょ?」

「それって俗に言うハイエナ行為じゃねえか!」

「それも立派な作戦よ。それとハイエナは自分で狩りをしないじゃない。あたしたちは一応狩りはしてるんだから一緒にしないでほしいわ」


 へ、屁理屈だ……!


「ローネル! お前はなんとも思わないのかよ!」

「すみませんハルトさん。私も確かに良心が痛みましたが、それでもこうするしかなかったんです」

「な、どうして……」

「私はどうしても入賞して大金を手に入れたいんです……!」


 なんてことだ。金の魔力とは恐ろしい。


「ほら、ぼさっとしないでこの男の身ぐるみ剥ぐのを手伝いなさい」

「頭を奪うのだけじゃ飽き足らず持ち物まで奪うのか⁉ どこまで性根が腐っているんだ!」

「やらないなら別にいいわよ。でもこれだけは忘れないで。あたしのチームにいる以上あんたも立派な共犯だからね」

「畜生、やればいいんだろ!」


 ああ、ごめんよおっさん。せめてゾンビに襲われても抵抗できるように武器だけはそのままにしておくから許してくれ。


「それじゃあこの調子でどんどん狩っていくわよ!」

「はい!」

「もうどうにでもなりやがれ!」


 こうなったら俺も腹を括ってやる! ゾンビも人も関係ねえ! 俺はどっちも倒しまくってやらあ!


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