第3話 チュートリアル3

 まずはスマホで地図を出し、現在地を確認、それで近くの駅まで行けば後は大丈夫だ。早速地図を出すが、スマホには何も表示されなかった。よく見ると圏外になっている。


「ありゃりゃ。しばらく歩いて電波を探すよりそこら辺の人に聞くか」


 とりあえず辺りを見回すと、それなりに人がたくさんいる。さっきの女たちのようにコスプレをしている人も何人かいるけど、まともな人もちゃんといる。よし、あのおっさんに聞いて見るか。


「あの、すみません」

「お? どうしたにいちゃん!」

「ここはなんていう街なんですか?」

「そんなことか。ここはアコーティンっていう街だ」

「聞いたことないな……」


 そもそも日本でのカタカナのついた地名は俺は南アルプス市しか知らない。他にもあったのか?


「もしかしてにいちゃん旅人か? そんな風には見えないが」

「いえ、違います。それより教えてくれてありがとうございます」

「いいってことよ。何かあったら街の人間にいろいろ聞くといい。この街の住民はみんな親切だからな」


 おっさんと別れ改めて街を見渡してみる。よく見ると西洋風の建物が多い。というか明らかに日本の街並みじゃない。念のため他の人にもこの街の名前を聞いてみよう。


「あの、この街の名前は……」

「アコーティンよ」

「すみません、この街は……」

「アコーティン」

「あの……」

「アコーティンっていうんだよ!」


 誰も嘘をついている様には見えない。だんだん俺の今置かれている状況が理解できたぞ。わかったこと。それは……

「ここは日本じゃない……‼」


 確かに街の人たちみんな日本人のような顔をしてない人たちばかりだし、看板の文字も見たことない文字。どこなんだここは⁉

 おっと、冷静になろう。確かにここは日本じゃないかも知れないがまだ確証は無い。その理由としてはみんな日本語を話しているからだ。だからこれはテレビとかの一般人を対象のドッキリかもしれない。今に【ドッキリ大成功!】と書かれた立て看板を持つスタッフが来るかも知れない。

 慌てたふりして最初の建物に戻ってみよう。そんなに遠くに移動しなかったから建物はすぐ近くだ。ちょっと小走りをして息を切らせたほうがそれっぽくなるな。下準備を終えて俺は建物に入り叫ぶ。


「おい! どういうことだよ! スマホも圏外だし言葉も読めねえし!」

「あら、意外と早く帰ってきましたね」

「だから言ったじゃない。あんたは帰ることができないって」


 あれ? ここでスタッフが出てくるんじゃないの? まだ驚き方が足りないというのか。よし。

「そんな…嘘だろ⁉」

 ボロボロと涙を零し床に膝をつける。我ながら中々の演技だ。流石にテレビ局もここまでは求めていないだろうけど。


「あらあら。エディカ、この人泣いちゃいましたよ」

「うわ…キモ…」


 少しは慰めるなりリアクションを取れよ。優雅に紅茶飲んでるんじゃねーよ。てかここまでやってもスタッフ出てこないの? それならもうネタバレをこっちから催促してやる。


「おい! ドッキリってのはもうわかってるんだよ! とっとと出てこいよスタッフ!」

「スタッフ? 杖のことですか? もしかしてあなたは魔術士なのでしょうか?」

「とぼけるな! 早くこんなテレビ終わらせて俺を家に帰せ!」

「ローネル。こいつが言っているスタッフはお手伝いさんみたいなもののことよ。それとこの世界にはテレビは無いわ」

「だからとぼけるなと…」

「よく聞いて」


 胸ぐらを掴まれる。ちょっと! 顔が近いって! 思わず目をそらしてしまう。


「冗談じゃなくてあんたは元いた世界からこっちの世界にやってきた。あんたは異世界に召喚されたの」

俺が異世界に召喚? 最近流行りのゲームか何かか?

「すぐに信じられないのはわかる。突然常識が通用しないところにきたらあたしだって戸惑うわ。でもこれを見るとこの世界があんたのいた世界じゃないってことが分かるから」


 エディカは懐からナイフ取り出した。改めて見るとこいつ魔法使いみたいな格好をしているな。なのになんでナイフ?


「よく見てて」


 エディカはそのナイフを俺に向けて―ってちょっと待った!


「安心して。痛いのは最初だけだから」

「待て、待て! 離せ!」

「うるさい!」

「いやぁぁぁ!」


 グサッと俺の肩に深々とナイフが刺さる。痛い! 冗談抜きで痛い! 痛さに耐え切れずに思わずエディカを突き飛ばす。


「…っつう‼」


 信じられないくらいの痛みを身体が感じる。ナイフを無意識の内に抜いていたため、出血量も半端じゃない。


「大袈裟ね。死にはしないわよ」

「誰のせいでこうなったと思っているんだ⁉」

「うるさいわね。いいから見てなさいよ。この世界があんたのいた世界と明らかに違うって。ローネル、お願い」

「分かりました」


 ローネルと呼ばれていた女は何かをブツブツと呟くと、十秒くらいしてから俺の方に手をかざした。

すると、その手からサラサラとした光のようなものが出てくる。その光はゆっくりと俺の傷口を覆い、さっきまであった尋常じゃないくらい痛みが急に和らいだ。いや、和らいだどころじゃない。痛みが綺麗さっぱりに消えた。


「まさか…!」


 服を脱ぎ貫かれた肩を確かめる。出血は完全に止まり、傷口は跡形もなく塞がっている。ありえねえ!


「あんたの世界にはなかったでしょ。魔法」

「ほ、本当に魔法なのか…?」

「ええ。正真正銘、本物の魔法よ」

「まじかよ…」


 俺は「もしかしてこれは夢で起きたら全て忘れるかも」なんて思おうとした。だが痛みも夢にしては出来すぎているためそう思い込み自分を騙すことは不可能だった。諦めた。これはまごうことなき「現実」だ。


「やっと理解したようね。最初に言った通り、あんたはあたし達の仲間にならないとこの右も左もわからない世界では生きていくことができないわ」

「街の外にある森には凶悪な魔物さんたちが増えてきてるそうですしねえ」


 こいつらの言う通り、この世界のことは何一つわからない。文字だって読めないしこの世界の金も持ってない。常識も一切わからない。元の世界に帰るため今できる選択肢は一つしかない。


「最後に一回だけ訊くわよ? あたし達の仲間になる? ならない?」

「……よろしくお願いします」


 一ノ瀬遥翔・十九歳。留年の覚悟は出来ました。

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