第4話 自己紹介

「じゃあ、改めて自己紹介といきましょうか」

「ああ、そうだな。でもその前に一つだけ言わせてくれ」

「何よ?」


 テーブルを挟む様にして、俺達三人は向かい合って座っていた。それはいいんだが……


「どうして俺は床の上に正座させられているんだ!」


 向こう二人は座り心地の良さそうなソファに座りながら紅茶を嗜んでいる。一方俺は硬くて冷たい石の床。座布団すら用意して貰ってない。


「そんなの簡単よ。もともとこの席は二つの椅子が向かい合う様に置かれてたの。それを移動させただけよ」

「そうかい。この際俺に席が無い事は良しとしよう。でも正座するのもお前らを見上げるのも結構キツイから立たせて貰うぞ」

「好きにしなさい」


 よっこらせと腰を持ち上げる。若干膝がヒリヒリする。


「じゃあまずローネルからね」

「わかりました」


 ローネルはすっと立ち上がる。


「私はローネル・スノーマンと言います。ランクは星四で先ほどやったように回復魔法が得意です。他には補助魔法が得意です。よろしくお願いしますね」


 そう言ってローネルはチョコンと頭を下げる。


「はい、じゃあ次はあんたね」

「俺? お前じゃなくて?」

「あたしが最後にやった方が何かと説明が楽なのよ」

「まあそう言うのなら」


 コホンと軽く咳払いをして声を整える。


「えーと、俺は一ノ瀬遥翔。日本の東京から来た大学生だ。特技というか剣道ならそこそこ得意だ。あと少しは運動神経が良いと思う。まあよろしく頼むぜ」

「フツー過ぎて面白くないわね」

「当たり障りのない自己紹介ですねえ」


 余計なお世話だ。


「最後はあたしね。あたしはエディカ・アデクタ。あんたを召喚した張本人よ。焔魔法が専門でランクは星三。ちなみに趣味はガチャ課金。それじゃあ何か質問ある?」

「ああ」


 幾つかな。


「なに? あたしの好みのタイプが知りたいの? 幼若娘女ようにゃくにゃんにょ問わず可愛ければ大体いけるわ」

「そういう定番のボケはいらないからな?」


 しかもそれ若い女限定じゃねーか。


「はいはい、わかったわよ。それで質問は?」


 エディカは投げやりな感じで催促する。


「質問は三つだ。まず一つ目。お前らが言ってた星ってなんの事だ?」


 さっきこいつらは自分たちの事を星四だの星三だの言っていた。何となく想像はつくが聞いておくに越した事はない。


「ああ、それね。個人の強さや能力のランクを表してるのよ。あんたにわかりやすく言うなら…さっき大学生って言ってたわね。大学名は?」

壬申じんしん大学だ」

「うわ、あの名前だけは立派な大したこともない中堅大学じゃない。あんた学歴も微妙なのね」

「うるせえな! 大した事もない大学だってのは壬申大生の誰もが思ってることだ!」

「まあどうでもいいけど。あんたの学歴を聞いたことであたしはあんたのレベルがある程度分かったでしょ? 星もこれと同じよ。ちなみに星のランクは一が最低で最大が五よ。基本的にはね」

 

 なるほど。癪にさわったが実に分かりやすい説明だ。


「ちなみにあんたは星二よ。この三人の中じゃ一番弱いってことね」

 

そうだろうな。俺魔法とか使えないし。だから俺のことはずれ扱いしたのか。納得するけど釈然としねえ。


「お前が俺をはずれ扱いした理由はわかった。でもどうやって俺の星の数は決まったんだ?」

「あんたを召喚したときに出てくる光の色で大体の星の数は分かるわ。実のところ正確な星の数はまだ調べてないから分からないけど、少なくとも星三以上ではないことは確かよ。あと、星の数は個人の持つ能力が大雑把に数値化されたものだからこの世界に召喚される段階ですでに決められてるわ」

「ランダムとかじゃないのか」

「あんたは教師の気まぐれで成績付けられたい? 本来A評価のところがDになったりとか」

「良くなるのは大いに構わねえけど悪くなるのは願い下げだ。それなら公平に評価して欲しい」

「そういうこと。他に質問は?」

「ああ、それじゃ二つ目だ」


 これはどうしても聞きたい。いや、聞いておかなくちゃならない。


「お前さっきからチョコチョコと俺の世界の単語出してるけど何者なんだよ⁉」


 エディカに指を突きつけ俺は大声で言った。だっておかしいだろ! 普通に流してたけどこいつテレビだのガチャ課金だのなんかこの世界に似つかわしくないこと言ってるもん! それに加えて俺の大学の名前どころかレベルまで知ってるし!


「それはあたしに前世の記憶があるからよ。ちなみに前世はあんたと同じ日本人」

 

 前世の記憶……?


「それってあれか?俗に言う転生ってやつか?」

「その通りよ」

 

 転生か…。信じられねーけど現に魔法とかがあったりする世界だ。嘘を言ってるとは思えない。

 ポカンとしている俺をよそにエディカは続ける。


「ちなみに転生は別に特別なものじゃないわよ。この国、というよりこの世界では仏教で言うところの輪廻転生の考えに似た思想が強く根強いているわ。基本的に全ての生物は何かの生まれ変わりであり、死後も魂は別の生き物に転生する。それがどの世界のどの場所で何になるかは分からないけど、魂が死ぬことは決してないというものね。それと普通は前世の記憶を持った人間は存在しないわ」

「じゃあなんでお前にはあるんだよ?」

「買ったのよ。金で」

「買った?」


 記憶を? 金で? そんなことができるもんなのか? 普通こういうのって生まれ変わった時から記憶があるものじゃないのか?


「ええ、買ったのよ。正確には前世の記憶を復活させる薬をね。物語とかで前世の記憶を保持したままスタートとかあるけどあんなのあり得ないから。大体赤ん坊の頃からある程度の知識があったら学習に障害が出来るわよ。前提知識が邪魔するからね」

「あり得ないって言われてもな……。俺にとってはこの世界自体があり得ねえんだが」

「地球でもそうだったように、どんなに不可能と言われたことが可能になっても絶対に無理なことってのがあるのよ。この世界では生まれた瞬間からの前世の記憶の持ち越しがそれに該当するだけよ」


 うーん。良くわからねーけどそういうもんだと思っておくか。深く考えても面倒なだけだし。


「ちなみにあたしの前世は極東きょくとう大を卒業したエリート商社マンよ」

「極東大って日本一の国立大学じゃないか!てか商社マンってお前の前世男かよお⁉」

「ええそうよ。あんたの学力じゃ背伸びしたって入れない大学を卒業したおっさんよ。まあ今は美少女だけど」

「自分で美少女って言うのかよ」


 まあ実際美少女なんだが。しかし前世が男だとはな…。


「あんた何美少女のアバターを使っているおっさんを見るような目をしてるのよ」


 例えが的確過ぎる。こいつネカマ経験があるんじゃねーか?


「言っておくけど前世の性別と現世の性別が違うなんてザラだからね。あたしはたまたま美少女に転性、もとい転生しただけだから」

「つまらん上にわかりにくい駄洒落だな。まんまおっさんじゃねーか」

「はあ? 確かにあたしは自分で自分の前世をおっさんって言ったけど…やっぱり訂正するわ」


 俺の言葉にエディカはムカッとしたようで、語気を強めて反論してきた。


「おっさんって言っても死んだのは二十九歳だからギリギリお兄さんよ!」


 ギリギリと入っている時点で世間はそいつをおっさんと言う。


「はいはい、二人ともそこまでですよ。他に話すことがあるでしょう? エディカの身の上話はまた今度しましょう」

「むう…。あたしの事がどうでも良さそうなのは納得いかないけど確かにそうね」


 口を尖らせるエディカをローネルがなだめる。


「それで最後の質問は?」

 

 ブスーッとしながらエディカは言う。


「悪い悪い。俺もちょっと言い過ぎた。最後の質問はどうして俺を召喚したんだ?」


 俺のポテンシャルが低いことはわかった。だがそれでもこの世界に呼び出されたのには何らかの理由があるはずだ。もしかして俺には誰も知らない隠れた能力があったりするのでは……?


「別に理由なんて無いわよ。リセマラに失敗した結果あんたが出てきた。それだけ」


 ……は? リセマラ?


「リセマラってソーシャルゲームとかのあのリセマラか?」

「あのリセマラよ」

 

 リセットマラソン、通称リセマラ。スマホのソーシャルゲームでは初回ダウンロード時に限り通常有料の課金ガチャが一回だけ無料で引ける。これを利用したのがリセマラだ。最高レアリティのキャラが出るまで何度もインストールとアンインストールを繰り返し、目当てのキャラが出たらゲームをスタートするのだ。ゲームによってはリセマラできないもの最近は有るらしいが。


「……って俺はゲームのキャラ扱いかよ⁉ あとリセマラってことは今までも召喚したんだよな⁉ そいつらどうなったんだよ!」

「あーもう、うるさいわね。ローネル、説明してあげて」

「そうですねえ。とは言ってもまず私は”りせまら”が何なのかわからないのですけど」

「あたしが今まで召喚するたびにやってたことよ」

「ああ、あれのことですか…」


 ローネルはため息をつき、説明する。


「まずこの世界で召喚を行うのはほとんどが戦功者せんくしゃです」

「戦功者?」

「はい。組合に所属し、人からの依頼により戦いで功を得て生活する人達のことです。依頼によっては戦い以外にも雑用などの色々なこともするので、フリーの何でも屋といったところでしょうか」

 

 へえ、要するに登録制の派遣バイトみたいなもんか。


「依頼の多くは二人以上でこなさなきゃいけない物ばかりです。一人でこなせる依頼も一応有るのですが、内容に対して報酬が少なく割に合わない物がほとんどです。でも、依頼のたびに仲間を募るのは非効率的ですし、報酬の取り分で揉めることもあります。そこで行われるのが召喚です。異なる世界から右も左もわからない人を呼び出せば便利な奴隷…もとい、召使いの出来上がりです」

「今の言い直す意味あったか?」

「異世界人に人権はありませんので。この召喚は通常は有料なんですが、組合登録時に限り一回だけ無料で召喚させてくれるんです。この際最低でも星二の方が呼び出されます」

 

 初回無料とは。話だけ聞いてるとまんまソシャゲのチュートリアルだ。


「エディカはそれを利用して偽名で何回も登録をして召喚を行いました」

「なるほど、それがリアルリセマラの正体か」

「ちなみにハルトさんが召喚されるまでエディカは星一と星二を合わせて一万体以上、星五を三体召喚しました。で、も召喚回数はもしかしたら十万は超えてるかもしれません。一万を超えたあたりから数えるのをやめましたから」

「頑張りすぎだろ!」


 というか何で最低レアリティが星二のガチャでどうしてそれよりもランクの低い星一が大量に出てるんだよ! 引き弱ってレベルじゃねーぞ!


「それとハルトさんが最後の召喚になった理由はエディカの不正が組合にばれたからです」

「しかもリセット出来て無い!」

「何言ってるのよ。リセマラってのはアカウントは残るものなのよ?」

「そうかもしれないけどさ!」

「本当はその最後の召喚どころか組合を追放処分されるところだったんですけど、エディカの必死の土下座のおかげで次に召喚された者を必ず仲間にすることを条件に許してもらえました」


 土下座ごときで罪軽くなりすぎだろ!


「あれ? でも何体かは星五が出たんだろ? だったらその時点でやめておけば良かったじゃねえか」

 

 強い奴が出たのであればわざわざリセマラを続ける理由など普通は無い。


「その星五も含めて召喚されたのが全てあまりにもおぞましい姿をしてましてね」

「生理的に無理だから全部捨てたわ」

「捨てた⁉ 傲慢な女だとは薄々感じていたが、自分勝手にも程があるだろ! 召喚したんだったら最後まで責任持てよ!」

「実物を見てないからそういうこと言えるのよ! それに見た目だけじゃなくて臭いも酷いのよ⁉ ああやだ、思い出しただけで寒気がしてきたわ…」

「全くですよ。私もあの姿を想像するだけで吐き気が催してきます」


 二人とも顔を青ざめて口を押さえている。そんなに酷いのかよ…。逆に怖いもの見たさで気になってくる。


「あーもうとにかくこの話終わり! もう質問は無いわよね⁉」

「お、おう。今はな」

「よし! じゃあ次の話行くわよ!」


 エディカの勢いに気圧されてしまった。若干腑に落ちないがここは大人しく次の話題に移った方が良さそうだ。


「と言っても、後は話すよりも実際に見た方が早いわね。とりあえず街に行きましょうか」

「それは構わねえがどこに行くんだ?」

「そうねえ、どこにしようかしら…」


 エディカは頬に手を添え目を閉じる。そのままの姿勢で佇むこと数秒。


「まずは買い物でもしましょうか」

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