第39話 貴族の館へ

 大規模討伐から一週間。


「それでは、今回もこちらのヴェノケン討伐でよろしいですね?」

「よろしくねえよ!」


 俺は特に変わりもない生活を送っていた。毎日毎日組合と宿をひたすら往復。嫌になっちゃうよ。それに貰える仕事も大体ヴェノケン討伐。


「そもそも『よろしい"ですね"』ってなんだよ! 確定事項かよ! そこは『よろしい"ですか"』にしとけ! アレか! 派遣バイト特有の同じところに行かせ続けるアレか⁉ ︎てか討伐依頼にしても他に魔物いないのかよ!」

「ハルト様、静かにしてください」

「あ、はい」


 思わずデカい声を出してしまった。他の戦功者の視線が集まってやがる。見るな! 俺のことを見るんじゃねえ!


「それにしても他の仕事をしてやりたいとは……こちらとしては善意で斡旋してたのですが」

「確かに賃金は良いかもしれないけど……」


 その後の処理とか考えるといかんせん割りに合わない。


「いえ、報酬もそうですが他にも理由があります」


 え? 他の理由?


「なんでもハルト様はヴェノケンの肉が大好物でよく食べるんだとか」

「好きでもなんでもないからな⁉︎ 弁当代を貰ってないから仕方なく食ってるだけだ! 誰だそんな噂流した奴は!」


 俺に集まってた大量の視線が一瞬で外される。お前ら全員かよ!


「ハルトー、決まったー?」


 俺の背後から背伸び気味で受け付けを覗く少女が一人。彼女の名はセツナ。大規模討伐の報酬として俺たちの新たな仲間になった獣人の少女だ。


「ええ〜、今日もこの仕事なの? それだったら今日はお休みでも良いんじゃないかなあ?」


 セツナはあからさまに不満の声を上げる。


「俺だってこんな仕事やりたくないし休みたい。でも、休んだら今日の飯は抜きだ。働かざるもの食うべからずってやつだな」


 飯抜きという言葉に反応したのかセツナの耳がピクッと動く。


「ご飯抜き……それだけは絶対に嫌だな……」

「だろ? だったらお前も文句を言うな。他の仕事にさせてもらうからもう少しだけ待ってろ」

「わかったよ」


 よしよし、セツナは聞き分けが良くてお利口だな。どっかのガチャ廃人とは大違いだ。


「で、お姉さん。他の仕事ある?この際賃金は多少低くても良いからさ。でも、できれば食事が出るところで」


 俺はふたたびお姉さんに向き合う。


「あなたも結構面倒ですね……。雑用でよろしければたくさんありますがよろしいでしょうか。食事が付くかどうかは置いておいて」

「それだ! それでいいから!」

「それではこちらの中からお好きな依頼を選んでください。雑用と言っても色々ありますから」


 お姉さんは俺に仕事の一覧表を渡す。どっからどう見ても求人誌だこれ。


「うーん、どれにしようかな……」


 星眼鏡の翻訳機能を使いながら一覧表を見る。確かに、一口に雑用と言ってもたくさんあるな。賃金は低くても良いって言ったけど、選べる以上なるべく給料が良いのにしたい。あとそれでいて楽なの。


「それにしてもハルト様は大変ですね。主人があのような人間では」


 仕事を探している俺に対してお姉さんが同情の言葉をかけてくる。


「まったくだよ。あの女、人が稼いだ金を全部召喚に使いやがって。俺この世界に来てまだそんな経ってないのにもう七十九突したし」

「それは本当にお気の毒で……」


 お姉さんの目が同情から哀れみのものに変わる。


「それにあいつ俺たちが働いているっていうのに自分は何かとつけて『用事だから』とかぬかしてどっか行くし」

「あの女に来られても困るのでこちらとしては嬉しいですけどね。そういえば、今日はもう一人のお連れ様いないみたいですね」


 お姉さんが辺りを見回す。ああ、ローネルのことか。


「ローネルならエディカを拷も……説教しているよ。朝っぱらから召喚しに行こうとしてたから」


 確か宿にある井戸の縄に桶の代わりとして逆さに括り付けられていたな。大丈夫なのだろうか、衛生的に。汚れたりしたら大変だ。水が。


「お、これなんか良いな。昼飯も出してくれるみたいだし」

「お決まりになりましたか?」

「ああ、これでお願い」


 俺は希望する仕事を指差し、お姉さんに伝える。


「ええっと……。貴族の館での清掃作業でよろしいですね?」

「うん、それで」

「かしこまりました。それでは、現地に着きましたらこちらの手形を渡すようお願いします」


 お姉さんは俺に組合のマークが入った金属のプレートを手渡した。


「ん、ありがとう。セツナ、行くぞ」

「はーい」


 そんじゃまあ、今日も一日頑張りますか。


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