第13話 過剰な薬物ダメ、絶対。

 さかのぼること一年前。

 エディカは記憶の復活を行い人格崩壊を引き起こした。

 その場に立ち会った一人の友人以外はエディカが記憶を復活させるというのを知らなかったため騒ぎになった。

 最初は精神が安定せず手を付けられなかった。自分が誰だかわからなくなっていたから無理もない。

 周りの人間に危害を加えることはなかったものの、しきりに屋敷から逃げ出しては捕まり、逃げ出しては捕まりといったことを繰り返していたそうだ。

 あんまりにも逃げ出すため、脱走できないように屋敷全体に結界の魔法を張られる始末だった。

 このときのエディカは今のように破天荒ではなく、かと言ってローネルたちが知っている凛として落ち着いているわけでもない、瞳に光が宿っていない廃人だった。

 だがしばらくすると、エディカは急に元気を取り戻した。幸い前世でも現世でも頭の出来は悪くなかったため、状況を完全に把握したら一気に吹っ切れたのだ。

 復活したエディカは家族、友人、知人、使用人を集めて言った。


「父さん、母さん、黙って記憶の復活を行ってごめんなさい。みんなにも心配をかけたわね。もう大丈夫よ。記憶を手に入れてわかったことがあるの。あたしは前世は異世界にいた。このことは特別なことではないけどね。そこでもあたしは優秀な人間だったわ。この記憶から新しく得た知識と言う武器で、あたしはアデクタ家と関わる人々全てのさらなる繁栄を約束する」


 その言葉に誰もが喜んだ。その日からエディカは完全に新しいエディカに生まれ変わった。

 だが、それは良くなったというわけじゃなかった。掛け算は知ってるよな? プラスとプラスは掛けてもプラスのままだけど、プラスとマイナスじゃマイナスになる。

 何が言いたいかって? エディカの前世は優秀ではあったもののそのベクトルはマイナスだったってことさ。

 調子を取り戻したエディカが最初にやったことは廻魂石かいこんせきの買占めだった。私財のほとんどをつぎ込み街中の石をひたすら集めた。

 この行動に疑問を示すものは当然いた。


「廻魂石は確かに優れたエネルギーを持つ素晴らしい石です。しかし何も買占めるまでとは思えません」


 誰かが言ったこの言葉に、エディカはこう答えた。


「前にあたしは知こそ武器と言ったわ。この世界の自然法則、常識のほとんどは驚くことにあたしの前世にあったゲームのシステムととても似ていたわ。オマケにそのゲームであたしに勝てる人間はほとんどいなかった。つまり、ゲームの要領であたしはこの現世で成り上がることが可能ということよ」


 エディカの言うゲームとはもちろんソシャゲのことである。金を積めば積むほど強くなるから廃課金だったエディカが強いのは当然だ。ただ単に脳死状態で思う存分召喚、ガチャを回したかっただけである。

 この真っ赤な嘘に周りはとりあえず納得し、十分すぎるほどの廻魂石が集まった。召喚可能回数は数千回だったという。

 そして召喚に入るのだが当然のごとく結果は爆死。もちろん星一、星二であるうえ全てがおぞましい容姿をしていた。リセマラの前からダメじゃんこいつ。

 それでお小遣いがなくなったエディカはあろうことか親の金に手を出した。


「次は出る! 次はきっと良いのが出るから!」


 ソシャゲ廃人特有の言葉を吐きながら、エディカは爆死に爆死を重ね、ついには一族の恥さらしと烙印らくいんを押され追い出されてしまった。

 家を失ったエディカは生活のため仕事を始めるが、そこは前世が廃課金。稼いだ金はほとんど召喚につぎ込むため常にその日の食事がままならなかった。



「おかげで私は毎日のようにたかられていました……」


 なんて言うか、ご愁傷さまだ。


「ある程度したら流石にもう廻魂石を買い続けるのがキツいとエディカもわかったみたいで、しばらくは真面目に働いていました。お金は一銭も返してくれませんでしたけど」

「口ぶりとしばらくと言う単語から察するにどうなったか大体見当がつくけど一応聞くわ」

「エディカはあるとき急に『そうよ! ゲームとこの世界が似ているんだったらあの手があるじゃない!』とか言い出して戦功者せんくしゃ組合に」

「ああうん、もうわかったわ」


 それでリアルリセマラか。


「そういやなんであいつと一緒にいるんだ? そもそもどういう関係だお前ら?」


 あんな絵にかいたような人間の屑と行動を共にしていてもメリットなんかないと思うんだけど。それでも一緒にいるということはそれなりの理由があるのかもしれない。


「私はアデクタ家の元召使いでエディカの元友人です。彼女が追い出されるとき無理やり連れだされてきただけで好きで一緒にいるわけじゃありません。戻ろうとしましたがエディカの肩を持ってると思われて私も勘当されてしまいました」


 “元”友人とはっきり言われる当たりあいつの人望の無さがうかがえる。


「話しているうちに段々と腹が立ってきました……。なんなんですかあの女は! 『借金してないうちは無課金だから』ってなんですか! 私からお金借りているじゃないですか! さっきの食事代だってなにがご褒美ですか! それよりも先に私から借りた額返してくださいよ! というか廻魂石買えるお金があったのなら――」

「オーケー落ち着け。あいつの人間性とお前の大変さはよくわかった」

「大変なんてものじゃありませんよ! 生き地獄ですよ!」


その生き地獄は俺も現在進行形で味わっているわけだけど。                                                                                    

「あれ、ちょっと待て。多少前後するけどさっきの話だと他人の記憶は手に入れることが出来ないんだよな?」

「それがどうかしましたか?」

「俺思いっきり他人の記憶持ってるんだけど」


 それも十五人分のを。


「ああ、限界突破で手に入れた記憶ですね。あれは例外中の例外中の例外中の例外ですよ」


 例外多すぎだな。


「そもそもまず限界突破するには特技のレベルアップと同じで普通は特別な素材が必要ですし」

「と言うと?」

「それは……個々人でそれぞれ違うため、専門家に調べてもらう必要があるんですよね」

「みんな同じじゃないのか?」

「はい。専門の鑑定士の所で自分に適した素材が書かれた処方箋しょほうせんを受け取り、その処方箋を元に厄災師やくざいしに調合してもらった薬を飲み、初めて限界突破ができるのです」

「薬剤師?」

「厄災師です」

「厄災って…なんかやばそうだな」


 響き的に怪しすぎる。


「そんなことはありませんよ。厄災師と言うのは大昔は禁忌とされた魔法薬を作る者達を示していましたが、現代では呼び名だけが残って作っているのは国が認めた魔法薬だけです。記憶復活の薬も厄災師が調合してますが、こちらは誰でも使えるので処方箋は必要ありません」

「それこそ個々人で合わせた方が良いと思う気がするんだが」

「ハルトさんは魔法をよく知らないですしもう少し説明しておきましょうか」

「助かるよ」

「まず、生物に使う魔法には肉体に作用するものと精神、すなわち魂に作用するものの二種類があります」


 いったん紅茶を口に含み、ローネルは言う。


「基本的に肉体に影響を及ぼす魔法――肉体強化などの術式は個人で完全に異なり、外部からの干渉は無理です。治癒魔法は例外ですけどね。逆に精神に関するものは術式さえ正しければ自分にも他人にもかけることができます。それと同じで魔法薬も肉体を強化する薬、限界突破は完全なオーダーメイドでしか効果がありません。逆に記憶復活は服用すれば誰でも効果を得ることが出来ます」


 そのどちらも副作用は大きいとローネルは付け加える。うん。わからない。とりあえず俺の中では飲み薬と塗り薬程度の違いということにしておこう。解釈全然違うだろうけど。


「思ったんだけど……ここでは何か力を得るためには薬が必要になってくるのか?」


 記憶を得るのに薬、強さを得るのに薬を使うのであれば他にも薬で何かを手に入れられるのかもしれない。


「そういうわけじゃありませんが、基本的には薬ですね。私達にとっては常識なのであまり深く考えたことはありませんが……言われてみれば少し不思議きかもしれませんね」

「常識か……もう一つ聞くけど、素材ってのは自分で集めるんだよな?」


 エディカの過去話と合わせて考えるとおそらく自分で集めるんだと思う。ソシャゲだとセオリーだし。


「そうですね。どれも貴重なものばかりなのでそうなりますね。市場でも売っている物もありますけど、やはり値が張るのでほとんどの方は自分で調達してますね」

「当然そうなるか……」

「でも限界突破はよほど強さを求めてなければやる必要ないですし、それに大抵は処方箋に記された素材を見て諦めますしね」


 限界突破は本来ならそんなに難しいことだったのか……他人の命を犠牲にして手に入れたこの力。無駄にしないようにしよう。十四人の命の重み、背負ってかないとな。


『まてぃ!一人足りないぞぉ!十五人だぁ!』


 生憎だが貴様の命はカウントされてない。とっとと殺したいが残留思念を殺す方法は今はまだわからないから楽しみにしとくんだな。殴りやがって。


『こ、このガキャ……ふぎぃ⁉』

『うるさいって言ってるだろ、このデブ‼』

『ひっ! すいません……』


 どうやら変態野郎の脳内での立場はかなり下の方に位置しているらしいな。さて、俺も紅茶のお代わりを頼むか。……⁉


「いってえ⁉」

「ハルトさん⁉」


 なんだ⁉ なんでまた頭痛が起きるんだよ⁉ それにこの頭にどんどん流れてくる映像……まさか⁉


「ローネル、鏡貸してくれ!」


 鏡を受け取り星眼鏡を通し自分の姿を見る。案の定、俺の頭上の星の隣の数字が更新されている。あの女、もしかしなくてもまた召喚をやりやがったな‼ あの引きの弱さだ、早く止めに行かないとこの苦しい痛みをまた味合うことになる。あと苦労して稼いだ金が全部消える!


「すぐに行かな……いってえ‼」


 二度目の頭痛。あいつ、また外しやがった‼ お前は体験してないからまだいいがこっちはかなり辛いんだよ‼


「お、おえええ……」


 やばい。間を置かずに二人分の記憶が入ってきたから気分が悪くなってきた。追い打ちをかけるように三人目の記憶も入ってくるし、頭痛が止まる気配が無い。


「ローネル! 至急あの馬鹿を取り押さえてきてくれ! このままじゃ俺と金が大変なことに……ってもういねえ!」


 流石ローネル。俺の突破数が増えたことで事態を理解したのだろう。これで頭痛も治ま……いってえ‼ また増えやがった!

五分くらいして頭痛は治まり、新たに五人の記憶、計二十人分の残留思念が俺の中に宿った。

 ローネルはというとエディカの首を掴み、いや握りながら戻ってきた。その額には青筋がいくつも浮き上がっているように見えた。

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