第36話 しててよかった限界突破
ザァッ……
攻撃をしかけるのはほぼ同時だった。エビルズの右腕と俺の鉄棒がぶつかり大きな音をあげる。そのまま激しい鍔迫り合いに移る。俺もエビルズも一歩も譲らない。譲れない。
「ワガタミノカタキヲトルタメニ……ワレハシナヌ!」
「そうかい、俺も金のために死ねないんだよ!」
限突で並みの星二より俺は強い。だがやっぱり星五は強い! さっきは隙を突いたから一度は倒せたけど、こうして力勝負になるとその差が顕著に出る。
「ドウシタ……? ソンナモノカ?」
「んなわけあるか! 弱いお前に合わせてやってるんだよ!」
「フン、ソウカ……。ナライイ!」
「心配してくれてどうも! だが右腕ばかりに気を取られて大丈夫か?」
「ドウイウコトダ?」
「さあな! 教えてやるほど俺は優しかねえよ!」
腰のナイフを抜きエビルズの左腕に斬りかかる。さっきは落としてしまったため眼を潰された。今度は落とさず、神経だけを斬る!
「フ……オナジテハツウヨウシナイ……ダッタカ?」
カキンと俺のナイフをエビルズは受け止める。見るとエビルズの左手には他の戦功者のものであったであろう小刀が握られていた。
「ワレノブキガミギウデダケダトオモウナヨ?」
「味な真似を!」
エビルズの脚を蹴り、体勢を崩させようとしてみる。しかしエビルズは微動だにせず。一方俺は蹴った時の衝撃により鉄棒の力を緩めてしまう。
「うお⁉」
エビルズの右腕に力が加わり、押されてしまう。エビルズは腕を俺にぶつけ、遥か彼方へ飛ばそうと試みる。
「なんのその‼」
エビルズの腕にしがみつき、飛ばされるのを回避。この腕、如何せん持ち手が少ない。しがみつけるのもギリギリってところだ。
「ニンゲン! ハナセ!」
「離せと言われて離すアホいないわ!」
頭を切断するべくエビルズの腕をよじ登る。エビルズも負けじと右腕をぶんぶん振り回す。
「セイセイドウドウタタカエ!」
「こっちはそのつもりだけどな!」
よし。あと少し。このまま首を斬りつければ痛えええ!
「イイカゲンニシロヨ……」
俺が登るのをやめようとしないため、しびれを切らしたエビルズが刺してきた。だが!
「舐めるなああ‼」
「ハナレロ!」
「っつ…!」
遠慮なく何度も刺しやがって! 仕方ない。できるならこのまま頭を切断したかったが……とりあえず良しとするか。俺は右腕から思いっきり跳び、地面に着地する。
「ヨウヤクハナレタカ……ソレデイイ‼」
「ああ、そうだな」
もう終わるからな。悪いけど、俺は戦いを楽しむ性格じゃない。
「デハ……アラタメテイクゾ……⁉」
エビルズは右腕を振り挙げようとするが、動かない。そりゃそうだ。俺がそうしたんだから。
「ソナタ……ナニヲシタ⁉」
「知りたいか? でも残念。さっきも言ったが教えてやるほど俺は優しくないんでね」
ゾンビ共には痛覚が存在しない。それなのに神経機能正常に働いている。それを利用し俺はエビルズの右腕にしがみついた時死角になっている所からナイフで神経を斬った。俺がジャンプをするその衝撃で機能が停止するよう、ギリギリのラインを狙ってな。
「グオオ! グオオ!」
神経が通ってなければあんな見た目にそぐわない巨大な腕なんて置物も同然。奴が星五であるのもあの腕に依存してる部分が大きいのだろう。
「ウゴケ! ウゴケ!」
いくら叫ぼうが残念ながらもうその腕は動かねーよ。諦めるんだ。それにもう終わらせたい。
俺はゆっくりとエビルズに近づき、別れの挨拶をする。
「じゃあな」
ズガンと頭を鉄棒で殴りつける。エビルズは気を失い、崩れ落ちる。
今度こそ終わった。
「……あー! すげー疲れた! 人生最大の疲労だわこれ!」
一度死んでるし、精神的にもかなり疲れたぞ、これ! 早く帰って風呂入って寝たい。
「ハルトさん! お怪我はありませんか?」
ローネルとエディカが障壁を解除し、俺の元へ駆け寄ってくる。
「何ヶ所か刺し傷があるけど、大したことねーよ」
「それよりハルト、早くあいつの首を切断しないと。三百体分のポイントが入らないわよ」
「分かってるって」
エビルズの身体を起こし、首にナイフを刺す。思えばこいつだって、自分の世界の人間のために戦ってたんだよな。ちょっと悪い気もするけど金のためだ。許してくれ。俺はお前に殺されたこと許す気ないけど。
「ウ、ウウウ……」
微かな呻き声を挙げる。今楽にしてやるからな。
「シネヌ……ワレハマダシネヌノダ……」
「そうかい。残念だったな」
「ワレハイキル……ドンナテヲツカッテデモ……‼」
エビルズは首に当てられたナイフの刃を握り、強引に俺から奪う。こいつ、まだ戦う気なのか⁉
「コンカイハソナタノカチダ。ダガツギニアウトキハワレガカツ……‼」
エビルズはナイフで自らの右腕を切断し、そのまま逃走した。急な出来事に俺は何が起きたのか脳の処理が追いつかなかったが状況を理解し、大声で叫んだ。
「ふ、ふざけんなあああああああああ‼」
お前を倒すのにどれだけの時間がかかったと思うんだよ‼ せっかくの三百体が、優勝があああああ‼
「待ちやがれ! この死にぞこないが! 追うぞ、二人とも!」
逃がしてたまるか‼ 死んで首だけになってもらわないと困るんだよ!
「ハルト、もう無理よ」
「はあ⁉ 何言ってるんだよ! 三百体分だぞ!」
「この暗闇じゃあいつが有利よ。深追いしたら今度は全員無事じゃ済まないかもしれない。悔しいけど諦めるしかないわ」
そ、そんな……。俺の傷だらけの努力は……。
「それよりも、あんたが死ななかった理由がわかったわ」
「え、本当か⁉ 教えてくれ!」
そう言えば俺はなんで死ななかったんだ? 普通、あんな大怪我をしたら仮に死ななかったとしても完治なんてするわけない。それも一瞬で。もしかして、実は俺には特別な能力が有ったりするのでは……?
「ズバリ、残機システムよ」
は? 残機?
「残機システムってのはあたしが勝手に呼んでるだけだけどね。限界突破済みの人間にだけ起こる現象よ」
「どういうことだ?」
「限界突破の数って命の数って前に言ったでしょ。あんたの中にいる無数の一ノ瀬遥翔の中で最も存在価値の低い命を消費する代わりに、あんたは死なずに済んだ。この世界じゃそもそも限界突破してるのが少数だからすっかり忘れてたわ」
なんだと⁉ それってつまり……。
俺は急いで湖まで走り、星眼鏡越しに水面に映る俺自身を見ようとする。……そうだ、水は全部蒸発したんだった。代わりにローネルから鏡を受け取り確認すると、二つの星の横にある数字は一つ小さくなっていた。
「おい、チャラ男!お前を残留思念の代表として訊きたいことがある!」
数秒遅れてチャラ男の声が聞こえてくる。
『はい、なんすか?』
「誰か……死んだのか?それが本当なら俺はどうすれば……」
いくら姿が見えないとはいえ、俺のために他の誰かが犠牲になったというのは気分の良いものではない。頼む、嘘だと言ってくれ……!
『……はい、その通りっす。さっき、一人苦しみながら息絶えたっす』
「嘘……だろ……?」
なんていうことだ。俺は間接的とはいえ罪の無い人間を一人殺してしまったというのか……?
『あ、でも全然気にすることなんかないと思うっすよ』
「そんなことあるか! だって俺は――」
俺の言葉を遮りチャラ男は続ける。
『死んだのはデブで不細工な、あの気持ち悪い奴っすよ。ほら、死刑囚とか言ってた』
……ああ、あいつか。いたなそんな汚物。気持ち悪すぎて記憶から抹消してたわ。
「じゃあどうでもいいわ。取り乱して悪かったな」
『立ち直り早いっすね』
まあな。あいつは罪の有る人間だし。存在価値が低いというのも納得だ。そういや、あいつの持ってた汚らわしい記憶が無くなってるな。頭の中がスッキリした気がする。
「ちなみにどんな感じで死んだんだ?」
『両目が潰れて、両腕がちぎれて、最後は胸に穴が開いて死んだっす。泣きながら助けてくれ、と何度も言ってました。すげえグロかったんすけどすげえ気分が良かったっす』
俺のダメージを全て肩代わりして死んだのか。死刑囚だったってことはそれ相応の罪を犯してきたわけだし同情はしないけど。
それにしても特別な能力とかじゃなかったのか。ちょっとがっかり。
それはそうと――
「――てめえら、何逃げようとしてるんだ?」
隙を突いて逃げようとしていたゾンビ共がビクッとする。
「俺はせっかく倒した三百体に逃げられてムカついているんだ。上位との差を縮めるために、今この場に残ったてめえらは」
「皆殺しだ」
『ガ、ガガガ』
『ギギギ…』
手始めにまだ下半身が埋まっている奴らから殺そう。同じ労力を負うならできるだけ狩りやすい方が良い。
「エディカ! お前はここら一帯に障壁を張れ !それからローネルは動ける奴を確実にしとめてくれ! 俺はもぐらたたきの要領で残った奴を殺す!」
残党狩りの開始だ。とことん付き合ってくれよ?
「あいつ、いつも以上に殺る気ね……」
「逃げられたのが余程頭にきているのでしょう。私だって正直頭にきていますし」
「はあ、もうほんと魔力限界なんだけど……」
「どうせもう最後です。残る力を出し切りましょうか」
「そうね……じゃあやるわよ!」
「はい!」
「逃げるんじゃねえ!ゾンビ風情が生きようとすんな!」
『ギャアアアア‼』
「おら! もぐらたたきなんだから潜んねえと殴られるぞ! おい! 潜ってやがる! 大人しく殺されに出てきやがれ!」
「言ってることも支離滅裂だし」
「気にしてはいけません」
こうして俺はエビルズに逃げられた腹いせに、残ったゾンビ共を気の済むまで殺し続けた。全てを駆逐する頃には夜もすっかり明けて、俺達の初めての大規模討伐は幕を閉じた。
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