第35話  ハルト覚醒?

 暗転じゃない。目が潰れる音。光を失う音。


「っ! いってえええ!」


 視界が奪われた。何も見えない。それがどれほどの恐怖なのか今初めて分かる。


「ニンゲン……タダデハコロサナイゾ」


 エビルズの足音が聞こえる。怖い。怖い怖い怖い。


「く、来んじゃねえ!」


 我武者羅にナイフを振り、無様に抵抗する。嫌だ! 死にたくない!


「ソウダナ…マズハヒダリダナ……」


 風切り音と共に左腕の感覚が無くなる。代わりにじわじわと焼けるような痛みが左側を侵食してくる。


「ああ……‼ ああああ‼」


 生温かい。傷口から血がドバドバ流れるのがわかる。


『ハルトさん! 今止血を!』

「た、頼む! 痛くて気が狂いそうだ…!」

「ダレガオサエテイイトイッタ?」

「⁉」


 傷口を押さえていた右腕までも切断される。


「あ、ああああ‼」


 声にならない声が溢れる。


「い……痛い……!も、もう嫌だ……いっそのこと殺してくれ……!」

「オヤオヤ? シニタクナカッタンジャナイカ?」


 目がつぶされたから分からないが、いやらしい笑みで俺を見ているのだろう。悔しい。ものすごく悔しい。


「ナラノゾミドウリコロシテヤロウ。アノヨデワガタミニワビヨ!」

『ハルト!』


 エビルズの右腕が俺の心臓を貫く。ああ。なんだったんだろう。俺の人生。こんなところに召喚されなかったら今頃楽しく夏休みを満喫していたんだろうなあ。

 両親は俺が居なくなったことを心配しているかなあ? 友人、くそったれの教授。みんな俺のことを覚えてるかなあ?

 命が終わる。そう思った。



「……ん」



 全身の痛みが消える。いや、それどころか両手の感触までもが戻っている。なんだ? 幻肢ってやつか? 恐る恐る瞼を開けてみると俺の視界には両腕がちゃんとあるのが視えた。ああそうか。腕もあるし視えるってことはやっぱり俺は死んだんだな。それでここはあの世か。じゃあ三途の川を渡らないとな。お金……持ってたっけ……。立ち上がる。すると俺の眼の前にはいるはずのない奴が立っていた。


「ソナタ……ナゼイキテイル……⁉」


 そう。俺を殺した張本人であるエビルズが立っていたのだ。

 ………………………………………………………………………………………………………………え?


「ええええええええ⁉」


 なんで⁉ なんで俺生きてるの⁉ いや、嬉しいんだけどさ! それはともかく、斬り落とされた腕や潰された眼まで元通りって何が起きたの⁉


「タシカニシンゾウヲツラヌイタハズ……ナゼ⁉」


 俺だって知らないよ! ローネルかエディカが魔法で俺を治してくれたのか?


「まあいい。治ったんだ。どっちか知らないが感謝するぜエディカ、ローネル!」

『あたし達は何もしてないわよ』


 は?


『そうですね。死者を蘇らせる魔法はおろか、欠損した部位を治す魔法だって存在しませんし』

「じゃ、じゃあこれはどういうことなんだよ!」


 この場に魔法使いは二人。敵が魔法を使えたとしても俺を治すわけがないからどう考えても二人の内どちらかが治してくれたとしか思えない。


『とにかく、生きていたんだから良いじゃない。それよりおしゃべりは後回しよ! 来てる来てる!』

「わかった!」


 鉄棒を掴み取って、エビルズの右腕をかろうじて防ぐ。さっきはしゃがみ込んだら潜んでいた左腕に眼を潰された。なら事前に対処しないと!


「そこだ!」


 足元に動く影を捉えナイフを投げつける。影は予想通りエビルズの左腕であり、地面に縫い付けられる。


「クッ……!」

「二度も同じ手が通用すると思うな!」


 エビルズの懐に潜りこみ、頭に鉄棒を叩きつける。


「オロロ……」


 エビルズが怯む。倒すなら今しかない!


「さっきのお返しだ!」


 エビルズの両目をナイフで斬り刻む。間髪入れず首にナイフを刺す。星五なだけあり、他の雑魚よりも手応えがある。


「死ねえええ‼」


 渾身の力を込め、エビルズの頭を切断する。エビルズの首はあっけなく、音もなく地面に落ちた。


「か、勝った‼」


 星五オーバーを倒したぞ! これで優勝は俺達のもんだ! 賞金で何買おっかなー。ちゃんとした剣が欲しいし……あと鎧もだな。

 おっと、頭を回収しないと。


『ハルトさん!まだ終わってません‼』


 ローネルが叫ぶ。


「ん? ああそうだな。まだ残党が残ってるもんな」

『そうじゃありません! まだ生きています!』

「え?」


 エビルズの死体を見るとグチュグチュと何かが蠢いている。切断したはずの腕と頭は触手のようなものを出し、本体と連結する。


「ええ……」


 エビルズが復活。流石星五ゾンビ。簡単には殺せないってか。


「……ニンゲン。サッキハユダンシタゾ」

「それはお互い様だな。俺もお前を殺してお前も俺を殺した。おあいこだな」

「ニンゲン、ソナタヲヒトリノセンシト、ワレハミトメヨウ」

「ゾンビにそんなこと言われても嬉しかねーよ。それに俺の名前は遥翔だ」

「ソウダッタナ……ダガ、ツギデオワラセル……‼」


 エビルズの雰囲気が変わる。


「俺もそのつもりだ。金のために潔く死んでくれ‼」


 最後の勝負。お互い文字通り命を奪った仲なのか俺はエビルズに奇妙な絆をどことなく感じていた。

 月明りが優しく俺たちを照らす。永遠とも思える時間だ。分かることは一つ。静寂が破られた時、決着はつく。

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