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◇◇◇


ルイのもうひとつの秘密。

それは彼が、『失聴者』であるということだ。


普段の彼からそれを窺い知ることは容易ではない。

控えめな性格が災いしてか、カール以外とはあまり会話を交わそうとしなかったが、日常に必要な会話はごく自然で、その上楽器は人並み以上に弾きこなす。

しかし、それらの日常に溢れる音が彼の鼓膜を震わせることはない。

生まれたその時から、ルイには聴力がなかった。


音楽の国と呼ばれるアルモトニカで、耳が聞こえなくなってしまうということ。

それは音楽を愛する国民にとって、あまりにも残酷な出来事である。

それは、ルイが15の時に事故で亡くなったルイの両親にとっても、決して例外ではなかった。

国を出て、また新たな人生を踏み出したほうがいいのではないか。

耳の聴こえないルイがこの国で暮らすことで、ルイは幸せになれるのだろうか。

幸い、父親のカスパールは大工、母親のマリアは洋裁師と、直接音楽とは関わりのない仕事についており、国を出ても仕事を見つけて暮らしていくことは充分可能であっただろう。

この子が幸せな人生を送っていく上で、何が一番正しい選択となるのか。

彼らは葛藤し、悩み続けた。



そうして月日が経った、ある夜のこと。

耳が聞こえないこと以外は何の問題もなく、ルイはすくすくと育ち、2歳を迎えようとしていた。

マリアは、いつものように彼に子守唄を歌って聴かせていた。

彼の耳に届くことはないとわかってはいても、彼女はルイに子守唄を歌うことをやめようとは思わなかった。

ふと、じっと彼女の顔を見つめていたルイが彼女の口元に手を伸ばした。

遊んでいるのかと微笑んだルイの母だったが、ルイが彼女の口元に頬を寄せてきた時、はっとあることに気づいた。


ルイは、彼女の歌を真似ようとしていた。

音程は取れずにめちゃくちゃだったが、彼女が歌っていた旋律のリズムを正確になぞり、声を出していたのだ。

きゃっきゃっと嬉しそうに笑うルイを見て嬉し涙を流しながら、彼女は急いでカスパールを呼んだ。


「この子は音楽を聴こうとしている。こんなにも楽しそうに。私はこの子に音楽を学ばせたいわ」


そう訴えたマリアの肩を抱き、カスパールもまた涙ぐみながら大きく頷いた。


「ああ、ぼくもそう思う! 耳だけじゃない、音楽を感じる方法はきっとあるさ。音楽という喜びを知り、この国で幸せに生きていけるようにするために、きっと神様が僕らにこの子を授けてくださったんだよ」



そしてその日から、彼らの血のにじむような努力の日々が始まったのである。

耳以外の全ての器官を使って、ルイが音楽を感じられるように。

耳が聞こえぬことを誰にも悟られることなく、ルイがアルモトニカで、音楽に満ちた幸せな日常を送れるように。



まずは人との会話ができるようにと、両親は相手の唇の読み方をルイに教えた。

そして母音や子音を発する時の声帯の震え方を実際に彼に触らせながら伝え、彼に真似をさせた。正しく発音できた時の口蓋や頭蓋への響き方を全て覚えさせた。


これらを何年も、根気強く両親に叩き込まれたおかげで、ルイは失聴者にも関わらず自然な会話を人と交わせるようになったのである。


しかしそれには、一つだけ問題点があった。

唇の動きが見えない状態では、自分に声をかけられていることに気付けないのである。

後ろから声をかけられるなど、尚更であった。




◇◇◇



「……まあいいや。お前の優秀さに免じて勘弁してやるよ。

それはそうと、今日の俺の講義、休講になるってみんなに伝えといてくれ。まあまだ集まってもないと思うけどさ」


「え、休講ですか?」


モーツァルトの言葉にまたか、と内心がっくり肩を落とすルイ。

彼の講義は非常に勉強になることばかりでいつも楽しみにしているのだが、その気まぐれな性格のためな、休講になることも多くあった。


「そんな顔すんなって。かの有名なバッハ先生を迎えるための準備で忙しいんだよ」


笑いながら言ったモーツァルトのその言葉にぐっと前のめりになるルイ。

グレーの瞳が、驚きと興奮で輝いていた。

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