4-14

***



(どうして……なんでこんなことに……)


会議室の隅で、ルイはぶるぶると震えながら膝を抱えていた。

取りつかれたように学内を破壊していく学生たちの中には、一緒に授業を受けていたルイの友人の顔もあった。


(同じだった……カールと……)


再び親友を思い、目に涙が滲んだ。ぎゅっと膝をだきしめ、強く爪を立てる。悪い夢なら早く覚めて欲しいと願った。


「ねえ、大丈夫?」


不意に肩に手を置かれ、ルイはひっと息を呑んだ。


「あなた……ベートーヴェンね。怖かったでしょう、かわいそうに……」


傍に膝をつき、クララ・シューマンが心配そうにルイの顔を覗き込んだ。唐突に視界に飛び込んできた彼女の優しい顔に、張りつめていた糸がふっと緩むのを感じる。

ああ、溢れてしまう。

そう思うと同時に、視界が暗くなった。


「大丈夫。なにがあろうと、あなたは私たちが守ってあげる」


頭の中でクララの声が心地よく響いた。唇こそ見えなかったが、彼女の言葉は充分すぎるほどによく聴こえた。


「ありがとうございます、シューマン先生……」


ルイが落ち着いたことを確認したクララは微笑み、くしゃっとルイの頭をなでてから立ち去った。


(いい匂いだったな……)


無意識によぎった思考に顔を赤らめ、ぶんぶんと頭を横に振る。

そこでようやく、ルイは自分がいる部屋を見渡した。


頭から血を流し、ぐったりとした様子で壁に体を預けているモーツァルト。そばでクララ・シューマンとショパンが止血の処置をしていた。その近くでは、メンデルスゾーンが疲弊した様子で床に座っている。


「フェリックス、まだなの? このままじゃヴォルフィが……」


「無理言うなよ! フェリックスはこれだけの人数を一人でここまで運んできたんだぞ!? そんな急かすな!」


「でも!!」


激しく言い合うクララとショパン。


「うる……せえぞ……クララ……」


ゆっくりと呼吸をしながら、モーツァルトが薄目を開けた。


「こうして休んでりゃ……いずれ良くなる……お前も……わかってんだろ……」


「わかってるわ、わかってるけど、でもこんなひどい怪我……!」


泣きそうな声で言ったクララの手を、モーツァルトは弱々しく握る。


「じゃあ……黙ってろ……フェリックスに、無理……させん……な……」


そのまますぅっと眠るように意識を失ったモーツァルトに、メンデルスゾーンが申し訳なさそうに詫びた。その額には玉のような汗が浮かんでいた。


「モーツァルトさん、すみません……もう少し、もう少し待ってください……まったく、いつの間にかずいぶん年を取ってしまったみたいだな……」


傷ついたモーツァルトの姿を改めて目の当たりにし、ルイは心を痛めた。顔は血にまみれ、素人目で見ても寝ていれば治るような傷にはとても見えない。事情はよくわからないが、リューリスたちの会話から察するにモーツァルトを助けるのにはメンデルスゾーンのあの不思議な力必要らしかった。

力になりたくても、自分に手当ての知識があるわけでもない。もどかしさを感じながらルイは無意識にポケットに手を入れた。


「あ、これ……」


手の中に転がり込んだのは、三粒のチョコレート。三日ほど前にカールにもらったものだった。


(少しでも力になれるなら……!)


意を決し、ルイはメンデルスゾーンのもとに歩いて行った。


「あっ、あの、メンデルスゾーン先生!」


「……おや、ベートーヴェン君。どうしたんだい?」


ゆっくりと顔を上げたメンデルスゾーンが柔和に、しかし疲労の隠しきれない顔でほほ笑んだ。


「よ、よろしければこれを……」


ルイの差し出した手に乗っているものを、メンデルスゾーンはまじまじと見つめた。


「……チョコレート?」


「はい、あの僕、よくお菓子とか持ち歩いてて……あっ、これは友達にもらったものなんですけど!

疲れた時に甘いものを食べると元気が出るので、その、よろしければ、と……」


懸命に話していたルイだったが、次第になんて馬鹿みたいことを言っているんだろうかと恥ずかしくなり、どんどん声が小さくなっていく。

そもそも、どう見てもチョコレートを食べたくらいでどうにかなる状況ではなさそうじゃないか。羞恥に顔が真っ赤に染まっていくのがわかる。

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