4-15


「すっ、すみませんこんな時に、馬鹿なことを!」

「いや、ありがとう。いただくよ」


引っ込めようとしたルイの手から、メンデルスゾーンは嬉しそうにチョコレートを受け取った。

ルイは恥ずかしさに首を振りながら言った。


「先生、そんな無理なさらないでください! 僕、全然見当違いなことを……」


「無理なんかしてないさ。チョコレートは大好きだしね。嬉しいよ」


そう言いながら口にチョコレートを放り込み、幸せそうに目を閉じるメンデルスゾーン。

きっとこれも彼の優しさなのだろうとわかってはいたが、それでも心做しか赤みのさした頬を見て、ルイもほっと胸をなでおろした。


「さてと、元気になったことだし」


一息つき、メンデルスゾーンはゆっくりと立ち上がった。少しよろめいた身体に、ルイは反射的に手を伸ばす。が、それよりも早くショパンがメンデルスゾーンの傍に行き、身体を支えた。小柄で華奢なショパンがスラリと長身の彼を支える様子は、なんとなく添え木を思わせた。


「無理すんな。モーツァルトさんの出血も治まってきてるからなんとかなるよ。だから……」


「ありがとう、フレディ」


深いエメラルドグリーンの瞳が、穏やかにショパンを見つめる。その目を見て、ショパンは彼を引き留めようとしていた手の力をゆっくりと抜いた。


たとえ血反吐を吐くほどの苦しみがあったとしても、彼はそれをお首にも出さずに周りに手を差し伸べ続けるだろう。


(そういうやつだ、お前は)


小さくため息を吐き、ショパンは手を離した。


「今ね、かわいい生徒からプレゼントを貰ったんだ。僕はもう太陽に向かって咲くひまわりのように元気だよ」


そうルイにウインクをし、メンデルスゾーンはモーツァルトの元へと向かった。チョコレートをもう一つ口に放り込み、深く、長く息を吸う。そして意識を集中させながら息を吐くと同時に、彼の手の中に白く光る美しい羽根が現れた。

その羽をそっとモーツァルトの額の傷にあてがう。ルイははっと息を呑んだ。


(ワーグナー君の傷が治った時と同じだ……!)


額の傷が塞がったことを確認すると、今度はルイが渡したチョコレートを自らの手のひらに乗せた。

すると、手の中には優しい緑色の光が溢れ、チョコレートにもその光が溶け入っているように見えた。


「モーツァルトさん、聞こえますか? これを食べてください。元気になれますから」


モーツァルトの頭を支え、優しく声を掛けながらメンデルスゾーンはそのチョコレートをそっと彼の舌の上に乗せた。喉につまらせないように気をつけながら、チョコレートが落ちてしまわないように顎の辺りに手を添える。しばらくして、モーツァルトの口元がもごもごと動きだした。

顔にどんどん血の気が戻っていくのが、目に見えてわかるほどであった。


「……うめぇ」


そう呟き目を開けたモーツァルトをみて、クララがほっとした顔で彼の傍らに膝をつく。ショパンも顔を輝かせ、メンデルスゾーンは安心したように頷いた。


(すごい……さっきまであんなに血が出てたのに……!)


とても現実とは思えない光景に少し興奮しながら、ルイはメンデルスゾーンを見た。

空を飛んだり、傷を治したり、はたまた怒り狂った群衆を抑えたり。

もはや人とは違う能力のようなものを持っているとしか思えない。

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