4-16

人知れず興奮気味なルイをよそに、身体を起こしたモーツァルトが申し訳なさそうにメンデルスゾーンを見た。


「ごめんな、また無理させちまった」


メンデルスゾーンが微笑みながら首を振った。


「全然。ベートーヴェン君のおかげで元気になれましたから」


そう口元を指差しながら言ったメンデルスゾーンを見て、モーツァルトは驚いたようにルイに目を向ける。そして、安堵の顔で笑った。


「そうか……無事だったんだな、よかった」


ショパンの手を借りて立ち上がったモーツァルトの足取りは、もうだいぶしっかりしているようだった。


「うまかったぜ、ありがとな」


モーツァルトに礼を言われたルイは、慌てて頭を下げた。


「いえ、そんな! 僕は何も……」


その時、ふとルイは自分の犯している恐ろしい行為に気づき、急いでメンデルスゾーンの元へと向かった。


「あの、メンデルスゾーン先生!」


「ん? どうしたの?」


メンデルスゾーンの目に立ち、ルイは深く頭を下げた。


「先ほどは危ないところを助けていただき、ありがとうございました! お礼を言えてなかったと、失礼ながら今思い出しまして……すみません!」


メンデルスゾーンは一瞬目を丸くし、そして吹き出した。


「なんだ、そんなことか! 深刻な顔してるから、君も怪我をしてしまったのかと思ったよ!」


おかしそうに笑いながら、メンデルスゾーンはルイの腕を軽く叩いた。ルイもつられて照れ臭そうに笑った。外で起きていた恐ろしい現実を、束の間すっかり忘れていた。


「怪我といえば、ワーグナー君の様子はどうだい?」


メンデルスゾーンに言われて、ルイははっと辺りを見回す。そういえば、先ほどからワーグナーの姿を見ていない。


「あいつならあそこにいるよ」


ルイの横に立っていたショパンが、肩越しに美しい装飾の施された大テーブルを指し示した。


「あそこの影でうずくまってる。震えてるよ。まあ、無理もないよな」


ショパンの言葉にメンデルスゾーンは軽く頷き、急いで大テーブルへと向かった。


「学生はベートーヴェンとワーグナーだけか?」


モーツァルトの問いにショパンが答えた。


「僕がフェリックスに会ったときに一緒だったのはこの二人だけです。あとは、その……」


暗い顔で口籠ったショパンを見て、モーツァルトは目を伏せて頷き、手近にあった椅子に腰掛けた。焦りを閉じ込めるように両手を組む。無意識にそれにぐっと力を込めながら、モーツァルトは気になっていたことを聞いた。


「誰かピョートルの居場所を知らないか? 一人にしておくのは危険すぎる。早くこの場所を知らせないと」


「ピョートルも今日は夜まで大学にいる予定だったはずよ。今ヨハネスが展望台から探してくれているんだけど……」


クララが不安そうに窓に目をやる。外の様子を見る勇気は、今のルイにはなかった。


「くそっ……待ってることしかできねぇってことかよ……!」


モーツァルトが悔しそうに自らの膝を殴った。

鈍い音が、会議室に虚しく響く。

重い沈黙。

それを、勢いよく開いたドアの音が破った。ドアの前に立っていたのは、ブラームスだった。


「見つけたぞ、ピョートルがいた! だが……」


険しい顔でブラームスが言葉をつづけた。


「少々まずいことになっているかもしれん」


モーツァルトがはじかれたように立ち上がって、大股で展望台へとつながるドアに入って行った。クララとショパンも急いで彼に続き、ルイはその様子をじっと見送った。

現実に引き戻されたルイの心臓は、再びばくばくと大きく脈打っていた。

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