4-17

ルイが怯えた様子で窓の方を見る。外で起こっていることを目の当たりにするのが、恐ろしかった。

しかし、チャイコフスキーの様子が気になることも事実であり、悩んだ末、ルイは意を決しておそるおそる外を見下ろした。


予想を外れ、中庭の様子は意外にも静かに見えた。街灯が何本か倒されている分薄暗くなってはいるものの、人の数はそう多くない。

もっと良く見ようと窓ガラスに触れたルイは、それが微かにビリビリと震えていることに気がついた。

嫌な予感がしたルイは、急いで鍵を開けて重たい窓を引き開けた。生暖かい風が会議室に吹き込む。

身を乗り出して下を覗き込み、息を呑んだ。


30人……いや、40人はいるだろうか。

群れを成した学生たちが、本館の入り口に殺到していた。教室に並べられていたであろう机や椅子で、壁を殴ったりそれ自体を投げつけたりしている。

その群衆の中に、一際大きな身体が見えた。


「チャイコフスキー先生……!!」


ルイは思わず声を漏らした。

チャイコフスキーの両手には中庭に置いてあったベンチが構えられ、彼はそれで襲いくる学生たちを必死に防御している。彼の身体から流れ出る血が玄関灯に照らされ、薄暗い景色の中でぬらりと光った。


「あれはっ……! ピョートルか!」


窓辺に駆け寄ってきたメンデルスゾーンもルイの横で身を乗り出した。すると群衆の一人が窓にいる2人に気づき、地面に転がっている石をルイたちに向かって投げつけ始める。石は窓の下の壁に激しい音を立ててぶつかり、ルイはびくっと顔を引っ込めた。


「ベートーヴェン君、下がって!」


首を引っ込めるのと同じタイミングで、ルイはメンデルスゾーンに強く腕をひかれ、衝撃が首までくるほどの尻餅をついた。

痛みに反射的に顔を歪める。と同時に、ルイは自分の耳の辺りからなにか光るものがぽろっと落ちたのを、視界の端にとらえた。

床に落ちたそれを指の腹で捕まえて、まじまじと見る。胡麻の粒ほどの銀色の玉に、小さな羽のようなものが生えている。虫のような見た目をしているが、光沢の様子は金属に近かった。



「フェリックス、だめだ!!」


いつの間にか展望台から戻ってきていたモーツァルトが、大声でメンデルスゾーンを制止した。

その声にビクッとしたルイは、無意識にズボンのポケットにそれをしまいこんだ。


「お前が本調子じゃないことはわかってんだ! 今行けばお前も無傷じゃすまねえぞ!」


「彼をここまで連れて来れるのは僕だけです! わかるでしょう!?」


ここへきて初めて、メンデルスゾーンの語気が強まった。鋭い眼光をモーツァルトに向けながら身構える。


「止めるというなら、いくらあなたでも……!」


しかし、突如傍らに感じた気配にふっと彼は口を噤んだ。


「おう、やってみろ」


メンデルスゾーンの耳元で、モーツァルトが唸るように囁く。

先程までメンデルスゾーンの目線の先にいたモーツァルトは揺らぐように消え、同時に傍らの彼の手の中に青いボディをした拳銃が現れた。



こめかみに突きつけられたからパンッという乾いた音がすると同時に、メンデルスゾーンの耳元で小さな妖精が2人、美しいハーモニーを奏で始める。

否応なしに下がってくる瞼にしばらく抵抗していたメンデルスゾーンだったが、数秒後、がくんと頭をたれた。モーツァルトはそれを受け止め、優しく彼を床に寝かせる。



「……安心しろ。寝てるだけだから」


呆然とその一部始終を見ていたルイに気づき、モーツァルトが言った。

たしかに、メンデルスゾーンの胸は静かに上下を繰り返している。死んでいるわけではなさそうだった。


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