4-18
それでも不安を拭いきれないルイは、そっとメンデルスゾーンの口元に手をかざした。
手のひらに温かい息を感じる。
よかった、と胸を撫で下ろすルイをよそに、モーツァルトは空いている窓から下を覗き込んだ。
チャイコフスキーが防御に使っていたベンチはすでに木屑と化し、今や彼はその身ひとつで学生たちからの攻撃に耐えていた。
−−−なぜだ……? なぜアーマを使わないっ……
直後、モーツァルトはハッと何かに気づいた顔で、身を乗り出した窓からチャイコフスキーの方向へと青い銃口を向け、撃った。
飛び出していったのは銃弾ではなく、ひとりの小人だ。
手のひらで左目を覆いながら、小人に向かって一階部分を見るよう指示を出す。
「っ!? やっぱりか、あの大バカ野郎!!」
小人の目を通して左目に映った景色に、モーツァルトは思わず窓の桟を殴りつけた。
「モーツァルトさんっ!」
展望台から駆け降りてきたのだろう、少し息を乱したショパンがモーツァルトの傍らに現れた。
「どうした、ピョートルは!?」
「どうしたもこうしたもねえ、あの野郎……1人で一階全体の出入り口になるところを全部塞いでやがる!!」
「なっ……!?」
驚きで言葉を失ったショパンは慌てて窓から下を覗き込んだが、ちょうど陰になっていてその様子を見ることはできなかった。
「そ、そんなこと可能なのか? いやでも、ピョートルのアーマなら……」
「ああ、不可能じゃねえ。だが、いかんせん生徒の数も、あいつ自身の制限も多い」
「制限……?」
「つまり、ちょっとぐらい生徒に怪我させようがかまわん、ってのがないんだよ、あいつには」
悔しそうに顔を歪めるモーツァルト。
「あと持って数分、ってところか……」
血を流したチャイコフスキーの身体が少しだけぐらりと揺れるのが見え、ショパンは神経が張り裂けそうなほどの焦燥感に硬く拳を握りしめた。
「俺がいく。ピョートルを持ち上げるのは無理でも、生徒を引き剥がすくらいなら」
「だめだ」
最後まで話すことも許さずに却下したモーツァルトをぎっと睨み、ショパンは彼の腕に掴み掛かった。
「なんでですか!? はやく誰かが助けに行かなきゃピョートルが倒れちゃうだろ!? せめてあいつらから距離を取らせることくらい……!!」
「だからだめだって言ってんだろ」
必死の形相のショパンとは対照的に、モーツァルトは淡々とした目で彼を見下ろす。
そしてショパンの頭を掴み、ぐっと自分の顔を近づけた。
「瞳孔、開いてんだよ」
瞬間、ひゅっとこめかみが冷え、ショパンはモーツァルトから目を逸らした。
目を閉じないようにしなければ、という思いで、彼の心は一瞬でいっぱいになった。
(閉じるな、閉じるな、閉じるな……)
瞼を閉じればまた、あの光景にしばらく支配される。
「いいんだよ、こういうのは。先輩に任せとけば」
心なしか幾分優しい声で、モーツァルトがショパンの肩を叩いた。
ゆっくりと窓辺に足をかける。
本来ならクララかブラームスに任せたいところだが、あの2人はきっと今バッハに異常を知らせようとしている最中だろう。
自分も本調子とは程遠い状態だが、やらねばならない。
(後輩にあそこまで矜持見せられちゃ、応えないわけにゃいかねえよな)
耐え続けているチャイコフスキーを見ながら、モーツァルトはぐっと奥歯を噛み締め、そして大きく息を吸った。
錯曲戦争 山川 まよ @mounriv
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