錯曲戦争

山川 まよ

第一部

【第1話】黒髪の青年

1-1

(違うな、ここはもっと…………)


低い声で口ずさまれる旋律に合わせて、青年のペンを持った右手が不規則に宙をなぞる。

悶々と唸った末、青年はいくつもの音符が書かれた紙を無造作に丸め、床に放り投げた。

目にかかるくしゃくしゃの黒髪に指を絡ませながら、木製の椅子に針金のような身体を預ける。


(今、何時かなあ……)


ぼうっとそんなことを考えながら大きな欠伸を漏らしたその時、強いノックの音が青年の室内を満たした。


「やばっ……!」


青年はがばっと身体を起こし、慌てて机の上に広がる手書きの五線紙をかき集めた。

しかし幾枚にも重ねられたそれらはするりと腕を掻い潜り、扇を開くように広がりながらばさばさと床に散らばっていった。


「ルイ! ルーイッ!! ったく……入るぞ!」


声とともに回るドアノブ。

ばっと振り向いた視線の先で佇む人物を見て、青年の顔はふっと緩んだ。


「なんだ、カールか! よかったあ……」


「なんだじゃねえよ、いつまでたっても降りてこないから呼びに来てやったの……げっ! お前、また徹夜したの?」


床一面に広がる大量の五線紙に、カールと呼ばれた青年は驚きと呆れを込めて顔をしかめた。


「お前の作曲欲にはいろんなもん通り越して感心するわ……。

これで入ってきたのが俺じゃなくておかみさんだったらどうすんだよ……」

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