4-12
その隙にモーツァルトはすばやく教卓に飛び乗り、身軽な動きで跳躍して天井から垂れる電燈にぶらさがった。そして反動をつけ、中庭へとつながる割れた窓ガラスに向かって、思い切り足からその身を投げ出す。それを防ごうと、窓の前に二人の学生が立ち塞がった。
「わっ! どけよ!!」
モーツァルトの足が吸い込まれるように彼らの顎へとクリーンヒットし、昏倒した二人の下敷きになった別の生徒が悲鳴を上げた。
「ふ、不可抗力だよな、今のは……」
きれいな弧を描き中庭に着地した彼は、気まずそうな顔で額の血と汗をぬぐう。一瞬気が緩んだせいか、ぐらりと視界が揺らぎモーツァルトは地面に膝をついた。額の流血は未だに止まっていない。傷ついた身体に鞭打って逃げ出したため、体力も気力も限界に近づいていた。
殺意に満ちた若い刺客たちは、その隙を見逃さなかった。
窓の近くにいた一人の学生が、そばに転がっていたチェロのエンドピンを掴んだ。そのまま、普通の人間とは思えぬスピードでモーツァルトに突っ込んでいく。
(しまっ……!!)
気づいたときには、すでに生徒は腕を伸ばせば届く距離にまで近づいてきていた。モーツァルトにできることは、腕で弱々しく顔を庇うことくらいだった。
「【アルト・ラプソディ】……!」
突如地面が慟哭をあげ、揺れる。
よろめき膝をついた学生は、何事かと辺りを見回した。彼の目に入ったのは、砂塵を吹き上げながらものすごい勢いで向かってくる、稲妻のような地割れ。それが自らを狙っているのだと気づいたときには、彼は目に見えぬエネルギーに吹き飛ばされ、講義棟の壁に叩きつけられていた。気絶した生徒の手からコロコロと転がってきた銀色の棒を、モーツァルトはまじまじと眺める。
「これ、エンドピンか……? まじかよ……」
そこへつかつかと近づいてくる、古臭い型のローブをはためかせた人物。
その顔を見、モーツァルトは心底嫌そうな
「勘違いするなよ。クララにせっつかれて仕方なくやったまでだ。
そうでなければ貴様などどうなろうと知ったことか」
「けっ! 言われなくてもてめえに言う礼の言葉なんざ持ち合わせちゃいねえよ! 余計なことしやがって……」
モーツァルトの悪態に、ブラームスのアンバーの瞳がさっと怒りに染まる。だが彼が口を開く前に、邪魔が入った。
「ヴォルフィ! 大丈夫なの!?
ああ、すごく血が出てるじゃない! はやく治療しないと……」
クララ・シューマンがブラームスを押しのけ、モーツァルトの傍らに膝をついた。顔に触れようとする彼女の手を、モーツァルトはうるさそうに払いのける。
「『ヴォルフガング』だ! その呼び方やめろっていつも言ってんだろ!」
クララはそれを無視し、傷跡を不安そうに眺めた。骨には異常がなさそうだが、かなり
「ほっとけクララ。馬鹿はそう簡単にはくたばらんと相場が決まっている」
後ろで憎まれ口を叩くブラームスをきっと睨み、はきはきとした口調でクララが言った。
「はやくヴォルフィを会議室に連れて行きましょ。あの場所ならマエストロが守ってくださってるわ。
ヨハネス、手伝って!」
「はあっ!? 何でわたしが!」
「ふざけんな! これ以上こいつに貸しつくってたまるか!」
クララの言葉に抗議の声をあげる二人のリューリス。ため息をついた彼女は立ち上がり、モーツァルトに言い放つ。
「あらそう。じゃああなたは誰の助けもなく歩けるっていうのね?」
「当たり前だ!」
モーツァルトが怒りに任せて立ち上がる。しかし身体に受けたダメージは想像以上に彼の体力を奪っており、膝から力が抜けた彼は大きく尻餅をついた。
「ほらみなさい。手を貸して!」
「くっ……」
しぶしぶといった表情で腕を伸ばしたモーツァルトの傍に跪きながら、今度はブラームスを叱り付けるクララ。
「ヨハネス! なにやってんのよ!!」
そういわれてもなお、ブラームスはぐずぐずとその場を動こうとしない。余程モーツァルトに手を貸すのが嫌らしかった。
「なに……? レディ1人でこんな図体のでかい男を運べって言うの……?」
さっと般若のような恐ろしい表情になったクララに気圧され、ブラームスはとうとうモーツァルトのもう片方の腕をとった。
盛大な舌打ちつきではあったが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます