2-3

「ら、ランゲ・リューリスがいらっしゃるんですか!? いつ!?」


「いつって……今日の昼だけど。掲示板見なかったのか? 急遽決まったことなんだが、大講堂で講演を行うって書いてあったはずだぞ」


興奮を隠しきれないルイに若干身体を引きながら、モーツァルトが答えた。

そういえば朝掲示板の前に人だかりができていたっけ、とルイは思い出した。


「今日はちょっと遅刻しそうで、見れなくて……」


そう誤魔化すように笑ったルイの前で、モーツァルトはまじめくさった顔で仰々しく腕を組んで見せた。


「いかんなあ、夜ふかしか? 人間は10分前行動が基本だぜ、き・ほ・ん!


まあ、俺に言われたくないだろうがな」


自分の冗談に楽しそうに笑うモーツァルトを見ながら、ルイも控えめに笑った。

こういう時に上手く返せる技量を、残念ながら自分は持っていない。


(カールならきっと、もっと先生のことを楽しませられるんだろうな)


親友がするであろう対応を想像して思わず笑みがこぼれるが、同時に今朝のことを思い出してしまい、ルイは再び心が沈んでいくのを感じた。


「あっ、そうだ! お前でいいじゃん! ぴったりだわ!」


そんなルイの様子に気づく様子もなく、モーツァルトが急に嬉しそうな声をあげ、ぐいっとルイの肩を掴んだ。


「なあベートーヴェン、講演の雑用係、引き受けてくれねえか? 雑用っつっても、舞台袖で王様の上っ張りを受け取ったり、水や茶菓子を渡すくらいなんだが。

講演の前の挨拶がてら、お前をバッハ先生に紹介してやるからさ」


思いもよらない、しかも夢のような言葉に、再びルイの心臓が跳ね上がった。


「い、いいんですか、僕で!?」


「こっちもちょうど人手を探してたから大助かりだ。側につくのがヴィルトー科のトップとあらば、国王もご満悦だろうしな。

じゃ、よろしく頼むぞ! 講演の30分くらい前に舞台裏に来といてくれ」


ひらひらと手を振りながら去っていくモーツァルトに頭を下げながら、ルイはどくどくと激しく脈打つ心臓を感じていた。

こんな短時間に心臓が忙しい思いをしたのは、生まれて初めてだった


(ランゲ・リューリスが、この学校に来る!! バッハ先生に会える!!)


今日はなんてすばらしい日だろう!

喜びに身体がはち切れてしまうんじゃないだろうかと思うと共に、ルイの頭に短い旋律が湧き上がった。ルイの幸福を純粋に表した、キラキラと輝くような旋律だった。


(か、書き留めなきゃ! でもここじゃ……!)


練習室に行こうと走り出すルイ。

しかしその途中でモーツァルトに言われた休講の知らせを思い出し、慌てて身を翻す。


(はやく、これが消えちゃう前に!)


緩んでいく頬を抑えきれず走り抜けていくルイを、他の学生たちが怪訝な顔で眺める。

しかし、今の彼にそれを気にする余地などどこにもなかった。

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